第1話
朝を向かえた。
夢オチでは無かった事が、とりあえず明らかになった。
証拠に、我が愛しのムスコが姿を消したままだ。
ま、一週間の辛抱だ。
こういう小説にはよく『着るものをどうしよう〜!?』なんて事を主人公が言ったりするが、一週間程度なら───
ドカッ!
「おはようっ!我が愛しの妹よっ!衣服を用意してやったぞ!さあ、デートに行こうではないかっ!!」
ものすごい勢いで部屋に入ってきたクソ兄貴の両手には、コスプレ用の衣装があった。
「……それは?」
「エヴァのプラグスーツと──」
そりゃさすがにわかるが、かなりイタいぞ?
「ミスリルの制服テッサ仕様と──」
その、いかにもな軍服か?
「メイド服ミクルちゃん仕様さっ♪」
これは……さすがにヤバいぞ?
「……それを俺に着ろと?」
「オフコース!」
「……そして、その格好で街を出歩けと?」
「オウ、イェ〜ス!!」
「死んで出直せぇっ!!」
ズボガッ!!
蓮の左ストレートが龍揮の顔面にめり込んだ!
龍揮は20万のダメージ!
龍揮の顔面にモザイクがかかった!
「今度は顔面にモザイクですかっ!?」
「消滅してないだけありがたく思え」
……でも、
いち男として、
着ている姿を見てみたい……
という気はある……
が、
着たいとは微塵も思わんし、むしろ着たくない。
俺はまだ男を捨てた覚えは無いからな。
「というか、兄貴。いい加減準備始めないと、大学遅れるぞ?」
「心配ご無用。今日は休むからね」
「はぁ?」
「だって、我が愛しの妹の、萌え萌えな姿を逃すワケにはいかないだろ?」
「黙って行けぇ〜っ!」
ドカァーン!
「いってきまーす!☆」
キラン☆
龍揮は星になった!
……さて、
とりあえず、学校に休学の連絡をせねば……
俺は学校に電話をかけた。
トゥルルルル……
トゥルルルル……
トゥルルルル……
トゥルル
『はい、聖陵高校でございます』
「あ、おはようございます。2年4組の森久保と言いますが、青山先生は居られますか?」
『はい、青山先生ですね?少々お待ち下さい』
青山先生とは、2年4組の担任の女教師、つまり俺の担任だ。
かなり熱血入ってるが、天然なとこもある面白い先生である。
……しかし、自分でも分かるくらい、明らかに声が変わってる。
やっぱりバレるだろうか?
親戚を装った方がいいか?
……うん、それでいこう。
行けない理由は?
風邪?
いや、一週間風邪はさすがにキツいだろ。
事故った事にしとくか?
う〜ん…
それでいいか。
いいか、俺。
別人になりきるんだ。
役を演じるんだ。森久保蓮の親戚を……!
『はい、換わりました。青山です』
「もしもし?森久保蓮の担任の青山先生で宜しかったですか?」
『はい、そうですが』
「お…私、森久保蓮の親戚の……ええと…あ、森久保奈緒美と言いますが…」
森久保奈緒美っつうのは、年に1、2度しか会わない同い年の従妹の名前だ。
ここ数年会って無いが……。
…奈緒美、スマン。
「あの、蓮君が昨日、事故を起こしまして───」
『事故ですか!?蓮君は大丈夫なんですか!?』
「え、ええ。ですが、一週間程度自宅で安静にしてなさいと、医師に言われたので……。一週間くらいの休学をもらいたくお電話したんですが」
『そうですか……。分かりました。ところで、奈緒美さんは具体的には蓮君とどのような?』
「従妹ですね」
『そうですか。分かりました。蓮君にお大事にとお伝え下さい』
「はい、分かりました」
ガチャッ・・・
つっかれたあぁ〜〜〜っ!!!
俺、名演技じゃなかったか?
ヤッベェ疲れた!
ま、これで一週間休んでも問題なしって事だな。
うん、寝よう。
俺は自分の部屋で駄眠を貪る事にした。
主人公が夢の中にいる間に、主人公森久保蓮のデータを紹介しよう!
【名前】
森久保蓮
【ヨミ】
モリクボ‐レン
【身長】
(♂)176cm
(♀)169cm
【体重】
(♂)60kg
(♀)47kg
【スリーサイズ(♀)】
B:86cm
W:53cm
H:87cm
【性格】
兄よりもずっとしっかりしていて、社交性もある。周囲からの信頼も厚く、その場を仕切れる性格。突っ込みはかなり激しい。自覚は無いが、非常時の対応力が長けている。
【容姿(♀)】
(あくまでも、身なりを整えた場合である)
腰近くまである黒いロングストレートの髪(今はボサボサ)。大きな目は少々ツリ気味。脚はスラリとしていて、その───
「うわあぁぁああっ!!!!」
ハァ……ハァ……ハァ……
恐ろしい夢を見た……
自分が解剖でもされているかのような……
とにかく、恐ろしい夢だった…
名前や性転換前の身長や体重は愚か、俺さえも知らないこの身体の身長や体重、更にはスリーサイズまで暴露されてしまう夢だった……
恐ろし過ぎる……
寝汗がすごい……
恐ろしい夢だったからな……
今は……12時か。
昼飯時だな。
昼飯にするか。
そう思い、一階へ降りた。
その時、
ピンポーン………
家のチャイムが鳴った。
誰だ?
そう思い、何の躊躇いも無く玄関を開けたのは、失敗だった。
今朝、学校に電話した時、名前を借りたのは同い年の従妹、森久保奈緒美だ。
なぜなら、俺と奈緒美は会って年に1、2度。ここ数年はまったくもって会って無かったので、問題ないだろうと思ったからだ。
もし今年、この先会うにしても、同い年なんだから奈緒美も高校生であるわけで、学校も住んでる地域も違うから、こんな時期にこんなところで出会う事は、普通に考えてあり得ない。
なのに……
「あれ?あんた誰?ここ、蓮と龍揮の家でしょ?」
何故?
今?
ここに!?
奈緒美が居るんだ!?
誰か納得のいく理由を教えてくれ!
「ちょっと、あんた誰かって訊いてんでしょうが。応えなさいよ」
……奈緒美には本当の事を打ち明けるべきか?
身内なんだし、問題ないだろうとは思うが、俺がなんかイヤだ。
また適当に演じて逃れるか?
と、そんな事をコンマ数秒間の内に何往復も考えていた時だった。
「あっ!もしかして、【カラダ】飲んだ蓮か龍揮だったりしてっ」
……………は?
今、なんと仰いましたか奈緒美さん?
「えっ?何?もしかして、アタリなの?」
「あ……、い……、と、とりあえずウチん中入れ!な?な?なっ!?」
「わ、分かったから…腕引っ張らないでよっ!」
この時の俺は、もう奈緒美が何でここに居るのかとかよりも、あの怪しい【カラダ】とかいう薬の事を知っていた事に、頭がいっぱいになっていた。
………俺は半ば強引に奈緒美を居間まで連れて来ると、とりあえず俺が森久保蓮である事を明かした……。
「あらぁ〜……冗談で言ったのに、マジだった訳?」
「ああ。本気と書いてマジだ。………で、何でお前はこの怪しげな薬の事を知ってんだ?」
俺は来週飲む予定の【カラダ】を、奈緒美に見せながら言った。
「何でって、TVのCMでよく流れてるじゃない」
…………は?
「お、おい……。それ、マジで言ってんのか?」
「もちよ」
我が家のテレビは、現在大学に行っているクソ兄貴が毎日独占するため、俺はテレビは一切見ない。
何せあのクソ兄貴、有銭放送さえも繋いで、アニメばかり見やがる。正確には、アニメしか見ない。アニメがやってない時間は、わざわざDVDを見ようとしやがる始末だ。
おかげで俺はテレビの存在そのものが嫌いになった。
だから、CMでよく流れてるとか言われても、俺はさっぱりなのだ。
だが、奈緒美の理由はそれだけでは無かった。
「あたしも飲んだしねぇ〜。お試し用のだけど」
……………………は?
声には出なかった…いや、出せなかったと言うくらい、俺は驚いていた。
多分、この時の俺の表情は、さっきよりも呆気にとられた様な表情に違いない。
「ほんの出来心でねぇ〜。オトコってどんな感じなのかなぁって思って」
「ほんの出来心を実行するなっ!」
あのクソ兄貴なら、間違い無く殴っていたな。
だが奈緒美は仮にも…いや、正真正銘の女なので、さすがにやめておいた。
「……で、そのお試し用とかってのを飲んだ感想は?」
「ん〜…。やっぱ女の子で良いかなって思った」
「なんとなく………か?」
「うん」
こいつの行動や言動に深い意味があった事なんて、滅多に無い。
「それに、お試し用だから、一週間経ったらちゃんと元に戻ったしね」
「だから今その姿でいれるんだろうに」
「まあね」
はあ……
昔からこいつのする事は分からん。
「……で、奈緒美はどうしてウチに来たんだ?今日は学校だろ?」
「ああ、学校ね。辞めた」
「…………んぁ?!」
正直、仰天を通りすぎて、何と反応して良いか分からない。
高校くらい、まともに行けないのか?この娘は……。
「辞めたって言うか、退学になった」
「何で?」
「彼氏とヤったのがバレて、不純異姓交遊とかなんとかで。そしたら、彼氏とも別れちゃって、親にも『出てけ』って言われたから、とりあえずここ来た」
………ここは避難所ですか?
聞いてて呆れてきたのは、俺が変なのか?
他にも、どうやってここまで来たのかと訊けば、「ヒッチハイク」と答えるし、これからどうするつもりか訊けば、「ここに住む」と答える。金はどうするのかと訊けば、「もうバイトを決めてある」と、何故か変に用意周到だ。
………お願いだ。
この反応が変だとしても構わないから、とりあえず、今は呆れてさせてくれ……。
「はぁ……。まぁ、ここは俺だけが住んでる訳じゃないし、兄貴の意見も───」
「ただいまぁ〜〜〜っ!!!寂しかったぞぉ〜我が愛しの妹よっ!もう離さないからなぁ〜っ!」
「うわっ、ちょ、や、やめろぉ〜っ」
龍揮が蓮に飛びつき、抱き締めてきたっ!
蓮は5000のダメージ!
蓮はひるんだ!
「何で愛情表現してるのにひるむんですかっ!?」
「自分で考えろっ!」
ドカッ!
蓮の右ハイキックが龍揮の左脇腹に直撃!
龍揮は50万のダメージ!
龍揮はチリと化したっ!
「今度はチリですかっ!?」
「もう何でもいいだろ」
「ハイハイ、コントはもう良いから」
と、その奈緒美の言葉に、兄貴はようやく奈緒美の存在を確認したらしい。
………遅すぎるぞ。
入ってすぐ気づけよ。
「おっ、奈緒美じゃないか。どうした?」
「あたし、今日からここに住まわせて貰うけど、良いでしょ?」
「勿論だ」
「何故そうなるっ!?せめてここにいる理由を訊けっ!!」
「そんなの決まってるだろ?」
そう言いながら、兄貴は超爽やかスマイルをつくり、そして、
「僕にハーレムを提供する為さっ♪」
「前世からやり直せぇっ!!」
ドドカッ!
「オブチッ!」
蓮の回し蹴りが龍揮の顔面を直撃!
龍揮は100万のダメージ!
龍揮は四散したっ!
「ちゃんと五体満足ですからっ!」
「おとなしく四散してろ」
………とにかく、だ。
この家、正確にはマンションなので部屋だが、法律的にはこの部屋は兄貴の名義で借りているので、兄貴の意見は尊重せねばなるまい。
という事で、我が家に住まう家族がいとも簡単に一人増えた。
兄貴が部屋を指定すると、奈緒美は部屋の場所と中を確認してから、玄関を開け、海外に旅行にでも行くのか?と思わせる程大きな鞄を持ってきた。
「奈緒美……お前、んなデカイ鞄に何入れて来たんだ?」
「何って、実家出てきた訳だしねぇ。色々いるじゃん」
そう言いながら、奈緒美はこれから自分のモノとなる部屋へと向かい、鞄の中身を広げる作業に取りかかっていた。
まあたしかに、計画的に家を出るのであれば、この荷物の量はかろうじて納得出来なくもない。
だが、話を聞いた限りでは、衝動的な家出に近い。なのに、何故こんなに荷物があるんだ?
「よいっ……しょっと」
「……おい、奈緒美。なんだそのゲームソフトの山は?」
奈緒美が大量に抱えてテレビの横に山積みにしたゲームソフト。
俺の腰ぐらいまでの高さは普通にあった。
「あぁ、安心して。まだ沢山持ってきたから」
「不安になるわっ!」
「ねぇ龍揮ぃ!これに対応するゲーム機、あるよねぇ?」
「もちだ。我が家に無いものなど無い!」
「常識が無いわっ!」
この二人は何故こんなに共鳴出来ているんだろう……
俺はその場に要ると頭痛がしてくる気がしたので、自分の部屋へと戻った。
ウィーン……
と、低い機械音をあげるのは、俺の部屋のパソコンだ。
自室にパソコンがあるというのは非常に便利だなぁ。
自室にパソコンが無い作者が、俺の事をどんな顔で見るのか考えただけで面白いね。
………いや、なんでもない。
まぁ、せっかくパソコンが自室にあるわけだし、あの【カラダ】とかいうモノについて、少し調べてみるか。
パソコンをインターネットに接続し、あの商品名…『性転換飲料水【カラダ】』…だったか?を検索してみた。
そしたら出てくる出てくる。
ヒット数はざっと5万件超え。
こんなにヒットするモンを俺は知らなかったとは……
俺は時代遅れだったのか?
う〜ん…
とりあえず、チャットの書き込みを見て、こいつの評判でも見てみるか。
【カラダ】に関して議論しているチャットを開き、特に誤飲してしまったヤツの書き込みが無いか探した。
書き込みの内容は様々だが、評判はわりと良いみたいだ。
書き込みの例をあげるなら……
(これで憧れのセンパイと、堂々と付き合えます!:23歳・元女性)
(未来が明るくなった気がします!:25歳・元女性)
(性格と性別の差に悩んでいたので、有難いです:32歳・元男性)
他には………
(犯罪者が身を隠すのに最適すぎる。今すぐ破棄すべき:35歳・弁護士)
(こんな犯罪的なモノが普通に一般に出回っている日本は狂っている:29歳・検事)
等の、反対派のもっともな意見もあった。
だが、俺が一番注目したのは、この二つの書き込み。
(間違って飲んで、その一週間後にもう一度飲んだら、ちゃんと元に戻りました。
でも、やっぱり女の子の方がいいなって思って、もう一度飲んでしまいました。
今は男の子だった時よりも幸せです(*^o^*):24歳・元男性)
(【カラダ】を誤飲してしまったので、一週間後に元に戻るつもりだったけど、好きな女が出来て、結局そのまま男になりました。
ちなみに、今の奥さんです(^_^)v:26歳・元女性)
誤飲した人の書き込みは他にもいくつかあったが、皆、元に戻れるのに戻らなかったり、戻った後もう一度飲んだりしている……。
……何でだ?
間違ったんだろ?
何でそんなに性転換したいんだよっ!?
俺は絶対嫌だからなっ!!
俺は少し、パソコンの画面を睨みながら考えた。
落ちつけ、俺……。
誤飲者で書き込みしてない人もいるはずだ。
それに、奈緒美は誤飲者では無いが、奈緒美は二度の性転換──つまり、性転換後、ちゃんと自分の意識(というか、お試し用故の薬の効果切れ)で元に戻る事が出来ている。
あの書き込みが多数派なのか、それとも少数派なのか……。
今のところは分からないが…多数派と考えておいた方が良いだろうな……。
だが───
「ちょっと龍揮!何やってんのさっ!」
「大声を出すんじゃ無い奈緒美っ!蓮に見つかるだろっ」
「でも、さすがのあたしも、それはマズイと思うよ?」
「何を言うんだ奈緒美っ!お前にも蓮のあの萌え萌え感がわかるはずだろ?」
「ま、まぁ…。でも、萌え萌えというより、かわいいと綺麗の中───」
「だろ!?だったら、これはいらないんだよっ」
全て丸聞こえである。
声がデカ過ぎんだよ、クソ兄貴め。
…さて、なにしてんのかなんて知らんし、知りたくも無いがそうもいかんのが、ウチのクソ兄貴…森久保龍揮である。
放っておくと、何を仕出かすか分からんからな。自宅の中でも、外でも……。
「おい、二人とも、何やってんだ?近所迷惑だぞ」
と、俺の目に飛び込んできたのは、残り一本の【カラダ】を取り合う龍揮と奈緒美だった。
「お、おいっ!おまえら、何してんだよ!!」
「あ、あたしじゃないからね…。あたしは阻止しようとした人間だからね?」
「僕は自分の考えに従って行動しただけだよ」
「ほぅ……。
では、その考えとやらを聞こうか」
「もちろんっ!蓮が男に戻るのを阻止する事さっ!!」
……どうやらこのクソ兄貴は、本当に消滅したいらしいな。
ではっ、ご希望通り消滅させてやろうっ!!!
「こっっんの、腐れあに──」
ピンポーン……
……今日は妙なタイミングで客の来る日だな。
クソ兄貴はナイスタイミングと言わんばかりに、「ハイハイ、今出ますよ〜」と、玄関に向かっていった。
くそっ…
撲り損ねたか…
ガチャン…
「はい、どちら様…って、おや?我が嫁美雪ではないかっ」
美雪が?
あいつ、一体俺に何か用事でもあんのか……?
…つか、いい加減美雪の事『我が嫁美雪』って呼ぶの止めろよ…。
「龍揮くん…斬って良い?」
「えっ?何を?」
「分からないの?じゃあ実行して教えて───」
「ハイそこまで〜!木刀は仕舞いましょうねぇ〜、美雪」
俺は二人の間にほぼ習性とも言える様な感覚で入った。
この二人は会うといつもこうだからな。
今現れた客人は長谷川美雪。
中学からずっと同じクラスで、生徒会も一緒にやってきた仲…というか、こいつが生徒会長である。
ついでに言えば、家も近い。
しかも、剣道部にも所属していて、べらぼうに強い。まぁ、生徒会長という立場もあってか、部長では無いらしいがな。
これは小説であるため、一応外見的特徴も説明すると…
背は高い方か?少なくとも、今の俺よりは高い。
髪はロングストレートってヤツだな。腰くらいまである。
…胸は…なんだ。…多分、今の俺の方があるな。
学校帰りなんだろう。服装が制服のままだ。
「貴方、誰?龍揮くんの知り合い?」
「あっ…」
やっべ…
つい、いつものクセで二人の間に入ってしまったが、今の俺は俺であって俺でなかったな…
「彼女は美樹原茜さんといって、聖陵高校に転入するんだ」
「なっ…!!」
くっ、クソ兄貴がぁあ!!!
何を勝手に偽装ルート選んでんだこの変態オタクヤローはぁ!!!
しかも転入生!?
俺にこの姿で学校に行けと!?
「あぁ、貴女なのね。今日生徒会の仕事をしてる時、先生が教えてくれたわ」
なんですとぉお〜〜っ!!??
俺はそんな電話した覚え……
ってことは、まさか…
「ちょっと…」
そう言って、俺は強引に兄貴を自室に連れ込んだ。
「おい…まさか兄貴、勝手に学校に電話したか?」
「!(b^ー°)」
「美樹原茜とか言うのも…」
「(^_^)v」
「せめて喋って反応しろっ!!」
ドグボシッ!!!
「ブケホッ!!!」
美樹原茜のラリアットがジャストミート!!!
龍揮に350テラバイトのダメージ!!!
龍揮の首は吹き飛んだっ!!
「まだ繋がってますからっ!」
「そのまま死ねっ」
……さて。
ここで俺に用意された選択肢はおそらく……
・美雪に嘘を突き通す。即ち、美樹原茜という架空の人物になりすます。
・兄貴の嘘をバラし、その上で例の【カラダ】の事を話す。
…の、二つか。
前者は個人的に論外だな。
という事は、後者だな。うん。
だが学校はどうする?
あのクソッタレ兄貴、勝手に学校に電話して『美樹原茜が転入する』という事実を作ってしまった……
奈緒美を俺の代わりに『美樹原茜』として学校に行かせるか…?
いやっ、そんな他人に押し付ける様な事は出来ないし、そもそも美雪が既にこの姿の俺を『美樹原茜』として認識してしまった。
……ヤバい、抜け道が見当たらない。
「喉渇いたわね…このジュース、飲んで良いかしら?」
「あぁ、どうぞ」
美雪がいつの間にか家の中に上がり込んでいるが、実はいつもの事なので俺はあまり気にしなかった。
そして、彼女が喉が渇いたと言って勝手に冷蔵庫を漁るのも、実はいつもの事なので、特に気にはせずに『どうぞ』と言った。
……だが。
言ってすぐに思い出す。
ジュース?
ウチにジュースあったか?
………アイツ、まさかっ!!
「おいっ!今、何飲んだ!?」
「どうしたの美樹原さん?そんなにあわてて…」
美雪の手には、空になった【カラダ】のビン…
おいおい…冗談だろ?
ウチに残存していた唯一の【カラダ】が、なんで美雪に…?
こうなっては仕方がない…
少しでも美雪のショックを和らげる為にも、全てを打ち明けるしかないか…
「いいか…よぉ〜く、落ち着いて、聞いてくれ…」
俺は美雪の両肩に手を乗せて、ゆっくりと話した。
「ん?美樹原さん、どうしたの?」
「…まず、俺は『美樹原茜』という人物では無い。その人物は兄貴が勝手に妄想した人物であり、仮に同姓同名の人物がいたとしても、俺とは何の関わりも無い」
「…よく分かんないんだけど」
「俺はな………
……………森久保蓮だ」
タメが必要だったかどうかは定かでは無いが、とりあえず、美雪の表情が『?』でいっぱいになっている事は把握できた。
「あの…私の知ってる蓮くんは、男…なんだけど…」
「あぁ、そうだ。その記憶は正しい。しかし、昨夜それがひっくり返されてしまったんだ…。お前が今飲んだ…『性転換飲料水【カラダ】』によって…」
「えっ、それ、聞いた事ある…」
「そうか。…なら話は早い。
残存だが…お前も近いうちに性転換してしまう」
「…あら……そうなの……」
言葉のみから読み取れば、意外と冷静そうだが、これでも5年近い付き合いだ。俺には分かる…
美雪が完全に『超激怒モード』に入ったという事がっ!!
「この変態的ジュースを買ったのはあなた?」
「いや、多分兄貴だ」
「そう………。なら龍揮くんに制裁を与えないとね…」
美雪は俯いたまま木刀を手に、兄貴の居る俺の部屋にゆっくりと歩を進めた。
そして………
「ぎゃぁああぁぁぁあぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!」
龍揮は『長谷川流奥義・死散鉄殲』により、15億のダメージ!!!!
死散鉄懺の効果で、龍揮の発言は一定時間モザイクがかかる!!
「な※※よ※れっ!!発※※※※※※って存※※※※じ※※※す※※っ?!」
「おぉ〜、本当にかかってるよ…」
長谷川流奥義、恐るべし……
清々しい顔をして俺の部屋から出てきた美雪の手には、凶器(木刀)がしっかりと握られていた。
改めて思う。
……怖い女だ。
「……で、蓮くんはどうするの?」
「どうする……って、1週間はこのままにしとかないといけないらしいからなぁ」
「そうじゃなくて、学校」
「学校?んなもん、休むに…」
「私は少なくてもあなたよりはテレビ見てる方なのよ。そのテレビであんな大々的にCMしてるんだから、学校側に説明すればなんとかなるわよ」
「でも、『18歳以下の方はご遠慮下さい』ってあんぞ」
「別に法律で禁止されてるわけじゃ無いし、問題無いわ」
ん〜〜………
まぁ、言われてみりゃあそうか…
「とにかく、学校へは今連絡してしまいましょう。性別が変われば、誰か判別するのもまた困難になるわ。
その前に、この事を連絡すれば、学校側もそれなりの対応はしてくれる筈よ」
さすが生徒会長といったところなのか…
予測される学校側の対応を完全に把握しているな…
「このビンを見る限り……
残念な事に、私が飲んだのはお試し用ではなかったみたいね。蓮くんは?」
「俺もだ。だからその一本を大事に取っておいた」
それを確認すると、美雪は携帯を取り出してどこかに掛け始めた。
「あ、2年4組の長谷川ですが……」
美雪は生徒会長としての長谷川美雪と、2年4組のいち生徒の長谷川美雪、そして、剣道部の長谷川美雪と、をしっかり分けてる。
自分で意識してんのかは知らないが。
今は「2年4組の〜」と名乗ったから、いち生徒のモードなんだろう。
「………ふぅ。分かったって。蓮くんの事も話しておいたから、安心して」
美雪が携帯をポケットにしまいながら言った。
「制服は学校側で用意してくれるらしいわ。だから、私服で登校して構わないって」
「制服……俺、セーラー服着るのか?」
「聖陵の制服だからね。当然でしょう?」
「…………休むってのは───」
「※※※※※※※っ!!!」
うわっ、兄貴がモザイク語のまま乱入…いや、闖入してきたっ!
「※よっ!※※は※※※※※を※※※※※※だっ!!」
………とりあえず、うざいからモザイク外れるまで黙ってろや。
発言がモザイク語化した兄貴は、いくら喋ってもモザイクが外れない事に意気消沈し、部屋に戻って行った。
ま、これで少しは静かになるか。
「明日の朝、一応向かえに来るわ。…私は男になってるでしょうけど、驚かないでね」
「いや、そんな事よりもよ…」
「ん、何?」
「何故俺はセーラー服を着ねばならないんだ?いつもの学ランでも良いだろう」
「……あなたはともかく、私が恥ずかしいわ。それに、他の生徒への影響も考えての学校側の指示よ」
学校が……
俺に……
セーラー服を着ろと?
スカートを履けと?
……これは、生徒総会で学校に意見しなければなるまい。
「それじゃあ……えっと……はい、これ」
と、美雪が俺に渡したのは、数枚のプリント。
何?これ…
と、俺が言おうとしていたのを察したのだろうか。
先に美雪か話しだした。
「今日の本来の目的はこっちなの。宿題と、生徒会の仕事。生徒会の方は、明日の放課後まで。宿題は数学と英語ね」
「お、おい。今そんな状況じゃ──」
「じゃあ、私は帰るから。また明日ね」
「ちょっ──」
ガチャン…
美雪は俺の反論も聞かずに行ってしまった……
おいおい……
「さっきの人、もう帰ったの〜?」
と、どこからともなくひょっこり出てきたのは、今まで何処に居たのか、奈緒美だった。
「あぁ、帰ったよ」
「で、どうすんの?」
「学校は行くさ。来いっつーんだから、行くしかないだろ」
「服は?」
「指定ジャージでも来てくさ。学校着いたら、どうせ制服に着替えさせられるんだ」
「ブラはすんの?」
………ぶら?
「あ……それは、女性が胸部に着用する下着の事で良いのか?」
「他に何があんのよ」
ほざけよ奈緒美…
何で俺がそんなモン…
「今の蓮、結構胸あるし、ノーブラはマズイと思うよ」
ブファッ!!
……まるで鼻血を吹いた瞬間の様な音が兄貴の居る部屋から聞こえたが、気にしないでおこう。
「とりあえずあたしの貸したげるから、着けてきなって。キツいかも知れないけどね」
「いや、俺は──」
「良いからっ!先輩の言う事は信じなさい!」
「先輩?」
「女の子としての先輩」
あぁ、そう言う事ね……