選択せよ
前回のあらすじ
森の奥、禁域方面から銃声が響く。混乱する晴嵐に対し、この世界の住人のヤスケは『悪魔の遺産』による攻撃と伝えた。この場を切り抜けるために考える晴嵐だが、恐怖に駆られた二人の兵士が逃げ出してしまう。一人の兵士が躓き、置いて行かれた兵士の頭が弾け飛んだ。
片方の目が地面に転がる。砕けた頭蓋から脳漿が流れ、さっきまで生きていた人物が、見るも無残な姿に変わった。
死に様に青ざめるヤスケ。懲罰奴隷故、村の扱いは冷たいが、最低限の保証は受けていた。さほど交流は無くとも、知った顔が殺される場面を見て冷静ではいられない。強く強く唇を噛み、黒い感情が腹の中で渦巻くオークに、信じがたい呟きが耳に入った。
「一撃か。有情よな」
反射的に、牙を剝いて胸倉に掴みかかる。咆えたい自分を抑えこんで、無言で感情むき出しにして睨みつける。
男の顔は能面だった。
人が死ぬ盤面を見て、ヤスケに掴みかかられて、自分にもまだ死の危険があるのに……そこには何の動揺もない。冷徹に現実を見つめ続け、感情に心を惑わさず、頑強な意思を持った瞳があった。
ガラス玉めいた目に見つめられ、逆にヤスケは硬直してしまう。
(なんて冷たい目をしてやがるんです、ダンナ……)
冷酷非情。心を殺すことに慣れた眼に、オークは反論の言葉を失う。一切の温度のない声で、男は「無常なやり口」を語り始めた。
「……わざとあの兵士を殺さずに、痛めつける選択肢もあった」
「なんのために……?」
「感情煽ってわしらのパニックを誘ったり……助けようと飛び出した所をまとめて始末するとか……生きた人間に使い道はいくらでもあるわい。基本足を破壊して、急所だけは絶妙に外すのがコツよな」
「……詳しすぎやせんか?」
「そりゃ何度か痛い目に遭えば、嫌でも覚える。これらの手口と比べれば、即死なぶん幸運な死に方よ」
あの遠方からの、唐突な死が幸運と言うのか。何一つ共感できず、ヤスケは強引に話題を変える。
「で、あっしらはどうやって生き残りやしょう? そんだけ詳しいなら、対策も分かってるんですよね? ダンナは」
「あぁ、分かっているとも。悪い状況なことぐらいよー分かっておる」
木に寄りかかりながら、猟師は煙幕袋を手に持って言う。
「まず、死に際に会話をしておる以上、わしらがここに残っている事はバレておる。煙幕は最後の一発で、振り切るには心もとない。視線を切っても攻撃は来るようじゃからな。敵の武器は、連続で使えない事が救いじゃが……向こうは安全圏から、一方的にわしらを殺せる。
わしらの選択肢は二つ。煙を使っている間に、何とか逃げおおせるか……煙玉を囮にして『わしらが逃げた』と相手に誤認させて、ここで息を潜めて根競べするかじゃ」
「ど、どっちもマトモじゃありやせん!!」
同感だと言わんばかりに、猟師は唇を歪めた。
煙ごしに逃げる際中、運悪く急所や足に被弾すれば終わり。
この場で潜んでも、圧力や恐怖に負け、判断力を失っても終わり。
いずれにせよ避けれない死のリスクに――その男は、嗤った。
「まともかどうかなんざ関係ない。やらなければ死ぬ。わしに思いつく生き残りの手は、こんなもんじゃよ。選択の余地がある分幸運だとすら思うぞ」
「ダ……ダンナ……」
「他にも……あそこに死んでる奴みたいに『感情で動いであっけなく死ぬ』と言うのも選択かも知れん。オススメはせんがな」
頭蓋の砕けた兵士を親指で指し、淡々とその男は語る。心まで凍りついているような瞳は、じっと現実だけを見つめていた。
「リスクやコストは絶対にゼロに出来ん。ならば少しでも効率よく、より良い形で危険を冒すしかない。わしはもう決めたぞ。お主はどうする?」
震える指を組み、オークが足を小刻みに震わせる。恐怖は抜けないが、やるしかない。
腹を決めたヤスケの選択は――
***
長物を手に持ち、感情のない瞳がスコープ越しに森を見つめる。
垂れ流しのレーザーサイトが、砕けた頭の周辺を飛び交う。近くの腐乱死体から逃げ出した、生存者を探しているのだ。
長距離用のライフルを握るのは、標的になった者と同一の種族。禁域の境界ギリギリで、機械のように的を狙う。
――そのオークの両手両足は、金属へと置き換わっていた。
ゴーレムの四肢ではない。肉体との接続部分は、衣服で覆われて見えない。しかし肩や臀部の延長として、造形には違和感がなかった。
良くできた義肢にも見えるソレは、本体にも影響を及ぼすのだろうか? 感情の失せたオークの双眼は、生の部品で出来た人形にも見える。
金属部品の一部が点滅し、どこかと交信を始めた。
『生体端末評価――不可。半自立起動での行使を推奨。射撃手適性は、亜竜種が最上位』
『合議案件として承認。動作テストの終了を許可』
『射撃動作試験の、若干時間の延長を申請。ヒューマン一体、オーク一体が現在潜伏中。対象と決着を希望』
『……優先案件なし。十分の延長を許可』
『感謝』
腕から発した光が止まると、まるで誰かが操るかのように、ぎこちなく銃器を扱うソレ。戻した意識が捉えたのは、三度目の煙幕だ。
銃口が鈍い輝きを放ち、トリガーに指をかける。一時は静まった森を銃声が引き裂いた。
一斉に飛び立つ鳥。構わず銃器上部のレバーを引いて、手動で薬莢を排出する。ボルト・アクション式のライフルに、装填された次弾が火を噴いた。
煙幕内を貫くが、手ごたえを感じられない。生体端末を操る何者かが、緩慢な操作で銃器を取りまわす。
三発目、煙越しに見える人影を検知し、反射的に引かれるトリガー。腹部の中心に吸い込まれた弾丸は、いかなる反応を生じさせない。
輪郭しか見えない相手へ、安全牌として中心を狙った弾丸。間違いなく直撃弾を受けたそれは、煙からこちらにゆっくりと進んでくる。
既に――腹に穴は開いていた。
赤さびた金属の全身、フジツボと汚い茶色の海藻に覆われた、人型の何かが突如として現れた。弾丸は、腹に空いた空洞を通過しただけ。傷になるはずもない。
空薬莢をはじき出し、人形と化したオークが頭部を狙う。
もう一度射撃。弾丸は寸分の狂いもなく脳天を貫いた。そう、確かに貫いた。より正確に表現するなら……銃弾は『頭部を透過して』そのまま裏の木に命中した。
実体のない相手は顔を上げ、凄まじい怒り灯した、青白い炎のような目を射手に向ける。
馬鹿な、見えるはずがない。この距離から、肉眼で捉えることなど不可能だ。操作者が合理的に否定を続ける中で……怨嗟の声が脳裏に届いた。
『ヨクモ、ニゲタナ』
音声は観測できない。直接魂を鷲掴みにする言葉に、生体端末が異常な発汗を始める。狂った機械のように、操作者のオークが弾丸を放ち続けた。




