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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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目標を定めて

前回のあらすじ


前世の話の最後は、テティの世界のヒューマンと『ヴァンプ』の戦いへと移り変わった。

別の世界の話でありながら、どいつもこいつも『自民族至上主義レイシスト』的発想をすることにうんざりする。話の中で夫について語り、驚愕する晴嵐。ノロケ話もほどほどにするも、晴嵐は自分に目的がないことを不安に思う。

「人に歴史あり、か」


 何気なく発した言語は『日本語』。そのつもりで使い続けている晴嵐の国の言葉。この世界では『古来語』として定着した言葉を使い、改めて胸の内から声を溢れさせた。


「前も話したが……わしには目標がなかった。生きることに必死で、そのことだけに手一杯で、周りを見る余裕もなければ、手を差し伸べる勇気や資源もない。わしの人生は誇れるものではない」

「聞きごたえはあったわよ」


 それだけを返事にして、テティは黙って見つめていた。晴嵐の覚悟を機敏に悟ったのだろう。


「この世界では……生きることだけに必死になれない。お主も言っておったな? 生きるための張り合いが必要だと」

「えぇ。確かに言ったわ」

「その時わしは『旅をしてみようと思う』と答えた。今もその気概はある……新しく目的を見つけたからの」


 彼女は言葉を挟まない。彼の行動の意味をよく理解しているから。

 これは宣誓だ。誰かに向けて謳う決意表明。この世界『ユニゾティア』とどう向き合い、どう生きるかを決める儀式だ。

 誓いは、一人孤独に胸にしまっては効果がない。なぜならいつでも隠蔽できてしまうから。外側に強く刻み込んでこそ、誓約は効力を発揮する。

 

「この世界の『千年前の歴史』を、本気で探ってみようと思う」

「へぇ……それを張りあいに?」


 晴嵐は、頷いた。

 これがユニゾティアで、晴嵐が生きる目的。ただ生きるだけで満足できない……そんな世界で定めた方向性。

 テティは年不相応の、老婆を思わせる笑みを浮かべた。

 

「いいんじゃない? あなたなら……大発見ができるかもね」

「フン。お世辞は良い」

「真面目に言ってる。だってあなたは部外者だもの」

「ん?」


 世界の外から来た、という意味だろうか? あやふやな顔をする彼に、テティは子供をあやすように言う。


「あなたはこの世界の常識に染まってない。形式上覚えていても、ユニゾティアの住人と視点が違う。あなたの世界の常識で見れば――この世界は違う色に見えるかもしれない。その可能性は高いでしょ?」

「なるほど。一理ある」


 例えば……この世界の住人と晴嵐とでは、『悪魔の遺産』の感触が違う。

 この世界の住人にとっては『研究さえ悍ましく、下手をすれば取り憑かれる恐ろしい武器』だが、

 晴嵐にとっては『鋼鉄の銃身から、火薬を用いて弾丸を発射する武器』である。

 人は一人ひとりが異なる視点を持つが、同じ社会や集落で暮らすと、どうしても似通った思想に染まりやすい。いわばこの世界の住人は……『この世界の思想』に染まっている。

 しかし晴嵐は違う。別の世界からやって来た彼は『終末世界』の感覚を、未だに引きずっている。異なる立ち位置、異なる視点からなら……同じ物を眺めても、異なる解釈を手にできるだろう。


「金や名声のためにやる訳ではない。わしは……自分がやりたいからやる。それだけじゃよ」


 歴史の真実を探す最大の目的。それは『ユニゾティアの千年前に何があったのか?』が、気になって仕方ないのだ。

 魔法や輝金属、多種多様な異種族はユニゾティア固有のモノ。独特の技術や文化を持ち、ここは別の世界だと否応なしに理解させられる。

 しかし同時に……同一の言語に、同一の単位、そして『悪魔の遺産』という『銃』の存在が、彼の心に不気味さを呼び起こすのだ。放置したまま生活するなど、とてもできそうにない。

 本音を隠したままだが、テティは和やかな目で彼を見つめている。……その彼女にこれからの方針を、躊躇いがちに伝えた。


「これからわしは……隣国の『緑の国』に行こうと思う」

「あの国に?」


 途端に曇る顔色。想像通りの反応を晴嵐はたしなめた。


「そんな顔せんでくれ。わしなりに考えた事じゃ」

「理由を聞いても?」


 じっと目を合わせる紫の目を、真っすぐに見つめ返す。終末から来た彼は語った。


「お主からわしは、この世界の常識を学んだ。しかしそれはお主の帰属する国の……えぇと」

「『聖歌公国』ね」

「う、うむ。ともかく、聖歌公国の常識にのっとったものじゃ。別の国から見れば、別の歴史の解釈もあるじゃろうて」


 唇を尖らせて、納得しきれないと頬にしわを寄せる少女。されども、声を上げて反論はしない。歴史に興味を持つだけあって、彼の言い分にも理を認めていた。

 史実に限らないが……真実が欲しいなら、物事は一点から見つめてはならない。必ず複数の視点、方向から観察し、その上で判断せねば偏りが出てしまう。

 特に同じ位置から見続けるなど最悪だ。他の事実が目に入らなくなり、自らの歪みを認識できず『周りがおかしいのだ』と主張する結果になりかねない。


「この国の中枢に向かって、資料を漁るのも悪くないが……反対意見から取り込もうと思う。幸い遠く離れても、お主ともメールはできるじゃろ?」


 おさがりのライフストーンを見せつけると、少女も同じ物を軽く持ちあげる。晴嵐の意思を受け止めたテティは、一度だけ首を縦に振った。


「確かに必要な事ね……でも気をつけてよ?」

「その印象もお主の常識かも知れんぞ。中に入れば、案外生きやすいかもしれん」

「楽観的ね」

「ダメならダメでそれも一興。一度死んだ身分じゃじ、死後の続きの余興みたいなモンよな」

「あなたの命よ。好きに使えばいいわ……あ、でもひとついい?」


 人差し指を立てて可愛らしく――いや中身を知っていると少々引くのだが――彼女は一つ要求した。


「あなたが集めた歴史の話、時々私にも教えて欲しい。きっと面白い新説が出てくるもの」

「なんじゃ、やっぱり歴史が好きなのではないか」

「嫌いだなんて一言も言ってませんわ」


 二人の若者がからからと笑う。老いた人特有の、穏やかさを含んだ声で。

 これでもう自分は引けない。改めて晴嵐は胸に刻み、ユニゾティアでの生き方を定める。


『自分は、千年前の真実を探す』


 その行為に大きな意味はないかもしれない。世界を巡るに値しないかもしれない。

 けれど晴嵐は、止まる気はない。

 ただ茫然と生きるなど、己自身が許さないのだから。

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