仮説
前回のあらすじ
人食い退治の報告書を読む、軍団長のアレックス。無事に退治できたのはいいが、晴嵐の隊が『悪魔の遺産』による攻撃を受けたと知る。アフターケアの方針を定めた軍団長は、『休暇が欲しい』とぼやいた。
「と言うわけだから……村の人に今回の事は口外しないでね。納得いかないでしょうけど……」
むすっとした顔つきのまま、一室の椅子に座る晴嵐は頷いた。
銃撃を受けてから丸一日が経過し、今日は宿屋『黄昏亭』で身体と心のメンテナンスに努めている。手持ちの道具を手入れしていると、テティが用事があるとやって来た。
話の内容は『森の一件』と『悪魔の遺産』に関すること。
公にしたくない案件のようで、またもや口止めを要請された。俯きがちなテティに、優れない顔色で答える。
「いや……アレの脅威は身に染みておる。隠して当然よな」
「あとこれは個人的なお詫び……ううん、言い訳なのだけど……」
「『悪魔の遺産』についてか?」
「……えぇ。隠していたつもりはない。けど結果的にそうなったわ。ごめんなさい」
ペコリと頭を下げる少女に、晴嵐は頭を掻いた。
「不幸な事故みたいなモンじゃろ。わしも生き残っておるし問題ない」
「……ついでにもう一つ悪い知らせ。私も含めこの世界の住人は『悪魔の遺産』について詳しく知らないの」
「なら知ってる範囲で教えてくれ。それとお主の口から魔法関連についても聞きたい」
「お安い御用よ」
一つ咳払いをしてから、テティは『悪魔の遺産』について喋り出した。
「『悪魔の遺産』は千年前にやって来た『異界の悪魔』『欲深き者達』が製造、使用したとされる特殊な武器類よ。効果については割愛していいわね?」
「うむ」
実体験に勝る物はない。加えて以前の世界で心当たりもある。下手をすれば彼女たちより、晴嵐の方が詳しいかもしれない。
彼が知りたいのはこの世界『ユニゾティア』で、『悪魔の遺産』がどのような立ち位置かだ。
「『悪魔の遺産』は恐ろしい兵器として知られている。千年前の戦いで各勢力に打撃を与えたり、真龍種の方も何人もやられたらしいわ。そんなものだから……世界各国で持つことも、研究さえも禁止されているぐらいよ」
「ふむ……『異界の悪魔』と同列に忌避されておるのか」
「うん。最初期の頃は研究されてたけど……この武器持ってると、憑りつかれるらしいのよね」
「?」
『銃』を想像していた晴嵐には、突然のオカルトめいた単語に困惑を隠せない。少女はあえてスルーし解説を続けた。
「この『悪魔の遺産』は、遠隔で簡単に人を殺せる道具。だからその……すごく攻撃的になるし、態度も傲慢になる傾向が見られるわ。まるで『欲深き者ども』に憑りつかれたように……そうした背景もあって、レプリカさえ作られない曰く付きのモノよ」
顎に手を添えて擦り、晴嵐には腑に落ちることがあった。
以前彼は『終末世界の人間は、神経質で攻撃的』とテティに説明した。邪魔者は殺してしまえばいいと、荒んだ発想を当たり前にする人々だと。
この世界において『悪魔の遺産』は、所有者をそうした心理にするのか。身の丈に合わない力や武器を持つと、気が大きくなる事はあろう。突然の変化を『憑りつかれた』と表現した……そう晴嵐は解釈して飲み込む。
「一般には流通しとらん武器なのか。じゃからわしへの説明を後回しにした」
「そうよ。完全に裏目ったけど。だって所持してるだけでも罰則あるモノなのよ? この早さであなたが遭遇するなんて、想像出来たら予言者の類よ……」
「安心せいテティ。わしは慣れておる」
顔を上げるテティに、男は不敵に笑って見せた。
「突然不幸が降りかかるなんざ、わしの世界では珍しくない。その世界を生き延びてきたのがわしと言う人間じゃよ」
「過酷な環境なのは聞いてるけど……」
「それにの、あの程度の状況は絶望的なうちに入らん。わしが気にしておらんのじゃ。勝手に落ち込まんでくれ」
「……慰めてくれてるの? もうちょっと伝わるようにしてくれない?」
そっぽを向いて鼻を鳴らす。どこまでも可愛げがない晴嵐に、少女はやれやれと首を振った。逸らした顔の裏で冷徹に思案を巡らせる。
共に銃撃を潜り抜けた懲罰奴隷や、兵士たちやテティの反応からして……『悪魔の遺産』に対する忌避感は想像以上に大きい。
だから――彼は胸に沸いたとある疑念を、胸の内にしまい込んだ。
(『悪魔の遺産』は、わしの世界の銃器である事は確実……)
そう……『悪魔の遺産』の攻撃は、間違いなく『銃器』によるものに違いない。発砲音といい、弾丸の掠める音といい、体験した晴嵐には解る。あれは絶対にライフル銃の射撃だ。
それを明かすべきかどうかは……正直、かなり迷いどころではある。
近い立場の彼女なら、理解を得られる可能性もゼロではない。けど失敗した時のリスクを考えると……ここで博打するには危険と晴嵐は考えた。
それにまだまだ疑問も残っている。
(テティは千年前と言っておった。厳密には何年かは知らんが、年月に大きなズレがあるとは考えられん……仮に地球の千年前から来たとしたら、レーザーサイトなぞありはせん)
仮に、仮にだ。千年前の『ユニゾティア』に銃を持った人間が来ていたとする。
だが千年前に来た奴が『どうして近代火器を保有しているのか』?
レーザーポインターもそうだし、発射間隔はあったものの……マスケット銃ほど遅くはない。つまり近代の銃器、少なくとも『地球の千年前に当たる技術水準の装備ではない』。時間計算で帳尻が合わないのだ。
(じゃがもし……『この世界の千年前に地球人が来ている』と仮定するなら……言葉や金の単位が同じとか、所どころに見える向こうの発想が『崩壊前の地球からやってきていた』と説明がつく)
――今まで強く違和感を覚えていた事柄に、強烈な説得力を持たせる仮説だ。
もし千年前に来た連中が、崩壊前後の地球出身の連中ならば
今まで生じていた無数の違和感……通じる言語や、どこかで聞いたこと、見たことのあるような単語や単位の由来が分かる。
晴嵐の用いていた地球の基準が、千年前に持ち込まれていた――その可能性が出てくるのだ。
(この世界の千年前……いったい何があったんじゃ? そしていつ、どうやって、地球人はこの世界に来たんじゃ……?)
テティが不審げに見つめるのも承知の上で、無言で低く喉を鳴らす。答えの見えない問題を考え続ける晴嵐に、傍らの少女が声をかけた。
「何を悩んでるか知らないけど……魔法についても聞いていきなさい。質問も受け付けるわ」
「あぁ。頼むぞテティ先生」
「本当に……もうちょっと態度どうにかしたら?」
「余計なお世話じゃよ」
露骨なあくどい口調に、紫色の瞳が据わる。
睨まれながらも真剣に、晴嵐は魔法についての講座を受けた。
用語解説
悪魔の遺産
千年前、世界をめちゃくちゃにした者たちが残した迷惑な置き土産。『破裂音を発生させ』『鎧や防壁を容易に貫通し』『遠隔から攻撃できて』『視認は不可能』
この兵器によってユニゾティアは大打撃を受けた。世界のどこでも、所持するだけでも罰則がある代物で、さらに模造品の製造や研究さえ禁止されるほど。それほどこの武器に対する嫌悪感は強い。
その正体は『文明崩壊前に存在した銃器』と晴嵐は確信している。




