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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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前回のあらすじ


焚き木で兎肉を焼き始めた。なお晴嵐は内臓を生で喰って、シエラはちょっと引いた。

 肉へ適当に火を入れながら、晴嵐は今後を考える。

 幸いなことに女の信用を、多少は得られたようだ。全く未開の地に投げ出された以上、彼女は重要なパイプとなる。

 されど。

 されど、大平 晴嵐は彼女の事を全く信じていなかった。

 いや……そもそも彼は、人間は信用に値しないと断じていた。

 弱っているフリで、善意で手を差し伸べようとした人間から、身ぐるみすべて剥ぎとって寒空に追放したり

 助け合いの精神で物々交換していた二つの組織が、弱り目を見せた瞬間、足元を見て徹底的に搾取したり

 そして、立場が逆転した時……倍以上に返して自滅し合う姿が、晴嵐の知っている人間だった。

 だから……彼には自分の生まれた国と世界について、この女に正しく話すことはない。自分がモノを知らないと明かせば、他の連中から間違いなくカモにされる。騙しやすい獲物にしか見えないことは、晴嵐自身よく理解していた。

 こんな時、酒があれば便利なのだが。多少変なことを訊ねたところで、酔っぱらっていたとか、覚えていない……と、とぼけることが出来ただろう。食事でも口を軽くできるが、理性が残っていては追及される危険がある。彼は肉の焼き加減に注視しつつ、脳内で慎重に選択肢を絞り、切り出した。

 

「今更だが、わしの言葉は聞き取れるか? この辺りの訛りはわからん」

「うん? アクセントに少し癖はあるが……問題ない。十分通じる古来語だと思う」

「……そうか。焼けたぞ」


 焼けた兎肉を女兵士に手渡し、手にした事実を整理する。

 ――何故、言葉が通じるのか。彼はずっと気になっていた。

 こちらは明らかに、常識が通じない異界だと確信している。異形の生物に、古臭い皮鎧、そして実用品でありながら、着火装置としても扱えるナイフなど、差異がある事は間違いない。にもかかわらず、会話が成立することは気味が悪かった。


(さて、どう捉えるべきかの……)


『日本語』しか使っていない晴嵐は、『古来語』を知らないし話した覚えもない。肉に喰らいつきながら頭を巡らせ、脳裏に浮かぶのは二つの説だ。

 一つ、古来語=日本語である可能性。その場合、こちらの住人は『日本語』という名称を知らないだろう。いや、もう一つの説で考えても日本語を知らない可能性は高い。

 二つ目は、摩訶不思議な何かで、自動的に翻訳されている可能性。若返り、目玉と腕の再生を考えると、こちらの方がありそうだが……一体誰が、何の目的で自分を優遇するのだろうか?

 腐った人間だと自覚のある晴嵐には、よりにもよって自分を延命させる意味が分からない。あの終末世界から拾い上げるならば……人間性を維持しようと努め、文明復興を夢見て死んでいった輩の方が価値がある。

 何故、自分だった? これほど手厚い加護を与えて、何をさせたがっている? もし、これだけの特典を与えた輩が目の前に現れたら……自分は一体、どんな要求をされてしまうのか。用心深く生きてきた晴嵐は、裏を読まずにはいられない。


「……考え事か?」


 深みに嵌った彼を現実に戻したのは、たまたま助けた女兵士だ。億劫だがある程度は付き合わねば。「ああ」と、気の抜けた彼の返しに、律義に女は頷いている。


「今後の身の振り方をの。随分前から当てもなく彷徨っとる」


 ……適当な思いつきなのに、嘘になってない言い訳が可笑しかった。終末世界で生きるために手を汚し……けれども希望を一縷も見いだせないまま、老いていった晴嵐。

 一体自分は、生きる意味も価値も見いだせないまま、なのに何故必死になって生きていたのだろう。泥沼に沈んだ彼を、再び彼女の声が引き戻した。


「……若いのに、苦労しているな」

「老いも若いもないわい。誰とて不意に理不尽に、のたうち回ることはあろうて。現にお前さんは、ゴブリンの不意打ちで死にかけたじゃろ」

「そうだな……運が良かった」

「恩に着せるつもりで、言うたのではないぞ。平凡に特別に惨めに、どんな風に生きようとも、どこかで必ず歪みは出る。じゃがな、人生そんなものだと知ってれば耐えられる。慣れ過ぎるとわしのような、廃れた人間になるが」

「そんな人生は味気ない」

「それも含めて、全部慣れたと言っとるんじゃよ」


 ぎろりと凄絶な眼差しを受け、女はそれ以上何も言えなくなった。

 鼻を鳴らし、視線を逸らした晴嵐は口が軽いと反省する。喋らせるつもりが、自分が喋らされている。いや勝手に吐き出しているだけだが、その内余計な事まで出してしまいそうで怖い。まともな人間と会話するのが久々だからだろうか? 人と話す歓びなんぞ、当の昔に風化したはずなのに……

 弱っているな、と晴嵐は自己を分析する。新しく、異常な環境に弱っているのだろう。この女がお人よしなおかげで助かっているが、もし悪党だったらどうなっていることやら。

 苛立ちのまま肉に喰らいつく。何も味付けのしていない焼肉でも、その味わいが口いっぱいに広がった。


「……美味い」

「ああ……塩も胡椒もないのにな。舌が喜んでいるよ」


 そうだ。

 深く考え過ぎる必要はない。今自分は生きている。こうして生命を喰らいながら、悩み苦しみながらも、鼓動を刻み続けてきた心臓がある。後で誰かに利子を求められたなら、その時に考えればいい。

 今は、死ぬはずだった自分の続きをするだけだ。地を這い泥を啜り、ただ己を生かすために考え、歩き続けるだけだ。それ以外必要なことがあるのか?

 もう一度、肉にかぶりつく。胃袋に栄養源が落ちていくほどに、肉体に気力が満ちる。

 俗物的、短絡的だと、笑いたければ笑うがいい。未知なる刹那の連続に、時には備え、時にはやり過ごすのが終末世界の生き方だ。迷いを振り払った彼は、食事を終えてから女兵士に問う。


「縄を持っていないか? 獣道に罠を仕掛けてくる。運が良ければ朝飯も確保できるじゃろう」

「すまない手持ちが……ゴブリンの死体にないか?」

「そういえば漁ってなかったの」


 火の傍でゴブリンは放置されていた。原始的な腰巻をまさぐると、油瓶がいくつかと投擲用ナイフ数本を採取できた。しかし縄は見つからない。


「ハズレじゃ。使えるのはこれぐらいか?」

「むぅ……仕方ない。食料も持ってないか」

「みたいじゃの……朝飯抜きも覚悟せんとな」


 表情を曇らせる女兵士。対して彼は事実と向き合い、次の行動を起こした。


「早めに寝ておけ。起きててもロクなことを考えられんじゃろう。わしは周囲を調べてからにする。……ついでに作っておくか。ポーションの空き瓶を使うが、構わないかの?」

「どうするんだ?」

「呼び鈴の代わりにする」


 空き瓶を太めの枝に置くと、彼はガラクタの中からタコ糸を取り出す。入念に瓶へとくくりつけ、そこから伸ばして周囲の木々を歩き回った。すると周辺に、獣が足を取られる高さにピンと糸が張られていく。時折調子を確かめながら、彼は細い糸を張り巡らせていった。

 終末では、主に空き缶でやっていた簡易警報装置だ。誰かや何かが糸を引っ掛けると、繋がっているモノが落ちて大きな音が鳴る。勿論晴嵐は危険を察知すれば飛び起きれるが、用心するに越したことはない。

 女兵士に説明すると、感心したのかしきりに頷いていた。


「こんな手法が……戦場なら見張りの兵の負担も減らせるか?」

「人間相手だと微妙じゃよ。気が付かれたら避けられるわい」

「それもそうか」


 張られた不自然な糸を見れば、人間なら罠の類と悟られてしまう。かといって足元スレスレに張れば、またいで進まれ意味がなくなる。迂闊な人間なら引っかかるかもしれないが……夜討ちを仕掛ける輩がマヌケなことは稀だ。


「もう寝ておれ。後はわしがやっておく」

「何から何まで、すまないな」


 木を背にして座り込み、女は目を閉じる。晴嵐も警報を作り終え、念のためいくつか下準備をしてから、女と対面の木で眠りについた……

用語解説


古来語


シエラがずっと話している言語。何故か晴嵐の日本語まで、勝手に古来語扱いされている。

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