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隣席の一文字違いのイケメンのせいで色々あるけど私は静かな日常を送りたい

作者: 和泉 臨音


 黒板に刻むチョークの音と、眠くなるような日本史教師の声。

 いつもと同じ授業中。


「おい! サトウ!! 授業中は携帯をしまえ!」


 突然の教師の大声に数人の生徒の肩がびくっと震えた。

 黒板からノートに書き写すことに集中しており、不意をつかれたからだ。


 しかしこれもいつもと同じ。


「先生。スマホを弄ってるのはサイトウくんで私じゃないです」


 スマートフォンを弄っていた男子生徒の横で、そっと挙手して答える。


「あ……そうかすまん。サイトウだったな。とりあえずそれはしまえ」

「はーい」


 バツが悪くなったのか、大声から一気にか弱い声になった教師に、生徒たちの小さく笑う声が聞こえた。



 このクラスにはサトウという苗字の女子生徒と、サイトウという苗字の男子生徒がいる。

 二人は出身中学が同じだったが、高校二年の今年になるまで同じクラスになることはなかった。


「生徒会長を顔で決めるなんて、少女漫画かアニメだけだと思ってたわ」


 中学時代のサイトウのことを思い出しながら、サトウは玉子焼きを箸でつまみ口元に運ぶ。


「あ~でもサイトウくんなら納得ぅ」

「彼、親衛隊とかあるって噂もあったの。確かに実際見るたびに違う女の子数人連れていたしあったと言われても驚かないんだけど」

「親衛隊は流石に嘘でしょ。でもあんたよくサイトウくんの横で緊張しないよね」

「緊張?」

「だってかっこいいじゃない!! 照れるよぉ」

「ねー! 授業に身が入らないって!!!」


 高校に入ってから知り合った友人二人、アイザワとオダの言葉に思わず目を細めてしまう。

 確かにサイトウはかっこいい。

 万人受けする整った顔は優しいイメージで、背も185センチと高くスタイルもいい。

 かっこいいという表現に否定の要素をサトウも見つけるつもりもない。

 ただ、なぜカッコイイ人間の隣の席で緊張するのかがわからない。


「しかしイシジィはいつもサトウとサイトウくんを間違えるよね」

「あれもう完全に癖かボケてるんじゃないのぉ」

「サイトウくんがスマホしまえばいいだけの話だけどね」


 イシジィと呼ばれる日本史教師はなぜかいつも苗字を間違える。


 アイザワが言うように癖にでもなっているのだろう。

 しかも毎回だからいい加減訂正するのも億劫になってきたところだ。


 スマホをしまえと隣の席にいうのは簡単だが、イシジィの授業は眠くなるのでメールでもしてなければ起きていられない彼の気持ちも判らなくはない。


 たった一文字、されど一文字で名前は違う意味を持つ。


「彼がからむと、ろくなことがないわ」


 中学時代の生徒会選挙もそうだった。

 サトウたちが三年になり、二年間勤めていた生徒会長の座をサイトウが二年生に引き継ぐことになった。しかしサイトウの任期が長かったせいか「生徒会長はかっこよくなくてはダメだ!」という女子生徒が大多数を占めていた。


 その結果、唯一会長に立候補していた二年生が信任投票で決まるところ、多くの反対票で落選したのだ。反対票の理由は政策でもなんでもなく、顔がよくなかったから。


 後日、数名の生徒会長候補を迎えて三回ほど選挙が行われた。

 最終的に当選したのは最初に立候補した生徒で、結局のところやり直された二回の投票は時間と労力の無駄だったのだ。残念ながら二年生のイケメン男子は生徒会などに興味がなかった。


 数年前のことを思い出しつつお弁当を綺麗に食べ終えると、サトウはため息とともにふたを閉めた。



■□□□■■


 ほんとうにろくなことがない。

 相変わらずイシジィに間違えで叱責された日の放課後。


「サトウさんなら安心だわ」

「私も賛成。これで誰も抜け駆けじゃないし」

「そうね、それならいいわよ」

「えええ。わたしじゃだめなのぉ」

「アンタはダメ!!」


 クラスの女子が綺麗に二分して、まるでこれからサッカーの試合でも開始するのか? というように並んでいる。

 いうなれば自分は審判か……。

 サトウはその光景を真ん中で見ながら心の中で呟いた。


 学校の方針で就学旅行先での斑を男子と女子で組むことになっている。

 それ自体はいい。

 しかしクラスの女子のほとんどが「サイトウと同じ班になりたい」と意味がわからないことを言い出した。


 班は4人構成で男子はちょうど2で割り切れたが女子は1人余る。

 それに気付けば普段3人でつるんでいるサトウが、自分が1人でいいと譲る形で友人達が同じ班になれるようにした。

 行き先は京都。

 神社仏閣などを見るのは好きだが、興味がない高校生が多いのも知っている。

 そして友人達も興味がないことを知っていたから誰かと組んで相手に合わせるなら、1人の方が気楽だと判断したのだ。

 そうしたらみんなからサイトウを押し付けられた。


「サトちゃんずるいよぉ」


 アイザワに腕をつかまれゆっさゆっさと揺らされてみても、ずるいと言われる要因がわからない。

 まったく、わからない。


「女子はなんかもめてたん?」


 チャイムとともに席に戻ると、あっけらかんと相変わらずスマホを弄りつつ聞いてくるサイトウに思わず冷めた目を向ける。


「主に貴方のことでもめていたわね」

「俺?」

「あ、どうせサイトウと同じ班になりたいっ! って取り合いだろ? 相変わらずサイトウくんモッテモテですねー」

「ちなみにシミズくんも一緒だから、余計にみんな組みたがったんでしょうね」

「オレ?」

「なんだ、同罪じゃん」


 サトウ達のクラスは学年で「当りが多い」と言われている。学年でイケメンと呼ばれる男子の半数以上がこのクラスに集中しているのだ。

 しかもなぜかサ行に多い。

 じゃれ合うサイトウとシミズをみてると、まあ確かにアイドルを見ているみたいだと思わなくもない。


「サトウさん、女子1人で寂しいよね」

「別に班行動の時だけだし、気にならないけど」

「でっもさー、女子がサイトウと同じ班になりたがってんのに、なんでサトウさんだとすんなり決まったんだろね?」

「女子として認識されてないからじゃない」

「……は?」

「女子は自分のライバルになりそうもない、可愛くない女には意外に寛大なのよ」

「そうかな、俺は女子がサトウさんのこと信頼してるからいいって言ったんだと思うけど。ほらサトウさん真面目だから抜け駆けしないとかそういう感じ」


 なんだろう、この男に言われても釈然としない。

 サイトウのさわやかな笑顔にそんなことを心の中で返しながら、サトウは次の授業の準備をした。



■□□□■■


 女子1人で寂しいよね。

 確かにサイトウはそう言ったはずだが。


「ごめん、彼女と一緒にまわるからサトウさん一人でもいい?」


 この場合だめと言ったらどうなるんだ? と思いつつ。


「シミズくんは知ってたけど、サイトウくんも彼女いたのね」

「え? ああ、うん、中学から付き合って……」


 言いかけてからハッとして口をつむぐサイトウに、サトウは「別に誰でもいいし、いちいち他の子に言わないわ」と静かに答えた。

 中学からというなら同じ中学出身の子なのだろう。

 サイトウ、サトウと同じ中学からきた生徒は学年に数名しかいない。

 おのずとサトウは彼女が誰だか目星をつけることが出来た。


「……えっと、ごめんね」

「1人で見たかったから気にしないで」


 ふと、謝るサイトウを見ていたら名案が思いついた。


 交渉というものはタイミングが大事だろう。

 ならば今がそのタイミングだ、とサトウは思えば口を開いた。


「悪いと思っているなら、私のお願い聞いてくれないかしら」

「え……と、お願いって、なに?」


 申し訳なさそうにしていたサイトウの顔が、徐々に不安そうなそれになる。

 否、不安というよりは不機嫌という方が正しいか。

 見たことのないサイトウの表情に、こんな感情も表に出すのかとサトウは少々驚いた。

 だが、それとこれは別の話だ。


「イシジィの授業でスマホ弄るのをやめて」


 サトウの言葉にサイトウの顔がきょとんとしたものになる。


「……そんなんでいいの?」

「そんなじゃないわ、私からしたら大問題よ。何を言われると思ったの?」

「……えっと、ほら、彼女と別れて私と付き合ってと…」

「ばかじゃないの?」


 サイトウの回答が出揃う前にかぶせるようにサトウが言い放つ。


「いやでもそういうの結構あったからさ……」


 本当に馬鹿じゃないかと思ったが、しゅんとしながらいう様子にサイトウもサイトウなりの苦労があるのかもしれないと思う事にした。


「価値観の相違ね」

「うん、俺サトウさんとは考え合わない気がするよ」

「同感だわ」

「だってサトウさん、ちゃんと可愛いのにさ自分が可愛くないとかいうのおかしいもん。価値観、俺と違いすぎるよ」


 コイツは本物の馬鹿だ。

 一瞬でもサイトウも苦労しているんだ、と思おうとしたが撤回することにした。


 サイトウは無自覚なのか意図的なのか知らないが、自分で苦労を背負い込んでいる。


「サイトウくんの彼女に同情するわ」

「なにか言った? サトウさん」

「なんでもない。じゃあまた旅館で」


 サイトウに背を向けると、本殿を見学するため人の集まるチケット売り場に足を向ける。

 あんなサイトウと中学時代から付き合ってる彼女なら忍耐強いのだろう。 自分など出来るだけかかわりたくないと思うのに。


 好きなものというのは、本当に人それぞれだ。



「おや、サイトウは仏像好きなのか?」


 食い入るように展示物を見ていれば声をかけられた。

 聞きなれたその声の主へ顔を向ける。


石地(イシジ)先生。それわざとですか? 私は斉藤(サイトウ)ではなく佐東(サトウ)です」

「え……あ、すまん」


 視線の先の日本史教師にいつも通りに訂正をすれば、申し訳なさそうな謝罪が返ってくる。


「先生、暇なら一緒に回りませんか? ご存知なら此処の歴史とか説明してください」

「少しならかまわんが、他のお前の班はどうした?」

「先に行ってしまったので、後で合流するようにメールで連絡したから大丈夫です」

「ああ、携帯はこういうとき便利だな」

「先生の時代はなかったんですか?」

「は? 流石に俺の時代も携帯はあったぞ、今より通話料とか高かったから高校生でもってる奴は少なかったし、電波が弱くてな…」


 眠くなるような優しい声に聞き入りながら。


 今頃サイトウも好きな子と一緒で幸せなのだろうから、必ず約束は守ってもらおう。

 サトウは改めてそう思った。



ー終ー


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