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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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暗雲

前回のあらすじ


全員に『新型』の情報が行き渡って数日。敵勢力下の海域を航行し、補給の船を狙うスカーレッド私掠船団。雑談しつつ退屈な時間を過ごしていると、進路に突如暗雲が立ち込めていた。

 晴嵐はあまりサボる事をしない。自分に与えられた役目や仕事には忠実な方だ。だから代り映えのしない海原の景色でも、眠気が来ようと目を凝らす。だからすぐ疑問が浮かんだ。


「わしは海に詳しくないが……あんな急に雷雲が育つのか? さっきまで綺麗な青空じゃったと思うが」


 レオやマルダと話している間は、多少注意力が落ちていた。その僅かな時間で……暗い灰色の厚い雲が広がっている。分かりやすい嵐や雷雲を予感させるが、予兆無くいきなり出現するのはおかしい。隣のマルダも同じものを見ると、顔色はすぐ険しくなった。


「ストーム迷彩か……?」

「迷彩?」

立体旗ホロフラグ技術の応用だ。あの嵐は見せかけで、中に艦船を隠す手法がある。さっきまで天候に異常は無かったんだな?」

「ほとんど雲のない晴天だったはずじゃ。他の船員にも聞いてみればいい」

「そこまで分かっている人間が、つまらない嘘は吐かない。警戒を続けてくれ。動きがあればすぐ報告を」

「承知した」


 あの暗雲は自然発生したのではなく、魔法を使った偽物の可能性があるとのこと。海上に隠れる場所など無い……なんてのは、地球基準での考え方のようだ。

 あれが偽装ならば、中に艦船を隠しているに違いない。いつ仕掛けて来る? と、険しい顔で晴嵐が睨んでいると、船全体に厳格な声が張りつめた。


『3時方向! 突然の天候悪化を確認したわ! 敵船の待ち伏せよ! 総員戦闘態勢!』


 彼女の声が発した直後に、警告音が船内全体に行き渡る。船全体に緊張が走る中、他の船員たちの一部から動揺の声が聞こえて来た。


「どういう事だよ⁉ オレ達は仕掛ける側だったんじゃ!? なんで向こうが待ち伏せなんて!」

「ナワバリを我が物顔で出入りされたら腹立つだろ!」

「でもなんだってオレらの船に⁉」

「そりゃアレだ。運が無かったってヤツだ!」

「チキショウめ‼」


 複数の私掠船団による共同作戦。襲ってくる海賊団を迎撃する担当と、後方の輸送部隊を狙う担当に別れて作戦を展開していた。だが圧をかけられる側にとっては、どちらも等しく目障りだ。ならば、敵地深くに入り込んだ相手に対し、罠を張って痛い目を見せてやる……と意気込んだのかもしれない。けれど歴戦のレオにとっては想定内か? 全体に通達する声に緊張はあっても、焦りは無かった。


『進路反転! 下部の魔導式スクリューも起動! 速やかにルーフェ海賊団の支配域から脱出! マルダ! 近場の私掠船団は⁉』

『クラウンレイジ私掠船団が最寄りです。ですが距離が……! 今連絡を入れましたが、合流まで一時間近くかかるとの事です! 警戒網を広げ過ぎましたか……?』

『今更言ってもしょうがないわ! 振り切るわよ!』


 既に『人為的な嵐の迷彩』と決めて、レオは素早く指示を出している。早計に過ぎるかもしれないが、戦闘では一手の遅れが致命的。何も無ければ『取り越し苦労だった』と笑えばいいだけ。晴嵐が天候の悪い箇所を睨んでいると、程なくして衝撃音と共に、小さな黒い塊が晴嵐の視界に映り、反射的に叫んだ。


「砲撃! 嵐の内からじゃ‼」

「あぁクソ! 船長‼」


 幸い、砲撃は遥か手前に落ちた。射程圏外か、それとも向こうが見誤ったか? とりあえず初手はなんとかなった……と思いきや、続けざまに複数砲弾の飛来が見えた。

 旧式の砲は、こんな連射はできない。マスケット銃を基準にしている世界観なら、大砲も一発ずつの装填の筈。複数積んでいるにしたって、初弾でまとめて発射した方が命中しやすいはずだ。となると、考えられる可能性は――


「敵が複数おるぞ! 一隻じゃない!」

「で、ですよねーッ‼」


 嵐を模した迷彩で隠れているのだ。一隻二隻だけを隠すなんてみみっちい事はしない。砲撃の激しさから見るに、下手をしたら十隻以上の敵船がいるかもしれない。集団で囲んで叩く構えの敵に、甲板に集った面々が荒い声を出した。


「オイオイオイ⁉ オレらそんな悪い事した⁉」

「だからさっきも言ったろ! この付近をうろつく艦船なら、何でもよかったんだッ‼ 誰でもいいからって待ち伏せてた所に、うっかりオレらが踏み込んじまったんだよ‼」

「つ、ついてねぇッ‼」


 動機は通り魔、戦術は待ち伏せ、そこに踏み込んでしまったのがスカーレッド私掠船団。不幸中の幸いは、早めに進路変更を決めた事。もしも呑気に進んでいたら……敵から距離をとれないまま、しばらくのろのろと舵を切っていただろう。的になるのは避けられたが、決して良い展開とは言えない。側面から降り注ぐ砲弾は海に落ちているが、徐々に水柱が迫ってきている……!


「もっと速度出せんのか!?」

「最初から全力を出してるよ!」

「どうすればいい⁉」

「出来る事なんて少ねぇよ! そもそもアンタ技師枠だろ⁉」


 水しぶきが頬に触れる。至近距離の着弾に目を閉じ、舌打ちする晴嵐。何か自分に出来る事はないのか……と考える中で、さらに悪い知らせが続いた。


『9時方向からも敵増援!』

「ちぃっ!」


 向こうも相互に連絡し、こちらを包囲する構えだ。大急ぎで脱出しなければ、袋叩きにされてしまう!


『後方の敵は無視しろ。側面の敵船に向けて砲撃用意!』


 副官の指示を受け、甲板に集った面々の一部が側面に動き出す。

 何かできる事はないかと、晴嵐もそちらに合流した。

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