十三話 身に潜んだ悪魔
「もしもし、みよです」
早口で告げる。叔父の修介は本業とは別に、心霊系の悩みにのったりしている。人柄もあってかそれなりに相談は多いそうだ。
『どうしたの、なんかあった?』
「あの、相談したいことがあって」
相変わらず察しがいい人だ。そのことに感謝しながら今起こっていることを簡単に説明をした。ひとりコックリさん、部屋で起こった異常、様子がおかしい同級生。三葉に助けてもらったことが頭に過ったが、本題と逸れるので胸に秘めたままにした。
「相談に来た子は取り憑かれてるんじゃないかって言って、私もそう思ってる。こんなとき修介おじさんだったらどうする?」
修介は口を挟まずに静かに聞いていた。相手の都合も聞かずにしゃべってしまったけど大丈夫だろうか。今さらながら反省していると、修介がいくつか質問をする。
『その江古田さんって子自身は怖がってる?』
「本人がどう思ってるかわからない。意思疎通ができる感じがしなくて、周りの友だちが怖がってる」
『性格が豹変したってことかな』
「うん。明るくて楽しい子が無口で何考えてるかわからなくなったって」
修介はしばらく無言だった。このじりじりした時間がやけに重たい。
『……話を聞いた限りだけど、取り憑かれてるてっていうよりも乗っ取られてるね。だとしたらかなりまずい状況だよ。俺じゃ何もしてやれない』
「で、でも修介おじさん、お祓いとかできるよね」
何もしてやれないってどういうことだろう。藁田は背中にいやな汗をかきながら続きを待つ。
『例えば、肝試しに行った後に周りで怖いことが起きるとする。これは現地から霊が着いてきたと考えられるよね。霊に付き纏われていて、身の回りで心霊現象がおこる。この状態だったら俺でもどうにかできるかもしれない』
被害者にバリアのようなものを張る。そうすると霊は寄り付けずに元いた場所に戻っていく。執着が強い場合は大変だが、基本的にはそのやり方でいいそうだ。
『でも憑依をとくのはすごく難しい。押し入った強盗が人質をとって建物に立てこもっているようなものなんだ。この場合、犯人は悪霊で建物は江古田さんの体、人質はその子の魂だ。下手に手を出すとその子が危ないんだよ』
エクソシストという映画では少女リーガンが悪魔に憑かれ、言動が豹変した。声が男のものに変わり、自分をたやすく傷つけて、周囲にも攻撃的になる。本人そのものが恐怖の存在になるのだ。極端な例をあげたが、現象としては同様でそれを祓うとなるとかなり特殊な人でないと難しいらしい。実際の立てこもり事件のように、交渉したり制圧したりとすごく繊細な技術が必要となる。
『相手を乗っ取るくらい力が強いから下手したら逆に危害を加えられる。霊の中でも最悪の部類だよ。みよちゃんも早まったことはしちゃダメだ」
「でも、それじゃ——」
それじゃ江古田はあのままなのか。
『半端な能力じゃ除霊できないよ。とても能力が高い人が必要だ。もしかしたら数人がかりでやっとかもしれない。……とりあえず俺が知ってる人に連絡してみるよ。動いてくれるかはわからないけど』
そこまで大変なことになるのか、と藁田は血の気が引いた。個人の判断でどうにかなるものじゃない。
『その子は周りに危害を加えたりとか、そういうのはないんだよね。だったらまずは見てみるよ。霊じゃない可能性だってまだ充分にある。学校終わるの何時くらい?』
「えっと……」
修介と放課後に会う約束をして通話を終わった。もうすぐ昼休みが終わる。
◇
江古田と相対していた三葉に、背中から飛び出た触手のようなものが襲いかかってきた。
「ノウマクサンマンダ、バサラダンセン——」
口の中で小さく縛りの呪文を唱えつつ、スカートを翻しながら相手との距離をとる。地面に手をつき軽やかに回転する姿は体操部顔負けだ。
呪文が聞いたのか黒い触手は三葉の目の前で動きを止め、江古田の顔が怒りで歪んだ。威嚇するように歯を剥き出して、口の端から唾液が垂れている。彼女の精神は完全に乗っ取られているのだろう。
「目的は何ですか」
答えは返ってこない。先ほどから喋る様子もないし、もしかしたら知能はあまり高くないのかもしれないと三葉は思った。本能で三葉が危険と察知し、排除しておこうと動いているのかもしれない。
中に入っているのは十中八九、ひとりコックリさんで呼び出したものだ。古の文言が繋いだ先がどこと通じたのか知るはずもないが、人ひとりを取り込むくらいには力が強いらしい。
案外、理由なんてないのかもしれない。
穴が空いたから腕を伸ばして、その先に人間がいたから取り入った。死にたくないから危険なものを排除する。
(まあ今は考えてもしょうがないです。会話ができないのなら……)
縛りの術が破られ、ふたたび触手が三葉を襲う。切先が刃物のように尖り、肉を簡単に突き刺しそうだ。何本もの触手が明確な殺意をもって三葉を狙う。避けるうちに触手のひとつが校舎の壁に刺さった。コンクリートの破片がパラパラと落ちる。
物理に干渉する力も強い。
他で暴れられたら厄介だ。
「おいで、水丸」
まずは相手を完全に外へ引っ張り出す必要がある。じゃないと江古田の体まで傷つけかねない。藁田の時は侵食前だったので太三郎が食べて終わりだったけれど、今回は本人の内部まで深く入り込んでいる。
耳元で水の気配がした。こぽりと水が動く音、ほんのり鼻につく生臭さ。視界に魚の尾びれが目に入った。三葉が使役する式神のひとり、水丸だ。立派な鯉のような姿を持ち見るたびに色が違う。
「行って」
その言葉を聞くと水丸は嬉しそうに身をよじり、江古田へ向かって空中を泳ぎ始めた。




