自滅
前回のあらすじ
崩壊していく世界の中で、晴嵐の世界の人間はグループを作り、対立を深めていた。『覇権主義者』『文明復興組』『狂信者』の三つと、『吸血鬼』の四竦みで覇権争いを始めたという。覇権主義者が脱落した後の争いについて、晴嵐は暗い顔で、終わりを語り続ける。
「抗争に勝利したのは、文明復興組の方じゃった。被害もかなり被っておったがな。吸血鬼の掃討を兼ねながらの、苛烈な二方面作戦を成功させたのが大きい……あれは本当によく凌いだと思うわい」
完全に当事者の口ぶりに、テティはクスリと笑みをこぼした。セイランはもう隠さずに、当時の行動を振り返る。
「わしはあくまで中立じゃが……吸血鬼の定期的な駆除や、出現情報を流す仕事も請け負っていた。その時は対価を頂いて、文明復興組が計画した、大規模な吸血鬼掃討作戦に参加していた」
「二方面作戦の片方ね……」
「わし個人の資源も出し惜しみなしで、トラップや障壁も全部仕込んだ。あれは見ものじゃったぞ? 地獄の悪鬼共が、自分たち人間の肉へ喰らいつこうと……凄まじい数で飛び込んでくる。わしら人間も必死こいて、血みどろの戦争に身を投じた」
想像して、この世界の少女は顔を青ざめた。
元人間の化け物集団VSセイラン含む文明復興組の人々。凄惨な戦いを繰り広げたのだろうが……饒舌な彼に影は見られない。
「相手は三百はおった。こっちは五十いたかどうか……あれで被害が二割だったのは奇跡よな。あの瞬間だけはわしも、希望があると錯覚したからの……」
ちょっとした武勇伝を語る顔に、感傷と陶酔と、悲哀が溢れた。
そうだ……この後彼が手を貸した組織は、全滅したと言っていた。想定できる状況は一つある。
「本体の方が……狂信者を打ち倒し損ねた?」
「いいや。そちらも上手く行った。かなり疲弊こそしたが……文明復興組は、狂信者グループを解体した」
「解体? 殲滅じゃなくて?」
返って来たのは黒い声。痛烈な敵意と後悔を孕んだ、老人の嘆きだ。
「あぁ。わしも副官も『一掃すべきだ』と本音では思っておった。だが奥川……いや、リーダー格の男は『下っ端は洗脳されていただけで、彼らに罪はない』言うて、残党の一部は組織内に受け入れたんじゃよ……」
「……本当に理想家ね」
少女は綺麗事と感じた。が、その側面は否めない。
晴嵐の環境は世界のバランスが崩れた事で、多くの人が精神的不安やストレスに晒された。狂信的な宗教家につけ込まれやすい下地は、確かにあったのだと思う。
ただ……それで丸く収まるかと言えば、話は別だ。
全面戦闘と表現した事、犠牲者が出たことを鑑みれば……『文明復興組』の人間は、はいそうですかと、元狂信者グループを受け入れはしない。『罪がない』とは思えないのだ。よっぽどのお人よしか、理想家でもない限り……
テティには、その後の展開が読めてしまった。
「……内部分裂が起きたのね」
「近いが違う。……リーダー格の暗殺事件が起きた」
「あぁもう……最悪じゃない! せめてワンクッション置きなさいよ!」
内ゲバは読めたが、暴力的な手段に訴えるのが早すぎる。少女が上を向て顔を覆うと、終末から来た男は、懇切丁寧に世界の空気を教えた。
「あの世界……人を襲う化け物がうろつく環境下におると、みんなストレスで神経質になってくる。どうしても攻撃的になりやすい上、暴力が如何に分かりやすい解決方法か、嫌でも自覚しておるんじゃよ」
「邪魔な奴は殺してしまえ……か」
かくいうセイランも良く言えば慎重、悪く言えば神経質な所が見受けられる。セイランの世界で暮らしていた人は、大なり小なりこの傾向を持っていたようだ。
今まで聞く話でもイメージ出来る。ストレスにさらされ、荒れた世界と精神なら……短絡的なやり方に慣れてしまう。周りの敵を倒しても、心を変えることは出来なかった……
「そうだ。笑えてくるのは……中心グループ以外が大よそ賛同し、抹殺を黙認していた事よな。ま、無理もない。敵の殲滅は終え、これから復興だとリーダーは息巻いていたが……道のりはまだまだ遠く、具体性を欠いていた。
加えて敵勢力に押し付けやり過ごしていた不満が、今度は内部の代表者たちに矛先を変えてしもうた。トドメの悪材料は……元狂信者どもじゃ。基本指示待ち人間が多いせいで、足を引っ張られる事が多発したらしい。苛立ちと対立で歪んでいく組織。希望は多少の癒しになったが、ストレスを軽減してくれんかった」
終末の淀みを引き受けた溜息が、長々とセイランの身体から吐き出される。聞くだけで憂鬱になる話につられ、テティも同じ顔で首を振った。
「と、大まかな流れを宇谷 遊坂……副官だった男に聞いた。コイツも暗殺対象じゃったが、なんとか逃げおおせたらしい。
後の流れは、もう簡単よな。トップの変わり目でゴタつく組織は、吸血鬼の応対に手間取るようになった。理想家とはいえ実務経験のある人間に、新しいポッと出のトップが追いつくはずもない。勝手に殺して、勝手に後悔して、組織の空中分解が見えた所で……この副官が古巣にケジメをつけて、それで終い。人類の希望はそこで潰えた。わしが六十五か六の出来事じゃな。そっからは……年を数えるのをやめた」
滅びに至る話は、重くテティの胸にのしかかった。もう一度水の飲み干し、老人は素行悪く恰好を崩す。これが彼が辿った道……世界が滅びるまでの歴史の話か。
日頃彼が持つ後ろ暗い空気も、物騒に研ぎ澄まされた気配や、荒事への慣れも……壊れていく世界へ適合した結果か。
その最中で、彼は知ってしまった。
行為の代償として、首を絞めると分かっていても……それでも争うことをやめられない。分かりあえない人々を、人類の業を目の当たりにして生き延びてきた……それが彼だ。
紫の瞳が憐憫を宿し、慰めようにも適切な言葉を見つけれない。
取り返しのつかない破滅を抱え、異世界に来た彼は、今何を思うのだろう?
用語解説
『奥川』
文明復興組のリーダー。晴嵐曰く『甘ちゃんで理想屋』しかしグループを纏める能力は持っていた。人間の三つの勢力の中で、一番存続したことを考えれば、決して無能な人間ではない。
しかし狂信者グループを制圧した後、無事な人員を『洗脳されていただけ』と受け入れてしまった事が悲劇の始まり。今まで外側に向けていた不満が内側に向くようになり、いつ死ぬかもわからないストレス環境が人を攻撃的に変え、はるか遠い目標に人がついてこなくなってしまう。結果、リーダー一派の暗殺事件の引き金になった。その際死亡。
『宇谷 遊坂』
文明復興組の副官。晴嵐曰く『優秀な猟犬』と呼んでいた。事実、暗殺事件で抹殺対象であったが、彼ひとりだけは逃げ延び、中立の晴嵐の位置まで離脱している。
その後、即座には復讐に走らず、遠巻きに行く末を監視していたが……あまりにもなってない引き継ぎ組を見て、古巣にケジメをつけた。
これによって、全てのグループは全滅。夢も希望もすべて潰えた、終末末期へと至ったのである……




