テティの前世・1
前回のあらすじ
最後の五英傑。『窯籠り』の解説も聞き終えると、テティは大きく息を吐いた。とりあえずの常識講座はこれで終わり。この世界で暮らすにひとまずは困らないと安堵を見せる。
感謝を告げる晴嵐。が同時に彼は疑問を持った。「テティは歴史に詳しすぎる」。自分に話すためだけに学んだにしては、把握し過ぎていると投げかける。
その要因は、テティの前世にあると言う。一瞬だけ見せた女王の気配に怯みつつも、男はテティの与太話に耳を傾けた。
母の勤める宿の一室で、テティ・アルキエラは遠い昔のことを思い出す。
その頃の名前や、自分の容姿は良く思い出せない。最初の頃こそ躍起になったが、今ではどうでも良いと感じていた。
それに、彼に語る分には差し支えない。自分の一回目の生と死の過程を話せば、セイランはおおよそ納得してくれるだろう。
「私の一回目は、こことは違う世界で生まれた。けれど、あなたのいた世界とも……多分違うと思う」
「……どんな世界だった?」
「そうね……種族はヒューマンだけとされていた。表向きは、だけど。」
「実際は?」
「えぇとね……あなたの世界の……『吸血鬼』だっけ? と、こっちの世界の『吸血種』を足して二で割ったような種族がいたの。仮の呼び名で『ヴァンプ』と呼びましょう。それともう一人……人でもソレでもない何か……異質な人がいた。真龍種の方が近いかも」
彼は唸りながらも、テティの言い回しを肯定した。
「前も話したが、わしの世界に知性体は『ヒューマン』しかおらん。となるとわしの世界、この世界、テティの世界の三つがある……のか」
「もっと別の世界があるかも?」
「これ以上はカンベンしてくれ。あり得ぬ話ではないが……」
「その辺りはわからない。でも遭遇したのはあなたが初めてよ。普通は信じないし、深く疑わなくていいと思う」
セイランは腕を組み、渋い顔のまま無言でいる。控えめな肯定の後に、セイランは肝心な部分に斬り込んだ。
「で、お主は『お姫様』だと聞いた。わしの世界ではそんなモンいない。詳しく聞かせてくれるか?」
「統治すらままならない世界だものね……また長話になるわよ
私の国は……あ、ここからは『前世の』って意味ね? 私の父親は成り上がり者で、国のトップの座に上り詰めた人だった。私は妾の子、確か11番目……だったかしら」
「多すぎじゃろ……」
「平民から最上に至った人だからね……力に酔ってたんでしょ」
「今度はトヨトミ・ヒデヨシか?」
「……誰?」
「あー……わしの国の有名人。農民から国のトップに至った奴じゃよ」
この前も誰かの名前を呟いていたが、似ている人はいるらしい。今回に限っては好都合だ。細かい説明が省ける。
「こういう人だから野心家な上、好色でね……四十人以上子供がいたと思う。一応全員を囲って、責任を果たそうとする人ではあった」
「器は……大きいと言えるが……」
「けど問題も多発した。国のトップの子供が沢山いると、養育費や管理費が嵩むのよ。それでも目が届かない子は生まれるし、馬鹿やボンクラがいると足を引っ張られるしで……」
率直な物言いに顔を歪めると思いきや、目を閉じてウンウンと頷いていた。その上でテティの行動を訊ねる。
「お主はどう動いた?」
「もう分かってるでしょ? お飾りやめて政府の一人として働いたのよ」
数人の後継者候補を除いて、残りの男たちは「後継者の予備部品」扱いだった。それでも姉妹と比べれば、境遇は幾分かマシと言える。
国を治める血族は、政治的な鎖として使われる事も多々ある。早い話が政略結婚だ。
正妻との子供ならともかく、妾の子に深く気を取られる親はいない。華やかな宮殿で渦巻く澱みは、黒く陰湿で……特に女性の感情は、どろりとした粘着質を帯びていた。
「最初は『女なんかが、出しゃばるな!』って散々叩かれたわよ。姉や側室の方々にも似たような事言われたわ。分からないでしょうねセイラン。権力者の娘、姫君の立場の人間ってね……煌びやかな檻に閉じ込められて、出ることは許されず見世物になるような人生なのよ?」
「代わりに、衣食住には一切困らんがな」
「檻が無事な内はね。壊れたら中にいるのはポンコツよ」
「辛辣じゃな。いつになく」
言われてテティは気がついた。この話を誰かに語るのは三度目だが、オブラートに包んだ物言いをした記憶がある。自分が思う以上に、姫君としての生活を嫌っていた……のかもしれない。それを吐きだせるのは、セイランの腹黒さを知っているからか?
「私はイヤだった。自分が人として弱いことが。
姫としての環境はすべて父の恩恵よ。与えられた物であって、獲得した物じゃない。その辺りを分かってない兄や弟、姉妹の無様が嫌だった。私も同じになるのが嫌だった。だから政治家として、国に貢献する道を選んだの」
「……お主、父親に似ておるのかもしれんな」
「はい? 急に何を言ってるの?」
突拍子のない言葉に、彼女は声を荒げてしまった。何故かはよくわからない。無意識についむっとして、セイランに食ってかかっていた。
男は動じず素直に開示する。
「父親は成り上がり者と言うておったな?」
「そうよ。昔はただの一平民」
「ざっくり言うぞ。お主ら前世の親子は、立場に甘えるのを嫌ったのではないか? お主は姫として、父親は平民として……生まれを言い訳にして、何もしない事を嫌ったように見える」
言葉がすとんと胸に落ちる。反感を覚えても言語にならない。
自分が知らない自分を掘り起こされ、知的な衝撃を受けるテティ。前世含め初めての指摘に、唇の端を皮肉に歪めた。
これだから人と話すのは面白い。同じ事を話しても、全く別の意見や反応は刺激的に感じる。
「初めて気がついた。言われてみればそうかも」
「一瞬ムキになっておらんかったか?」
「だらしない父親を娘が嫌って悪いかしら? その人に似てると言われたら……ねぇ?」
「……確かに」
「あ、深刻な事じゃないから気にしないで。もう終わった関係だから」
そう、この話はもう『当の昔に済んだこと』
おとぎ話で与太話、聞き流すぐらいでちょうどよい。今のテティには、今の世界と暮らしがある。困った時に、ちょっと昔の経験を頼る程度の事なのだから。
「とはいえ、当時も父親に強く当たったけどね。政治家として、だけど」
「ふぅん……しかし一ついいか? わしは……その、お偉い方の世界はよくわからん」
「でしょうね」
「だが政治家と言っても、一括りに出来ん事は知っておる。お主は何の政治家になった?」
それを聞くのかと、テティはつい楽しくなってしまった。
素直に話してもいいが、彼女はニンマリと意地悪く笑う。
「さて……質問するわ」
「む」
「身構えないでよ。さて問題です。私はどんな政治家だったでしょうか?」
内情を一切明かさずに、少女は過去を問うてみる。
腕を組んだまま黙考するセイランが、どんな答えを出すのかを……楽しみに『お姫様』は待っていた。




