あの日の決着の代わりを
前回のあらすじ
盤面に五枚の準最強役が出現し、もう勝負も駆け引きも無いかと思いきや……レオは大量のチップを積んで揺さぶって来た。たった1枚だけ、この盤面より強く出れる札が存在している。彼女の手札は伏せられたまま、レオが持っているかどうか? の読み合いが始まる。たった52の1のリスクでも、実際に賭けに興じる者にとっては重く圧としてのしかかる。
やっとの思いでヒルアントが同額を積んだ所、晴嵐は即座に上乗せを宣言した。
まさかの強気に出た晴嵐に対し、手番の来たレオは笑っていた。獰猛な、それこそ獅子のような笑みだったが……楽しんでいるのは間違いない。傍らで卒倒しそうなヒルアントとは、全く対照的な反応と言える。駆け引きするプレイヤーの傍で、観客側もざわめきは大きかった。
「おいおいおい! どういう事だよ⁉ アイツ、明らかに気を抜いた感じで様子見してたじゃねぇか! 急に今になって……どうしてここで上乗が飛んでくるんだよ⁉『ハートの7』を握ってる奴の動きじゃ……」
「まさか……レオ船長、立ち回りを読まれた……?」
「詳しく!」
「船長、強気にグイグイ行く人。だから逆に弱気や、気を抜いたような素振りで『船長が踏み込んで来るのを誘った』のかも……?」
「いやいやいや! そんなのレオの感情次第で……不確定要素じゃねぇか!」
「……ギャンブル自体、不確定だらけ。それにレオ船長の強気は、有名。分は悪くない賭けだと思う」
「た、確かに……獅子心臓のあだ名まであるしな……」
レオ・スカーレッドの強気は……界隈で二つ名を得るほど有名だ。ならばそれを逆用し、罠を張る事も可能。まだ互いの手札は見えていないが、だからこそ加速する思惑と策謀もある。晴嵐の放った一手は、大いにレオを楽しませていた。
「面白い事してくれるじゃない、セイラン……」
レオ側としても、不意を突かれた形だろうか? それとも『ハートの7』を握った上で、晴嵐の蛮勇を称賛しているのだろうか? 伏せられた二枚の手札が見えない中で、既に降りた幹部格、オークのマルダも感心している。近づいてきた観客のドグルと、今の戦局について話し合っていた。
「船長……セイランに誘導されたの?」
「わからない、かな。彼の行動は……ハートの7を握っていてもいなくても、あり得る行動です」
「どういうこと?」
ちらりとマルダが船長、勝負中のレオに目を配らせる。状況を解説してもよいか? の問いかけに、堂々と臆せず頷いていた。同じように、進行役のディーラーにも暗黙の了解を得て、オークの男が理知的に解説する。
「まず彼が『ハートの7』を握っているなら……レオ船長の強気を知った上で、わざと馬鹿馬鹿しいと気の抜けた発言をして誘った……と捉えられます。しかしセイランのあの態度が『ポーカーの場数が少ないが為のうっかり』の可能性もあるのです。皆が飲まれているようですが、ブラフの線も残っていますよ」
「……だったら普通、勝負を降りるか同額で勝負を成立させる。違う?」
「無難に終わらせるなら、それも選択の一つでしたね。ですが彼も……船長と『勝負』したくなったのかもしれません。あるいは、勝負の熱に当てられたか……ほら、彼と船長の初対面の駆け引きも、中途半端で幕引きになったでしょう?」
マルダが茶化すように指で銃の形を作り、自分の頭を二回つつく。スカーレッド私掠船団しか知らない『レオと晴嵐の初対面』が想起されていた。
あの時も『奇跡的な大事故』によって……晴嵐は客船から海賊船に弾き飛ばされ、さらに海賊を取り締まる『スカーレッド私掠船団』と交戦する事に。その後晴嵐はレオの頭部にリボルバーを突きつけて人質に取ったり、マルダが狙撃を試みたりと色々あったが……結論を言えば『誰にとっても消化不良な決着』に終わっている。
あの時の駆け引きの続きか、それとも代わりか……少なくても、レオは何らかの形で『決着』を望んだ事は間違いない。だから晴嵐をこの場に誘い……そして彼も『乗った』ようにも見える。
「それがこの『即レイズ』? 深読み、じゃなくて?」
「かもしれませんね。ただ……純粋なポーカー勝負として見ても、この即レイズは悩ましい。これがセイランのブラフだとしても、迷わずに賭けた事で『最初の様子見はうっかりに見せた演技かもしれない』と疑念を植え付けられる。彼の手札に『ハートの7』があっても無くても成立する、良い一手です」
「ますます、悩ましい。どっちでもあり得るなら……正しい判断を、しないと」
「えぇ。お嬢がヒルアントに迫った二択を、今度はセイランがお嬢に押し付けた形になります」
『ハートの7』を握っているかどうか……乗るか反るかの判断を迫る択。晴嵐が仕掛けた勝負の場面に……獅子の獣人はチロリと舌で唇を舐めた。
「これよ……こういうのがあるからやめられないのよ」
恍惚を含んだ声は、誰が聞いても賭け事に酔いしれている。荒く二回呼吸してから、おもむろに彼女は自分の全てに手を伸ばした。
「もうここで……終わってしまっても……いい!」
「ひ、姫ぇ! 流石にそれは暴挙が過ぎ――」
「全投入よッ‼」
「ぶぅーっ⁉」
強気には強気を。晴嵐の圧に引くどころか――レオは手持ちをすべて場にぶちまけて来た。ヒルアントは目を回し、晴嵐も低く笑うしかない。
たった一枚、52の1を巡る攻防が加熱し、レオは完全にブレーキをブッ壊して来た。本物を握った王者の風格か、それともスリルに狂った女の暴走かは……勝負に乗ってカードを開かせねばならない。その舞台に立つ方法は一つ。こちらも全投入以外の選択肢が無くなった。
「さぁ……どうする?」
またしても突きつけられた盤面……もう小細工は無い。彼女と勝負するかしないか。出来るのはその選択のみ――




