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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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出立の日

前回のあらすじ


スーディアと亜竜種が、亜竜自治区で火花を散らす。尻尾の不意打ちを受け、剣を弾き飛ばされるスーディア。咄嗟の一手で、亜竜種の技を盗み不意打ちを食らわせる。結果として敗北したが、亜竜種の戦士は「ちゃんと身につけろ」と彼を引き留め、スーディアは一人、亜竜自治区に留まった。

 なお今回は主人公の回なので、あんまり覚えてなくても大丈夫です。

 光陰は矢の如し。晴嵐がホラーソン村に来てから、一か月と少々の時が過ぎた。

 稼ぎは十分、情報も十分、出発の日は決めていたし、体調も整えている。たったの一か月、されど一か月。馴染みの宿『黄昏亭』の人々と、最後のやりとりを交わした。


「亭主、世話になった」

「もうそんなに経ったか……早いもんだ」

「そうか? わしには長く感じたがな……」


 人付き合いに関して、晴嵐はドライな方だと自負がある。普段なら鼻息を返事にするだろうが、この亭主に関しては多少情が湧いていた。

 従業員のゴーレムが、白いボディの顔を晴嵐へ向ける。丁寧かつ事務的な口調で、機械音声めいた質問が飛んだ。


「任意の回答で構いませんが……感想をお聞かせください。今後のサービス向上のため、参考にさせて頂きます」


『悪くない』と危うく反射的に答えそうになり、口元に彼は手を添えた。そんな言葉一つでは、サービス向上に役立つことはあるまい。意見を脳裏でまとめる間、亭主は従業員に茶々を入れた。


「真面目だよなぁテレジアは……おかげで助かるけど」

「要求、特別手当の支給」

「オイコラ調子にのるな」


 二人の軽口にも慣れたもので、晴嵐も肩を揺らしてしまう。最初こそ別種族の存在、『ゴーレム』にギョッとしたものの、このテレジアと言う従業員はユーモアを感じられる。亭主とのやりとりも慣れたもので、見ていて面映ゆい。

 それも含めて、この宿の空気は嫌いじゃない。


「わしはこの村に来たのが初めてでな……比較できんから何とも。騒がしいのが玉に瑕かのぅ?」

「……コミュニケーションの一環です」

「酒で騒いだ馬鹿の事を言っておる。宿屋件酒場の宿命とは思うがな」


 勘違いに顔を背けたロボットが、亭主の肘に小突かれる。ニヤニヤと笑う彼から目を背け、ちょっと怨めし気に晴嵐を睨んだ。


「……誘導尋問でしょうか?」

「はて? 至極真面目に答えたつもりだが? まぁ真剣に言うなら、上の階に防音が欲しいところよな」

「検討案件として保留します。記憶領域を検索中……同種の意見を三件発見」

「あー……やっぱそうだよなぁ……」


 他の客からも、同じ指摘を受けているらしい。苦々しく笑うマスターを尻目に、階段からどてどてと足音が騒がしく響いた。


「あっ! 良かった! 間に合った!」

「……チッ」


 あからさまな不機嫌を顔に出し、いつも明るいエルフのハーモニーも仰天する。


「なんで舌打ちしたんです!?」

「こっそり出る予定じゃったのに……もう暫し寝ておれば良いものを」

「えぇ!? なんで!?」

「湿っぽいのは好かん。それに必要な事柄は頭に入れた。別に顔を合わせ無くても良かろう」

「で、でも……」


 申し訳なさそうに、そして酷く不安な瞳が晴嵐の顔をまっすぐに見る。……こういう邪気のない表情は苦手だ。終末の臭いが染みついている男には、余りに眩しすぎる。


(ハーモニー……お主の親の様子を見る話も、情報を仕入れるため利用しただけなのだぞ?)


 ただの交換条件、ビジネスライクな関係のつもりなのに、女エルフはとことん湿っぽい。べたつく感情を振り払うべく、もう一度悪態をついて背を向けた。


「わしの身に何が起ころうとわしの責任じゃ、お主は何も気にすることはない。とりあえず『緑の国』内のポートに触れたら、すぐに連絡を入れる。時間は少しかかるはずじゃ。まぁ期待せず気長に待て」

「そうですよね……セイランさんにも都合がありますから」


 そうだ。あくまで『緑の国』に行くのは、晴嵐個人の都合にある。

 この世界ユニゾティア全体の歴史を探り、千年前に何があったのかを探す旅だ。

 そのためには一か所に留まるのも、一つの国の中で探るようでは話にならぬ。複数の立場、複数の視点から網を狭め、徐々に真実をあぶりださねば拾い上げることは出来ない。

 だからこの国、『聖歌公国』と対立する立場にある国……『緑の国』に行かねばならないのだ。保管されているであろう、千年前の別視点の記録を得るために。

 目的を確かめる晴嵐の傍らで、黄昏亭のマスターの素行が崩れる。シリアスな空気をぶち壊す要求が、亭主の口から飛び出した。


「あ、緑の国に行くのか!? じゃあじゃあ、『黄昏の魔導士』に逢えたら是非サイン貰って来てくれ、言い値で買おう!」

「……わし如き平民が出会える相手か?」

「計測中……天文学的な確率と推定」


 子供でも分かる予想に、子供のように駄々をこねてマスターは喚いた。


「んな事分かってる! でもいいだろ希望ぐらい持ったって!」

「生体知性に合わせて言うならば……『馬鹿も休み休み言え』です」

「ひでぇ!」


 下らない。実に下らないやりとりに、周りから笑い声が溢れる。気がつけば男もつられて笑い、酒場に陽気な声を響かせていた。


「名残惜しいが……そろそろ行く。では、な」


 軽く手を振って、黄昏亭の扉に手をかける。この宿に残る人々の声が、彼の背後から響いた。


「おう。じゃあな」

「ご利用ありがとうございました。またの機会をお待ちしています」

「セイランさん! お気をつけて!!」


 邪気のない、人として自然な言葉たちに、晴嵐は不意に胸が熱くなった。

 ――いつだろうか? 最後誰かに見送られたのは。

 崩壊前、家を出て寮暮らしを始めた時も、何もかも壊れた終末世界でも、基本晴嵐は孤独に生きてきた人間である。何気なく交わされる温かい言葉が、晴嵐には――毒にも思えた。冷え切った心には、ささやかな善意さえ火傷のように痛む。気恥ずかしいのか、それとも別の動機か、危うい足取りで外に飛び出す。

 天気は晴れ、絶好の外出日和。新たな一歩を踏み出すに良い日だ。

 

(さぁ……行くぞ)


 目指すは隣国、緑の国。エルフが主の国家に向けて……

 終末から来た男は、歩き始めた。

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