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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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空を打つ

前回のあらすじ


亜竜自治区の文化に倣い、戦いを挑まれるスーディア。大笑いして湿っぽい空気を振り払い、ラングレーは友と分かれる。涙ぐむスーディアだが、すっぱり気持ちを切り替え亜竜種との戦いに臨む。

 何度か見た構えに、彼は腕を交差させ防御姿勢を取った。

 自分と同じ『盾の腕甲』をグローブとして扱い、攻めと守りに使うインファイターのスタイル。加えて尻尾による体幹の制御といい、亜竜種独特の戦い方に、最初の頃は非常に苦戦した。

 そして彼らには、もう一つ留意すべき技がある――

 亜竜種の拳が突き出されると同時に、グローブ状の光が『射出』された。

 矢弾めいた速度で飛翔するソレは、鋼鉄の塊が猛然と迫る脅威に等しい。意識を集中し、魔術式の盾の厚みを調節し、胸部を狙った魔法の拳から身を守った。

 数歩後ずさり、骨身に響く衝撃を辛うじて耐える。痛苦は重いが、幸い骨が折れた時ほどの痛みではない。

『闘技場』の魔導のおかげで、実際に骨は折れないが……折れた時と同等の痛みは肉体に入る。受け身を怠ってはならない。

 ダメージの薄い彼の姿を見て、対峙する戦士は顔色を変えた。左手の腕甲を構えた矢先に、今度はスーディアが前に出る。

 ぐっと姿勢を低く、亜竜種特有の踏み込み――当然尻尾のないオークでは、このまま前のめりに転倒してしまう。スーディアは強引に姿勢を正すべく、地面に向けて盾の腕甲を振るった。

 魔法の盾で大地を殴り、反動を使って上半身を立たせる。砕けたつぶてを目くらましに、青いレイピアを突きいれた。

 頬の肉を貫くも浅い。軽い出血の後に『闘技場』の効果で傷口は塞がるが、亜竜種の戦士は苦痛に呻く。がしかし、ぎろりと闘志を燃やして、敵の剛拳がオークの腹部を穿った。痛烈な圧迫感、胃と腸の中が揺さぶられるも、腹筋と気力を駆使して耐える。伸ばしきった右腕を戻し、レイピアの逆襲を狙うも、戦士は密着距離まで詰めよろうと計る。

 剣を振るえぬ超近接戦。そこに持ち込もうとする動きを、スーディアは読んでいた。

 相手が飛び込むであろう位置に、膝蹴りを置く様に繰り出す。慌てて後進しようにも勢いは止まらず、前進とオークの脚力が累乗され、今度はムーランドの内臓に痛打が刺さった。


「ごっ……ぬぅっ!」


 数歩下がる戦士、好機と逆襲するスーディア。亜竜の戦士はレイピアの刺突を、盾の腕甲で受け続ける。胸で抱えるように上半身を守り、体力の回復を待っているのだ。

 狙いを読んだスーディアは――レイピアを左手の一点のみに集中させる。

 右手側を無視した連撃にも、じっと耐えて呼吸を整える戦士。徐々に戻る体力と戦意が目にしたのは、ぴきりと左手側の盾にひびが入る瞬間だ。


「なんト!?」


 盾の腕甲と鎧の腕甲による防御は……「短期間、一点に集中攻撃を受けると防壁が破壊され、しばらく展開不能になる」欠点が存在する。どちらかと言えば鎧の腕甲で起こる事だが、スーディアの精密な剣裁きを受け、防壁が悲鳴を上げている。


(いける……!)


 勝利の予感に鼓動は高まり、四肢の筋肉は躍動する。左手側をかばい始め、右手の腕甲で攻撃を捌く亜竜の戦士。皮膚に冷や汗を浮かべた戦士が、ぐっと腰を落とす所作を見逃さない。


「しゃぁっ!」


 叫びと共に、今度は左手側の腕甲が波動を飛ばす。至近で放たれた一撃を予見し、己の盾を正面にかざし――横薙ぎに払った。

 魔法の盾と盾が干渉し、軌道から弾いて受け流す。動揺する爬虫類の瞳孔をよそに、カウンターの一突きが喉元に迫る。

 回避は間に合わぬように思えた。会心の一手と確信した刺突は、亜竜種がくるりと体を丸め、前転によって躱される。それどころか、その戦士は勢いを増して体当たりを仕掛けてきた。

 丸まった躰を、盾の腕甲を用いて防ごうとした瞬間――丸めていた尻尾を伸ばし、上段からブ厚い尻尾を振り下ろす。重量と速度の一撃を危険と、スーディアは盾のみならず剣も添えて受けようとした。

 それがまずかった。大剣で兜ごと叩き潰すように、凶悪な破壊力を伴った一撃に握った手首が耐えられない。愛用の青いレイピアが弾き飛ばされ、一瞬スーディアは愕然とした。

 またしても勝てなかった。敗北の予感に心を塗りつぶされる前に……破れかぶれで、オークの若者が最後の一手を思いつく。

 左手を強く握りしめ、ぐっと腰を落として低く構える。

 それは数多の亜竜種の戦士が、盾の腕甲を射出する予備動作。見よう見まねで動作をまねて、ありったけの気力を腕甲に注ぎ込む。加減も感覚もわからぬまま、何事か叫んで拳を振るった。


「手ごたえあリ、我の勝……ッ!?」


 尻尾の一撃で油断した戦士に、ようやく現状が視界に入る。回転中のせいで認識が遅れ、スーディアの奇手に戦慄していた。


「馬鹿ナ、『空打からうち』!?」


 両の手の平を前に広げ、投射された盾の腕甲から身を護る亜竜種。尻尾も動員して堪えるも、数十センチ後退していた。

 強い警戒の色を示したまま、防壁を再びグローブ状に変える。戦意を維持する彼に対し、申し訳なさそうにスーディアは宣言した。


「参った。俺の負けです」

「何……?」

「今のが最後の一手です。碌に学ばず、やるもんじゃない……」


 だらりと左手を地面に下ろし、素手になった右手を上げ負けを認める。反動で左腕が上がらず、魔術も無理な運用で乱れ、しばし使えそうにない。

 むっとした顔でスーディアを眺めつつ、戦士は弾いたレイピアを拾い上げる。彼に返却する時、小声で彼に尋ねた。


「……まさカ、初めて使ったのカ?」

「えぇ……構えを何度も見たので……得物もはたき落とされたので、この一手に賭けるしかなかった。くそ、一勝したかったな」


 剣を鞘に納めるスーディア。本気で悔しがる彼は、一度も勝てずじまいの己を恥じている。

 この亜竜自治区にきてから、幾度となくスーディアは戦士たちと戦った。その度に地べたを舐め、敗北を味わい続けた。

 純粋に技量が違うし、戦士としても優れている。勝てないのは道理でも、せめて一矢報いたかった。

 拗ねるオークの若者に対し……何故か勝者の戦士も唇を歪める。顔を背けるスーディアに向け、亜竜種の男はドスの効いた声を発する。


「……気に入らン」

「はい? 何がです?」

「……単刀直入に言おウ。貴殿『空打』を会得すべきダ」

「……あの技を? 良いのですか?」


 亜竜種特有の技とされる、盾の腕甲を放つ技術。身につければ大きな力になるが、伝統的な技術を盗んで良いものか……遠慮がちに聞いたスーディアに対し、彼は独特な価値観を持って告げる。


「あのような半端な『空打』を使われては我慢ならヌ。諦めるカ、しかと身につけるカ、ここで決めてもらいたイ。幸い筋は悪くなイ、貴殿なら数日で空を打てよウ」

「しかしラングレーが……って、あ」


 いつも隣にいた友の名を呼ぶも、既に彼の姿はない。

 スーディアは苦笑した。もはや習慣レベルで傍にいる事を前提に、考えている自分に気がつく。一度離れて、自分で考えるべき時だと、スーディアは改めて顔を上げた。


「デ、どうすル?」

「是非、学ばせてください」

「うム……では明日の明朝、またこの広場で会おウ」

「はい!」

「フ、良い返事ダ」


 すっと差し出された鱗のある手を、スーディアは握り返す。

 新たな技を身に着ける好機に、若者は一度ぶるりと震えた。

用語解説


空打からうち

 亜竜種特有の技とされる。

 盾の腕甲をグローブ状に展開し、振るった拳と共に射出して遠隔攻撃へ応用する技。喰らうと遠距離から、鉄塊で殴打されたかのような衝撃を受ける。

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