模型鑑賞会
前回のあらすじ
英気を養い、メンバーを入れ替えたスカーレッド私掠船団は……改めて『新型の悪魔の遺産』を追う任に就く。標的の情報などを共有する中――『新型』との交戦の可能性も示唆された。対峙した際の注意点を、希望者は実体験をした者から指南を受けれるらしい。思い違いがあっては怖いと、晴嵐の念のため出席することにした。
スカーレッド私掠船団は出港し、目標海域に向けて海原を進んでいた。
たった一日……いや、半日ほど陸に戻っただけなのに、慣れたはずの磯の匂いが濃く感じる。まだまだ晴嵐は海に慣れていないのだろう。前の世界からほぼほぼ陸で生きて来た彼には、まだ磯の匂いが馴染んでいないのだ。
そんな彼と比較して、この場に来た他の四名は慣れた様子だ。甲板上で堂々と立ち並ぶ偉丈夫の姿は、むさ苦しさも含めて様になっている。だがほんの少しだけ……晴嵐に近い後ろ暗い気配も感じなくもない。裏稼業に慣れた歴戦の者達な事は、肌で察しがついた。
気さくに晴嵐へ話しかけたりする者もいないが……あるいは彼らも『匂い』を感じ取ったのかもしれない。距離を保ったままの沈黙は、船長の到来によって破られた。
「うし! よく来たわねマジメ共!」
潮風の吹く甲板の上で、獅子型獣人のレオが声を上げる。傍らに控えるのはサイズの小さいロボット……いや『ゴーレム』の人物だ。何故が右手だけが綺麗に見える。そこだけ部品を交換して新調したのだろう。
「今回の一件、アンタ達が招集された通り……危険な案件なのは間違いないわ。多分、身構えていても死者が出る」
『新型』の危険度を改めて伝えるレオ。だが、交代で入って来た面々は……ただ話すだけでは納得していなかった。
「レオ。ここは普段からそういう仕事では?」
「だな。悪魔の遺産で撃ちあう以上……毎回無傷とはいかない」
「ウチのマルダがやるように、奇襲の狙撃で一撃……ってのも珍しくない。船長。そこん所はどうなのですか?」
晴嵐が体験した業務は――『嫌われながらも、海の不法行為を取り締まったり注意勧告する』程度だが、最初の遭遇時のように『敵対海賊との戦闘』も含まれているのだろう。時に死者の出る仕事なのは、容易に想像がつく。『自分たちは危険に慣れている』と自負があるのだ。
ともすれば慢心に繋がるが……こうして『真面目に』話を聞きに来ている時点で、ここにいる面子は違うだろう。現にレオは怒ったりせずに、彼らの意見を受け止めていた。
「そうね。死のリスクなんて今更の話ね。でも……危険度まるで違うのよ。いくつか模型を用意したから交えて説明するわ。ミッチー!」
「こちらデス!」
ゴーレムが背中側から――独特な形状の物品を取り出した。晴嵐は見覚えがあるので『一目で』理解したが、他の面々は反応が少し遅れている。が、流石に『覚悟のある者』を呼びつけて入れ替えただけあり、察するのは早かった。
「こいつが『新型』ですか?」
「の模型ね。完品はまだ入手できてないの。アタシらが目にした実物と……辛うじて確保できた部品の一部を元に作った物。要はハリボテね」
レオが模型を手に取り見せつける。人目で『よくできている』と晴嵐は思った。
後ろ側のストックと、銃の前側、そしてマガジン部はちゃんと木目色の加工がされているし……引き金やグリップもしっかりと再現されている。特徴的な形状の銃身部、弾丸を射出する銃口部の上には照準器がニョキッと立ち、先端部のやや後方から鉄筒が斜め上に枝分かれ。もう一本の管となって並行して銃本体と接続している。
知っている奴なら――一目で『最も世界で普及してしまった銃器』と分かるだろう。銃器にさほど詳しくない晴嵐でさえ、その武器の名称と形状は知っていた。
が、しかし『マスケット銃』『フリントロック銃』で発展が止まっている世界の住人には、この武装はこう見えたらしい。
「『悪魔の遺産』に間違い無さそうだが……」
「なんで管が二つ? 筒の中を二つ弾が通って二連射できる……とかか?」
「合流部分を痛めるだろそれ。暴発しそうで使えたもんじゃないだろ」
「引き金の後ろの奴は……握りやすくするためか。でも引き金の前側についているアレなんだ?」
ユニゾティアの住人には、まだ弾倉の概念がない。だから、その意味や構造が分からないのだ。元の世界では『バナナ型』と呼称されていたが……私掠船の面々はこう表現した。
「ああいう形状に切り分けた菓子があったような……なんだっけ?」
「え、オレ知らないかも。どんなヤツ?」
「元々は丸っこいっつーか、ドーナッツ状っつーか……」
「……バウムクーヘン?」
「「「それだ!」」」
危うく晴嵐は噴き出しそうになった。だが言われてみれば……茶色の色味と形状からして、そういう風に見えなくもない。笑いそうになる内側を押さえつつ、彼らの話に晴嵐も合わせた。
「だとしたら……切った奴ヘタクソ過ぎるな」
「はっはっは! 確かに! バウムクーヘンの四分の一にしちゃあチョイ大きいし」
「かといって三分の一より小さいよな」
「失敗がバレて、後で絶対モメる奴だ」
「ますます分からん。なんでこんな半端な部品を?」
和気あいあいと、勝手に喋る者達。未知のモノに想像を膨らませるのは、なんだかんだで楽しいものだが……次の瞬間、刺すような殺気が船長の側から発せられて――
「「「「――っ‼」」」」
全員が鋭く反応した。
晴嵐は身を低くしながら転がり、もう一名も伏せつつ銃を抜いた。
別の一名は横に飛び退き、二名は『水の壁』を出現させて身を守った。
染みついた対『悪魔の遺産』の動き……熟練の私掠船の面子と晴嵐は、よく訓練された動きをしている。模型と説明されていても、殺意に対する対応力は確か。しかしレオは、水壁を展開した二人を差して叱責を飛ばした。
「はい、そこの二人……多少威力が減衰しているだろうけど、実戦だったら『被弾』してるからね? 他の三人も運悪いと死んでるわよ? 全員まとめて、ね」
晴嵐目線では『伏せた奴は恐らく生き残って反撃できただろう』と思うが、レオの意図を察して口にしない。新武器に対する注意喚起なのだから、多少大袈裟に脅すぐらいが良いだろう。何より他の面々は、それをレオの極端な誇張と気づかない。情報に差があるのだ。
彼女はそれを埋めようとしている。ならば邪魔をすべきではない。晴嵐も見落としがあるかもしれない。しばらくは彼らに混じり、レオの言葉を聞くとしよう。




