今生の覚悟
前回のあらすじ
強気に強気で返した所、レオはたった一枚の存在に臆することなく全投入で勝負を仕掛けて来た。ひぃひぃ言いながら、残った全員が勝負に乗る。
結果は……そう都合よく52分の1など握っている訳もなく。ブラフと圧の賭け合いをしただけであった。それでもレオは、楽しかったと締めくくる。
「やー楽しんだ楽しんだ! みんな! ありがとね!」
賭博場の一角を使った身内大会を、主催者のレオが締めくくった。
船員たちも、そうでない生粋の勝負師たちも、彼女の頭を下げれば軽い拍手が起きる。ここを取り仕切る運営側の者たちも、暖かい目線を送っていた。
「うっし! じゃあスカーレッド私掠船団! 引き上げるわよ!」
今宵を遊びつくした、レオ含む船団の者たちが引いていく。晴嵐もそれに続くが、一部の者の顔色が、深い寂寥を宿している事に気が付いた。
「どうしたドグル? 随分寂しそうじゃないか」
同室のドワーフもその一人だ。侘しさを漂わせているというか、後ろ髪を引かれる奴の気配を出している。少し話した時も「あまり遊ばない」と自身で発言していたのに、だ。楽しんだ奴が祭りの終わりを惜しむのは分かるが、観客寄りのドグルまで『そう』なのは違和感がある。晴嵐の言葉を、彼は哀愁たっぷりに肯定した。
「……うん。これが、みんなと今生の別れかもしれない。から」
「何?」
「あれ? セイラン、聞いてない?」
死を予感させる単語に、晴嵐は訝しんだ。軽々しく口にする単語ではないし、それを隠されているのは良い気がしない。促すまでも無く、ドグルは船員たちに迫られたある決断を話した。
「これから……『悪魔の遺産の新型』の案件に入るって。本当に危険だから……戦闘が苦手な人と希望しない人は、船を一旦降りる。代わりに……腕のいい人や、覚悟のある人が乗る」
「船員の入れ替えか……」
何か隠し事をされているのか? と邪推した晴嵐だけど、内容を聞いて納得した。これなら彼に告げなかったのは頷ける。何故なら晴嵐に、降りる選択はあり得ないからだ。
レオ・スカーレッド率いる『スカーレッド私掠船団』は……現在ある事変の応対に追われている。どうやら海賊たちの間で『新型の銃器』が流通しているらしく、それの出所を突き止めたいのと事。現在晴嵐はその協力者、技術者として同じ船に乗っている。初対面の時――不幸な事故とはいえレオ達と敵対したのに、奇妙で複雑な経緯を経て、ここにいる。
彼女たちと一戦交えた際、晴嵐は海中に落下してしまい……人魚族に救助された。そこで私掠船と海賊との違いを知り、不可抗力とはいえ戦闘してしまったのはマズいと判断される。ほとぼりを冷ますために、人魚族のホームステイに偽装し過ごしていた晴嵐だが……水中用の亜種を所持した奴に襲われてしまう。対処した晴嵐は『専門家』と検分に立ち会う事になり……そこでレオ達と『運命の再会』をしてしまった。
ただ、この再会は不幸とも言い切れない面もあった。晴嵐は『悪魔の遺産』の件を『地球人関連の何かがある』と考えており……接触出来れば、何らかの真実を得られるだろうと感じている。おまけに一般的に『悪魔の遺産』は忌避され、簡単に探りを入れられる話ではない。
加えてレオ側から見ても……晴嵐は荒事をこなせ、加えて検分の際に『新型』に対しても知見を見せている。様々な面から見ても、レオ達と晴嵐の利害は一致していた。
「まぁ、わしは『その一件を追うために』船に乗ったからのぅ……降りる話を振られないのも自然じゃろう」
「そっか。じゃあセイランとも、お別れ」
「お主は降りるのか」
「うん。ぼく、すっとろい、から」
「口調だけだろう。それは」
「うぅん。荒事も得意な方じゃ、ない。足引っ張るの、目に見えたから……」
「……そうか」
感情が見えにくいドワーフの彼だが、今回ばかりは口惜しさが見える。自分の実力不足を痛感しているように見えたが……至らぬ己を自覚している者を、晴嵐は嫌いになれなかった。
「自分の不出来のせいで、他人が死ぬのを見るしかないのは辛いぞ。余計なプライドは不幸の元になる。この世に最悪なタイプの人種がおってな。自分の無能や悪癖を自覚していない奴がいる。他人に災厄をばらまく癖して、厄災の根源は被害者面。そういうクソより遥かに良いよ」
それは晴嵐の過去。老い果てたジジイとなった彼の経験に基づいていた。
かつての地球で文明を復興させようとしていた者達がいた。だが彼らは……助けたはずの無能共によって内側から崩されてしまった。晴嵐は中立を保っていたがために、破滅は免れたものの……その後の人生も決して心穏やかでは無い。
未だに晴嵐は引きずっているのだろう。今をユニゾティアに馴染めないのも、過去の悲しみを振り切れずにいるからか。
過去に意識を向けた晴嵐だが、呆然と見つめるドグルと目が合いハッとする。喋り過ぎたと慌てて口を噤んだ。
「すまん、嫌味に聞こえたか?」
「うぅん。何か……感じた。晴嵐の、感情」
「………………」
あまり打ち明ける物ではないし、見せびらかす物でもない。誰かに理解されないと知りながら……つい、自分の後悔を誰かにして欲しくないと願ってしまう。
いったいぜんたい、晴嵐は何様なのだろうか。何も出来なかった地球での人生を、偉そうに誰かに伝える気か? 引き締めようとしたいのに、ドグルは彼の何かをくみ取ったらしい。晴嵐が何かをかき消す前に、離脱する彼は言い残す。
「――祈っておくね。みんなの無事を。船長も、ヒルアントも、マルダも……もちろん、セイランの無事も」
「…………うむ」
こんな事を言われて、否定的に返せるわけもなく。内側にある物を押さえて彼を見送る。
どうやら――遊びはこれで終わりらしい。賭け事に興じる前、晴嵐に銃器を支給した理由も分かった。いよいよ新型の『悪魔の遺産』への対策が、本格的に始まろうとしている。
引き締めるように息を吐いて、晴嵐は船へと戻っていった。




