吸血種の英雄
前回のあらすじ
魔法についての例外を知り、その過程で『吸血種』は千年前から存命だと言う。加えて社会的地位もあると知り、内心荒れに荒れる晴嵐。テティは五人の英雄の話に移り、その中にいる吸血種について話、彼の中の吸血種に対するイメージ改善を図る。
千年前の五人の英雄……『五英傑』
そのうちの二名は晴嵐が敵視してしまう種族、『吸血種』という。一体どのような英雄なのか? 晴嵐が偏見を振り払うのに値する人物なのか……じっと語り部の少女を見つめる。
「じゃあ『無限鬼』様から話すわね……さっきも少し話したけど、彼女はすべての『吸血種』の始祖なの。千年前では、常に最前線で戦っていた人よ」
「バリバリの武闘派か……しかも女……」
「種族として優れた能力もあるけど、無限鬼様は鍛えてるからね……有名なのは『亜竜種の戦士との百人組手』ね。全員峰打ちで彼女が黙らせたとか」
確か亜竜種は武人気質で、近接戦闘に優れる種族だったか。その百人に対し一人で勝利……字面だけ聞いても冗談にしか思えない。
「イカレとる」
「他にも武勇伝はたくさん。気になるなら後で調べて欲しい。色々と揉めるけど、大体戦いの後に和解する話が多い」
「殴り合っての青春じゃあるまいし……」
「正解。女性だけど『剣で語り合う』気質の人ね」
相当な女傑と見受けられる。性別を間違えて生まれたのだろうか? そもそも吸血鬼ならば、剣ではなく牙と爪で襲い掛かりそうなものだが……
いかんいかんと己を戒める。自分の持つイメージが偏見なのだ。払拭するための話を、真剣に耳に入れねば意味がなくなる。
頭を振り終えると、テティは瞳を合わせてから続けた。
「彼女の二つ名の由来は、その得物にあるの。『無限刀』と呼ばれてる」
「なんじゃそりゃ? 全身に刀でもしょってるのか?」
一瞬思い浮かべた、とある坊主の従者の像は、テティの不思議そうな顔で掻き消える。……武蔵坊弁慶とは違うようだ。
「無限鬼様の武器は長期戦に向かない。長く戦うと切れ味や強度に難のある武器だけど……彼女の『無限刀』は、永遠に敵を切り続ける武器とされてるわ」
「それは『測定不能の異能力』とは異なるのか?」
「違うとされてる。真相はわからないけど」
ざっくりとした感想だが……この『無限鬼』と言う英雄は、無限に敵を切れる刀を持って最前線で戦い続けたのか。
「恐ろしい話よな。『鬼』と呼ばれるのも納得だ」
「敵にしてみればね。味方には慈悲深い方なのよ? 弱気を助け悪を挫く! を地で行く人だし。優れた戦士を『吸血種』として蘇らせた実績もある」
この『無限鬼』だけが、『吸血種』を増やせる存在。以前の解説と英雄譚がかみ合い、彼の脳にピンと来た。
「今生き残っとる『吸血種』は――英雄に認められた奴なのか」
「そう。千年前の英雄と共に戦い、死なせるには惜しいと祝福を賜った人。それが現在の吸血種の立場なのよ」
「なるほど、敵意を抱くなぞ恐れ多いわけだ」
つまり吸血種は一人残らず、千年前の英雄と肩を並べた人物なのだ。長寿のおかげで、現代まで存命とは驚くばかり。となると、『無限鬼』本人も生きている? 行く末を訊ねると、少女は目線を宙に泳がせた。
「わからない。生きているとも、死んでいるとも……この人放浪癖があるみたいで、ふらっと世界を歩いては、悪党の前に出て介入するそうよ。決め台詞は『控えよ、この無限刀が目に入らぬか!』」
「……水戸黄門か?」
「誰それ?」
「あー……似たような偉い人物が、わしの世界にもいてな」
刀といい、独特の口上といい、英雄のイメージが女傑の着物女に代わってしまう。流石にそれは無い……ないよな?
「どう? 吸血種の印象は変わった?」
「うむ……あまりに別種よな」
幾分か誇張もあるだろうが、晴嵐の知るケダモノの印象は祓えたと思う。紫の瞳を細めて、彼女はもう一人を紹介した。
「もう一人吸血種の『五英傑』がいるの。彼の二つ名は『黄昏の魔導士』……」
ぴく、とカウンター奥で働く亭主の手が止まる。この宿の名前『黄昏亭』の事を思い出し、宿泊客は肩を揺らした。
「亭主はファンなのか?」
「もうマニアとかソムリエのレベル」
「で、あろうな……」
よほど好いていなければ、自分の持つ店に名づけはしない。心なしか従業員たちも、生暖かい気配を発している気がする。
「この方は今『緑の国』にいる。千年前の功績は『輝金属』をこの世界に持ち込んだことよ」
「持ち込んだ?」
「『無限鬼』もそうだけど……『黄昏の魔導士』は『異界の悪魔』と、同じ世界から来たとされている。やって来たのは……」
「悪魔どもの奇襲攻撃の直後!」
突如カウンターから飛ぶ声に、テティは軽く咳払い。慌てて顔を背けて、亭主は再び仕事に戻った。
「幸い吸血種の方々は、最初からユニゾティア側よ。離反までの間、かなり『無限鬼』様が敵を押しとどめていたとか」
「その間『黄昏の魔導士』は?」
「裏で『歌姫』様たちが逃げ出せるよう、段取りを整えていたみたい。魔法の封殺も既に行われていたけど、彼だけは魔法を行使出来た。腰に差した……何でしたっけ?」
ド忘れしたのか、それとも振りなのか。視線を亭主にやると、ウッキウキの顔で得意げに答えた。
「元型輝金属・レーヴァテインな! 見た目は真っ赤なレイピアだ」
「あぁハイ、どうも。おかげで彼だけは『魔法』を使えた。そして彼の輝金属を解析して量産、もう一度魔法の発動を可能にしたの」
冷やかに応じるテティを尻目に、晴嵐は首をひねった。封じられた魔法を再発動させた……大きな実績だと思うが、本人より道具の功績に思える。
「それだけじゃと、いまいち影が薄くないか?」
「んなワケねぇよ! あの方は悪魔の技をコピーして、正しく使って下さった方なんだぜ?」
「……例えば?」
「遠方への瞬間移動や物資の転送、天候の変動や制御、そして歌姫様の『完全和解』さえ身に着けておられる! 他にもだな――」
「警告、業務効率の悪化を検知」
べらべらと饒舌に語る亭主に対し、見かねたゴーレムが眼光をぶつける。無機質なのにその目線は妙に鋭い。若干怯んだものの、亭主はぐっと前に出た。
「こ、ここで止めんなよテレジア! まだ足りねぇのに!!」
熱くなりっぱなしの亭主を無視して、淡々と業務をこなすべく二人に提案する。
「お二方……申し訳ありませんが、続きは彼の部屋でお願いします」
「……しょうがないわね」
「うむ」
「そんな殺生なー!」
大の大人の情けない悲鳴を背に、二人の見た目若者が室内に戻る。
……しばらく聞こえる口論に、中身老人の二人は小さく笑った。
用語解説
無限鬼
この世界で唯一吸血種を増やせる『始祖吸血種』にして、最前線で敵を切り続けた女傑。性別を間違えたとしか思えぬほどの、バリッバリの武闘派。『戦って相手の心根を計る』を地で行く人のようだ。
千年前では、共に戦った優れた戦士を吸血種として蘇らせ、自身も、無限に敵を切り続けられる刀『無限刀』を振るい活躍。現在は所在や生死が不明だが、悪党の前にどこからともなく現れ、決め台詞と共に成敗すると言う。
『黄昏の魔導士』
この世界に『輝金属』を持ち込んだ吸血種にして、特級の魔法使い。『緑の国』にて存命の人物である。
以前紹介した『歌姫』が、欲深き者どもから逃げ出せるよう取り計らったり、欲深き者どもが行使した『測定不能の異能力』の一部をコピーし、自前で発動可能だと言う。
なお全くの余談ではあるが……現在晴嵐が宿泊中の宿『黄昏亭』のマスターは、『黄昏の魔導士』の大ファンである。




