虚空を穿つ弾丸
前回のあらすじ
目の前で知った顔が殺されても、淡々と見つめる猟師。オークのヤスケが食って掛かるが、彼は冷徹に生き残るための選択を決める。恐怖に震えながらも、ヤスケもまた道を選び……
一方射手の目には……実体のない亡霊が映っていた。
「ダ、ダダダダンナ! なんですかこりゃあ!?」
「わからん……ともかく、今は動くな!」
未だに森で潜伏する二人は……敵の変化に震えていた。
晴嵐は『煙幕を囮にし、敵と根競べをする』選択肢を取り、ヤスケは『全面的に晴嵐の行動に追従する』道を選んだ。彼はこう言う。
“ダンナが一番、冷静に判断できやす。あっし一人じゃ生き残れやせん。これが多分……一番良い選択と思いやす”
こちらの世界の人間は、銃器への対処を良く知らないと見える。晴嵐に追従するというのも、なるほど選択肢の一つであろう。故にヤスケは、晴嵐の隣で木の裏に潜伏中だ。
彼が最後の煙幕を投げ放ち、攻撃する射撃手。しばらく観察を続け、根競べの体制に入った二人。だが敵は突如異常な行動に移ったのだ。
最初は予想通り、囮につられて銃弾が飛んでいた。一定間隔で響く破裂音に、じっと木陰で耐えていた。だが途中から……明らかに射撃音の感覚が乱れた。まるで何かに怯えて、必死に引き金を引く新兵のように。
既に煙幕は晴れている。普通なら様子見で、何もしないのが正解のはず。だがなぜが銃声が鳴りやまない。いったい何を撃っている?
「気でも触れやしたかね? 今なら逃げれる……?」
「……と、わしらが気を抜いた瞬間、ブチ抜く腹かもしれんぞ」
「これも演技なんですかい!?」
「わからん。だがこの武器も弾切れ……あぁいや、魔導式みたいに、カートリッジ切れを起こす武器のはず。無駄使いにしてはやり過ぎな気もするが……」
ヤスケの言動からして『悪魔の遺産』こと『銃』は、こちらの世界で忌避されている節がある。ならば銃弾も貴重な消耗品と予測がついた。それを浪費するとは思えない。
軽く空を見上げてから、彼は提案する。
「次の音の直後に、一瞬だけ顔を出し確認するぞ」
「大丈夫ですかい!?」
「聞いとるならわかるじゃろ? 敵の武器は連続で使えん」
連射可能な銃器もあるが、それなら煙幕に弾幕を張るはずだ。一発ずつ撃つはずがない。念のため発射音の直後に顔を出し、次弾までに引っ込めれば大丈夫。不安を煽る生存本能を抑えこんで、二人はタイミングよく顔を出した。
――そこには亡霊がいた。
何度か夢に見た、赤茶錆びの穴あきの亡霊。
終末世界の始まりの日に見た、あの幽鬼が森の一部に立っている……!
(な、な、な……! なんでアレが……!?)
さっと木陰に隠れた晴嵐の顔は、蒼白に転じていた。
今まで現実にアレを目にしたことはない。同じ展開の悪夢の中しか、アレと出会った覚えがないのに……何故アレがこの森に居るのだ?
変貌した晴嵐と裏腹に、ヤスケは険しい顔を変えずこう言った。
「なんもありやせんね……何を狙って……?」
次の弾丸も虚空を飛び、着弾音も酷く遠い。誘いの浪費でもないと確信するも、二つの事実に絶句した。
(射手やわしには見えていて、ヤスケには見えておらんのか!?)
ソニック音は亡霊を狙っている。視認した晴嵐は確信したが、ヤスケの顔は不安なまま。
増えた情報を元にして、選択肢を頭の中で搾る晴嵐。胸に手を当て、心音と呼吸を整えてから、ヤスケの手を軽く引いた。
「理由は知らんが……敵はわしらから意識を逸らしておる。音を立てず、大きく動かず、敵が狙っとる位置の逆側に逃げるぞ」
「い、いや、大丈夫ですかい!?」
亡霊が見えていないヤスケには、この方針転換は納得いかない。少しだけ強引に晴嵐は事を進めた。
「わしはここでこっそり逃げることに賭ける。お主は一人残るか? 好きに選べ」
「そんな殺生な! あぁくそ! 死んだら化けて出てやりますぜ!!」
口論もそこそこに、四つん這いの低姿勢で森の中を密かに逃げ出す。
残った死体と亡霊が、銃声の森に取り残された。
***
「は、早く逃げるんだ! ミー以外みんな死んだ!」
「落ち着けヨセフカ! 今他のチームに離れるように連絡入れてる。上からの指示も待たないと……」
グロテスクな死体を眺めたせいで、遠ざかった旗持。その直後『悪魔の遺産』の使用音が鳴り出し、怯えながらもその場で兵士は待機していた。
程なくして逃げて来たのは、同じチームのヨセフカ。顔面を恐怖で崩壊させて、旗持を見つけると泣き崩れ、しばらく動かなかった。
彼の主張によれば、あの場に残った四人は『悪魔の遺産』の脅威に身を晒されたと言う。命からがら逃げだしたヨセフカは、今すぐ逃げるべきと必死に訴えた。
旗持の兵士は迷う。非常事態と感じはしても、このまま逃げていいのだろうか? まずは連絡の後に、兵士長か軍団長の指示を仰ぐのが正しい対応ではなかろうか……
「ともかく少し休んでろ」
待機を選んだ旗持に、不満を見せるヨセフカだが……疲弊も頂点なのだろう。木にヘリに座って、ぐったりと汗をぬぐう。
まだ鳴り響く破裂音の度に、びくびくと身体を震わせている。反射的に恐怖をもたらす音に、怯えてしまうのも無理はない。
未だ自分で決められず、旗を持った兵士は報告を先に行った。仲間たちは熊退治の後始末中で、どうにも反応が鈍い。もう一度強く叫ぼうとしたその時、森の中から静かに二人組が飛び出した。
「!? 無事だったのか!?」
「危うかったがな……っと、おい待てヤスケ!」
飛びかかる寸前に、晴嵐が腕を伸ばして止める。怒りの矛先を猟師に変えて、オークは吼えた。
「なんで止めるんですダンナ! こいつ……こいつは……!」
「揉めるのは後にせい! おいお前、連絡を入れ続けろ。森の禁域を封鎖するように伝えるんじゃ」
「し、しかし権限が……」
「んなこと言っとる場合か! わしらもここからすぐ撤収するぞ! また狙ってくるかもしれん。ともかく無駄な犠牲者を増やすな!!」
切迫した瞳が危険を訴える。旗持が各所の旗持に情報を飛ばし続け、懲罰奴隷はヨセフカから目を背けて、ドカドカと大地を踏み鳴らして歩く。
最後尾、二人を置いて先に逃げたヨセフカは、びくびくと恐怖を滲ませ付き従う。生存の安堵から顔を緩めた瞬間、狩人は胸倉を掴みあげて告げた。
「今は追及せん。じゃが貴様を赦した訳ではないぞ?」
猛獣めいた瞳が、臆病者の心を突き刺してから背を向ける。
『悪魔の遺産』が鳴りやまぬ中で、生き残りの四人が、森に潜むナニカから撤収した。
用語解説
謎の亡霊
晴嵐と射手には認識できて、ヤスケの目には見えていない。しかし晴嵐は『現実に亡霊を見ていない、見たとしても夢の中』と言っているが……




