表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/742

五感に響く死

前回のあらすじ


 人食い熊討伐に出かける晴嵐たち。複数のチームが捜索に当たり、発見したのは晴嵐のチームから遠方の隊だった。もう一つの仕事、『被害者の遺体の捜索』のため、晴嵐のチームは森の中を進む。

「見つけた」と囁き、眼前の猟師が手を上げる。

 村の兵士たちが顔を見合わせ、懲罰奴隷に身を落とした「ヤスケ・ミゾグチ」も硬直した。 

 懲罰奴隷とは――窃盗や傷害といった犯罪行為、または、戦闘行為で捕縛し、身代金や罰則金が払えない相手へ対して、賠償や償いをさせるための制度である。

 専用に管理、登録された紫色の首輪『戒めの枷』は、懲罰奴隷となった者に装着される管理機具だ。この魔法の首輪は、所在の探知による逃亡阻止や、罪を重ねることを防止する機能を持つ。

 刑罰としての活動期間が決まると、本人の大まかな適性を調べたのちに、人手を希望する者の下で働く。懲罰奴隷は派遣された職場で働き、期限が過ぎれば首輪を外して解放される……と言う社会システムだ。

 この村の兵舎で働くヤスケは、オーク部族の一員だった。

 賠償金は支払えず、どこか遠くで活動すると想像していたが……自分と戦ったボルトレイピア使い、兵士長のシエラが「根性がある」と拾い上げ、この村で働いている。初めての大きな仕事が、仲間の死体探しになってしまうとは……想像できなかった。

 ヤスケが現実に意識を戻すと、早足の狩人に慌ててついていく。狩人の感覚を信じがたく、懲罰奴隷は試しに鼻で空気を吸う。

 ……むさ苦しい野郎の体臭に、軽くむせた。

 森の匂いも確かに感じたが、死体の臭いはちっともわからない。不安になって、猟師殿に聞いてみた。


「あっしには全然わかりやせん。木とか土とか、あと男の汗の臭いぐらいしか……」


 失笑の後、兵士たちに半眼で見つめられてしまう。猟師も低く笑ってから、疑問に答えた。


「なかなか素直よな。それにお主、正しい事を口にしておる」

「へ、へぇ?」

「臭いは中々厄介なものでな。誤魔化すことは出来ても、消すのは難しい。人の嗅覚が鋭いか鈍いかは……臭いを嗅ぎ分ける能力が、高いか低いかなんじゃよ。お主、少し訓練してみてはどうだ?」

「はー……なるほど」


 社交辞令にしては、妙にしっかりした解説である。兵士三人も、適当に合わせた。


「それは獣側にも言える事か?」

「当然。故に狩りをする時は、絶対に風下に向かって……あー……追い風の方角に向かって獲物を追ってはいかん。人間の臭いを嗅ぎ分けられて、永遠と距離を取られてしまう」

「香水や、消臭を行ってもダメか?」

「薬品ではまず誤魔化せない。魔法系は詳しくないから知らん。使わずに安定する方法があるんじゃし、素直に風向きに気をつければ良い」


 自信に満ちた言動で、禁域方面に足をのばす。彼だけを手掛かりに進むと、鼻から通る不快感が、全員にも届いた。

 所在が明らかになったが、同時に腐敗臭とはっきり分かる。先導する彼も頭を掻いて、改めて全員に注意を促した。


「こりゃ完全に傷んでおるな。本当に気をつけろよ」

「……腹はきめていやす」

「お主はあまり心配しておらん」


 兵士たちが気分を害したのか、猟師への目線が険しくなる。彼はそれを無視して、ひたすら前へ前へと森の奥地へと歩いた。

 広がる視界、少しだけ開けた場所に、調和を乱すモノがある。

 死体があった。

 いや、死体だったものがあった。

 大地に横たわるソレは、顔の肉が崩れている。

 半端に残った肉から蛆虫が湧き、不快な羽虫の飛ぶ音がうるさい。

 悪臭は強烈で、鼻が曲がるなんて表現がぬるく感じる。使命感が無ければ、今すぐにでも逃げ出してしまいたいぐらいだ。


「うぁ……こ、これ……」

「見えんとこでやれよ」


 連絡役の旗持が、来た道を戻って木の裏に消える。言わんこっちゃないと悪態をつく猟師、ヤスケも凄まじい嫌悪感に押されながらも、その遺体に手を伸ばす。

 ぶよぶよの肉塊、濁った血さえも腐って、大地に腐臭の染みを広げる。

 これが、こんなものが、元は自分の仲間だと言うのか。動かない顔、穴の開いた眼窩、表情を作る筋肉にハリは無く、顔での判断は不可能かに思えた。

 口だった箇所に並ぶ歯だけは、腐敗が遅く残っている。歯並びに残る特徴から、ヤスケは死者の名を呼んだ。


「ボイテグ……お前さんかい? 運がねぇなあ……」


 右側の伸びた犬歯が折れている。上も下も半端な所で折れている。

 いつだかは忘れたが、群れの長の酔った勢いで殴られ、その際失った犬歯だ。

 間違いないだろう。投げナイフ使いのボイテグだ。暴力沙汰の一件以降、長への不信感を募らせていて、臆病さも性格に加わった。

 逃走中に信用を切って逃げたのか、それとも錯乱したのかはわからない。ただ、いずれの結果にしても……ボイテグがここで死んだのは、ヤスケの腑に落ちる事だった。

 仲間の死を嘆くオークに……この場に残った兵士は、低いトーンで言う。


「これでは……村に持ち帰れないな。ここで埋葬するしかない。ヤスケ……形見が欲しいなら大目に見よう」

「ありがとう……ごぜぇやす……」


 ボロボロの全身。衣服にも死臭が染み込み、形見と言っても何を貰えばよいのやら。悲しみに暮れるヤスケは、懐に光る金属を見つける。

 ボイテク愛用の投げナイフが、いくつか無事のまま内ポケットに残っている。手に取ろうと膝を落とし屈んた……その直後だ。


 ダァーンッ!


 森に響く唐突な破裂音。ヤスケのすぐ上を何かが通過し、後ろの木の一部が砕ける。

 竦む身体。情報処理の追いつかない頭。音の方向をヤスケが向くと、赤い光が森の奥から照射され……

 次の瞬間、白い煙幕がヤスケの眼前に広がった。

 ヤスケに伸びていた光の線が、煙の中で乱反射する。一人だけ冷静だった男が、ヤスケの手を引いて木の裏に導いた。

 兵士たちに向けて、彼は叫ぶ。


「音の方角から攻撃が来る! 木を盾にせい! 絶対に頭と足は出すな!!」


『悪魔の遺産』の音に怯まずに、指示を飛ばすのは猟師の男。煙幕も彼の物なのか? 未だに頭がパニックで、ヤスケは上手く呼吸ができない。

 恐怖と混乱に悩まされる中、猟師は脂汗を滲ませこう呟いた。


「どうして……この世界に来てまで、ライフルに狙われんといかんのじゃ……!」

用語解説


懲罰奴隷

 犯罪を犯した人物に対する制度。魔法を使った懲役制度である。

 罪状や犯罪履歴によって、使われる時間や期限は異なる。


戒めの枷

 懲罰奴隷に装着される紫色の枷。身分証明と、魔法を用いた管理のための道具。


ヤスケ・ミゾグチ

 かつて対決した、オーク集団に所属していたオークの一人。捕縛され、ほとんどの者は懲罰奴隷として、別地域に移送予定だったが……シエラ兵士長に見込まれ、彼女によってこの村に留まった。

 妙に軽い口調だが……仲間の死を悼み、兵士とも会話を交わし、晴嵐の言葉を実践したりと、今の立場に大きな不満はない模様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ああ、ポーランドの兵隊クマですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ