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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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悪魔の遺産

前回のあらすじ

 人食い熊の被害者を捜索すると、程なくして腐りかけのオークの死骸を発見した。旗持がゲロってその場を離れ、残りの四人でたむろする中――破裂音が響く。


 異質な気配をいち早く察したのは、晴嵐その人である。

 ゲロって距離を取る旗持、亡骸にうずくまるオークのヤスケ。死体処理の方針を話し合う兵士二人……各々が気を取られる中で、彼だけが手持ち沙汰だったのも大きい。

 なれど、晴嵐も決定的な瞬間までは、奇妙な気配をうっすら感じた程度。彼が確信を持ったのは……オークの体を舐めるように、赤い光点が表面を滑った。それを目の当たりにしてからだ。

 連想するのは『レーザーポインター』。銃器で狙いをつける際の補助器具だ。ありえないと男が絶句する眼前で、ポインターが禿げ頭をピタリと捉え――

 突然屈むオーク、同時に爆ぜる銃声。

 何事かと混乱する兵士、呆然とするヤスケ。目に見えない高速の飛翔体が、ソニックブームの音を耳に残す。晴嵐は反射的に、発砲音の方向へ手製の煙幕を張った。

 広がる小麦粉がレーザー遮り、瞬時に敵の方向を大まかに把握する。突っ立ったままのオークを木の陰に引っ張ってから、大音声で張り上げた。


「音の方角から攻撃が来る! 木を盾にせい! 絶対に頭と足は出すな!!」


 おっかなびっくり兵士たちも動き、全員の無事を確認する晴嵐。じっとりと脇を汗で濡らしながら、思わず彼は呟いた。


「どうして……この世界に来てまで、ライフルに狙われんといかんのじゃ……!」


 レーザーサイトに、聞いた者を竦ませる火薬の炸裂音、気配を精確に探れない距離からの遠隔攻撃……間違いない。これはスナイパーライフルの銃撃だ!

 頭がどうにかなりそうだ。なんでこの世界に狙撃銃がある? いや、狙撃銃があるなら、他の銃器も存在するのか? 混乱する最中、恐怖に駆られたオークが呆然と言う。


「ら、らい? 何言ってるんですダンナ! これは『悪魔の遺産』でさぁ!」

「『悪魔の遺産』!?」

「『異界の悪魔』共が使った武器ありやす! 千年前、世界を滅茶苦茶にした奴らの、迷惑な置き土産!」


 千年前の歴史……テティから習った出来事と、現状が重なり晴嵐は心から震えた。

 これは銃だ。間違いなく銃器による射撃だ。終末で何度か実射の場面にも遭遇しているし、他に可能性は考えられない。こちらでは銃器を『悪魔の遺産』と呼ぶのか?

 何故それが千年前に存在している? スナイパーライフルも、レーザーサイトも、比較的新しい装備のはずだ。地球の千年前にさえ……影も形もないその武器が、何故?


「ダ、ダンナ……大丈夫ですかい?」

「っ……何とか。今、頭で整理しておる。体を出すなよ」


 オークのヤスケに呼び戻され、思考を現実的に切り替える。

 歴史について考えるのは、後で良い。この場面を切り抜けなければ、いくら考察を伸ばそうと無意味だ。


「多分、敵の武器は連続で攻撃は出来ない。方向は……確か禁域とか言うてた方面よな。一番の狙いはお主かもしれん」

「え!?」

「理由は知らん。じゃが最初の一撃は誰でも狙えた。わしなら一番殺したい奴を最初に狙う。……狙いやすい奴から、一人ひとり殺す気かもしれんが」

「って言う割に、ダンナは冷静過ぎですぜ!?」


 オークには脂汗が見えていないのか? 死に対する忌避感は晴嵐にもある。

 ただ……彼は慣れているだけなのだ。自分の首元で、死神が嗤っているような状況に。

 恐怖に煽られても、晴嵐の理性は死なない。死を遠ざけたいのなら、思考を止めてはいけない。感情のまま走り回っても……悪意ある死神は逃がしてはくれない。経験から彼は良く知っている。

 だから晴嵐は冷徹に、限界まで現状を見つめ続ける。そうやって終末を生き延びてきたのだから。


「冷徹にならねば殺される。生き延びたければ、考えることをやめるな」


 終末生存者の表情に、息を飲むヤスケ。目を閉じ、数度呼吸を整えると、恐怖に歪んだオークの顔は引き締まった。

 悪くない面構えだ。嗅覚の件といい、このオークは状況に流されるだけではない。最初の問いは晴嵐の期待する種類の物だ。


「ダンナ、煙幕はいくつ手元に?」

「……二発。一個渡しておくぞ」


 晴嵐はいつも、三つ煙幕を携帯している。一個はカバーに使い、もう一つをオークに渡しておく。この男なら適切に使えるだろう。


「しかし……心もと無いですぜ、これじゃあ」

「んなモン分かっておる。これからの方針は……射手の気が緩んだ時を図って、木を上手く使って射程から離れる。しばらくは根競べじゃ。それまで動くなよ。絶対に――」


 ヤスケに注意を促す最中に、絶望と恐怖に飲まれた兵士が逃げ出した。オークが止めようとしたが、晴嵐は腕を掴んで引き留めた。


「的が増えるだけじゃ! 止まっとれ!」

「で、でも!」

「わしは警告した。後は自己責任よの」

「ダンナ……くそっ」


 逃げ出す二人は、魔法の鎧を発動させまっすぐ走る。レーザーポインターが鎧に灯り、見てられないとヤスケが煙幕を投げつける。再び照準が乱れたが、構わず銃声が森に鳴り響いた。


「な!?」

「クソ、当てずっぽうで……!」


 ヤスケと共に木に隠れ、逃げる兵士たちを見守る事しかできない。固唾を呑む二人の眼前で、一人が木の根に足を取られる。地面で呻く男を置いて、もう一人は振り向きもせず駆け抜けていく……


「ま、待ってくれ! 置いてくなよヨセフカ!!」


 叫ぶ仲間を見捨てて逃げる兵士。銃声は定期的に鳴り響き、走り去る同僚を睨むことしかできない。舌打ちする晴嵐、一方の置いてけぼりの兵士は倒れたまま、頭を抱えて震えている。慌てて木に隠れたまま叫んだ。


「早く隠れろ馬鹿者! 煙幕が晴れたらお終いじゃぞ!?」

「ば、ば、馬鹿言うな! 動いたら死ぬ! 万が一当たったら……!」

「このままじゃどっちにしろ詰みですぜ!?」

「嫌だ……し、死にたくない! 死にたくねぇ!!」


 ならば何故、頭を抱え震えているのか。男は恐怖に飲まれ、理性的な判断を失っている。思考が働くならば、身を隠すことが優先と分かるだろう。

 けれど一歩も動けない。銃声と弾丸のプレッシャーに負け、ガタガタと奥歯を鳴らして縮んでしまう。安全圏まで引きずろうにも、晴嵐たちからは遠すぎて、声をかける事しかできない。

 届くはずが、ない。

 絶望に飲まれた人間に、理性的な言葉は通じない。逃げ出したのもパニックが原因だ。最初から説得は不可能だった。

 やがて白い煙幕は消え、赤い光が兵士の額に据わる。

 一発の銃声が響き、魔法の鎧を貫いて……兵士の顔がはじけ飛んだ。

用語解説


悪魔の遺産

 この世界『ユニゾティア』の住人にとっては、千年前の『異界の悪魔』が作った、迷惑な置き土産と認識している武器。

 しかし晴嵐には『銃器』としか考えられない特性を保持している。

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