スリル溢れる場所へ
前回のあらすじ
晴嵐はレオとの初遭遇時の事を思い出す。彼女から奪ったリボルバーが発射出来なかったが、あれは『セーフティー』の影響とレオに問う。回答は得られなかったが、晴嵐を一般人と判断したのはこの時のようだ。イかれたリスクを好むレオは、もう一度ひりつく勝負がしたくないかと晴嵐を誘う。
「どこに連れていくのかと思いきや……はぁ」
何度目かのため息に、レオが少し拗ねて頬を膨らませる。ずっと不機嫌な晴嵐に対し、ノリが悪いと言いたげだ。……だったらその強引さ、少しは控えて欲しい。心から男はそう思った。
秘密の工房から足を運び、港町を進んで十分ほどの位置。派手に輝く明かりと巨大施設は――こちらもまた、晴嵐は創作物の中でしか見たことのない。何せ日本では違法だったし、オンラインでやっている奴らもバシバシ取り締まられていたから。
「よりにもよってカジノか……ロシアンルーレットはせんからな?」
「それもスリルあって楽しいけど……公共の場で出来る訳ないでしょ?」
「まるで『やった事ある』ような言い方じゃな……」
「ふふふ……ナイショ」
意味深な言い方だが確信する。この女、間違いなくロシアンルーレットの経験者だ。全く困った奴である。半ば無理やり連れられる形で、晴嵐も賭博場に足を踏み入れた。
――港町と同じく、大規模な賭けの場も、世界を跨いだ所で雰囲気は変わらないらしい。やたらと大きな音量、煌びやかな照明、外でひもじい顔して俯く敗北者に、上品なスーツを着込んだディーラーが場を取り仕切っていた。
……古い日本を土台とした『東国列島』とは思えない光景である。船乗りが利用するのもあって、洋風文化に合わせたのだろうか? 周囲に視線をやる晴嵐と同じように、レオもまた目線を泳がせていた。
「まだちょっと早かったかしら……」
「早い?」
「あと一、二時間ぐらいしたら……アタシらスカーレット私掠船の面子で『テキサス・ポールデム』の身内大会開く予定なの」
「貸し切りで全員参加か?」
「希望者だけだし、店側にそういうルールも無いから、飛び入りも歓迎してるわね。だからセイラン、降りてもいいわよ?」
煽るような表情と言葉だ。どうせ逃がす気などないクセに……内心思いながらも、実は晴嵐にとってこれは窮地だったりする。
「逃げる気はないが……ルールをよく知らん」
「うっそ⁈ そんな事ある⁉」
「ポーカーはなんとなく分かる。じゃが『テキサスポールデム』の方は分からん。初めて聞いたわい」
「なら、数回は見に回ってから……レートの低い台で遊ぶといいわ。知識だけでも、経験だけでも上手くいかないゲームだもの」
「そんなのに初心者を突っ込むなよ……」
「ビギナーズラックってあるでしょ? それにアンタならすぐ適応するわ。これは賭けてもいい。だから――ちょっと待ってなさい」
すっかり顔なじみなのか、気さくな様子でカウンターに向かうレオ。彼女が懐から金を出し、代わりに……これまた創作物の中で見たような丸いメダル、いや『チップ』が渡された。そのまま晴嵐を手招きして、彼女が山の半分を分けようとする。
「はい。アンタの分ね」
「おいおい……店員の前じゃろ」
「おかしなレートで分けあったり、譲渡するのはダメだけど、文句の言われない範囲でなら大丈夫よ。ね?」
ちらりと流し目だが、ホールスタッフは苦笑気味だ。本当は良くないのだろうが、レオの一団は上客なのだろう。船団丸ごと利用してくれるなら、カジノ側としても軽視できない客か。
……レオなりに晴嵐に気を使ったと見える。ほぼ拒否権無しにカジノに連れられ、自分の金を投じろと命じられては、誰だって反感を抱くに決まっている。だから最初の分は奢ろうとする……そういうのは嫌いじゃないが、晴嵐はやんわり断った。
「気持ちはありがたいが、ちゃんと自分の財布から出させてもらう」
「え? やっぱり降りたくなったの?」
「違う。心理的なツケになりそうだからやめておくって話じゃよ。タダより高いモノは無いと言うだろう?」
「アンタそういうの気にするの? 細かい人ねぇ……」
「無意識に影響するかもしれん。加えて一、二時間後には船団巻き込んで勝負するんじゃろ? そしたらお主ともやり合う場面が出てくる」
「そのつもりで誘ったもの」
「だったら分かるじゃろ? 対戦相手に借りを作った状態で挑みたくない」
素人の晴嵐だが……ポーカーにおいて、心理の綱引きが行われるのは間違いない。ならば勝負の前段階で作った『借り』は、後々の勝負に悪影響をもたらしかねない……晴嵐はそう判断した。
レオとしては、せっかくの親切を蹴られた形になる。だが彼女は機嫌を悪くする様子はなく……じっと晴嵐の内面を観察するような目つきをしていた。細めた瞳孔の真意を見抜こうと、晴嵐もまた彼女と目を合わせる。……読み切れなかったが、レオなりに納得はしたようだ。
「ふぅん。ま、それも考え方ね。あ、それと一応言っておくけど――」
「貸し借りを作る気で申し出たことではない、じゃろ? 海上ならともかく、誘ったゲームの場でみみっちい事はせんよ。お主は」
「よく分かってるじゃない! ま、こっ酷く負けたら、一回ぐらいは補填してあげるわよ。それが嫌なら、実力でどうにかする事ね」
「酷な事を言う」
事前に支給された給金も、少なくはない。豪遊は無理でも、慎重に立ち回ればしばらく遊べる額はある。彼もチップを交換してから、これから身を投じる賭けの舞台の観察に入った。




