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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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交換屋

前回のあらすじ


テティの家に上がって話すのは、世界が崩壊するまでの大まかな道筋。大量破壊兵器を向けあった、薄氷一枚の抑止論が、粉々に砕け散った事が原因と語る。顔色を悪くする晴嵐だが、それでも彼は、話をやめない。

「わしは壊れていく世界の中で、比較的早く行動していた……と思う」


 降り出した雨音にかき消されぬよう、ボリュームを上げて晴嵐はそう言った。

 当時大学生だった……という語りを胸の内に引っ込め、この世界の人間に伝わるように言葉を加工する。


「わしは当時、親元から離れ……学び舎近くの寮に、一人暮らししておった。全ての始まりの日。終わりの始まりの日から……道具の作り方などの情報を、片っ端から紙媒体にして手元に置いていた。必要になるであろう道具を買い漁り、その後に備えていた」


 話を聞いた紫の両目が据わる。胡散臭い、と無言で語る少女。正直これに関しては、晴嵐も同じ意見を持つ。当時の背格好で、中身だけ老いた彼は皮肉を浮かべた。


「あぁ、分かっている。胡散臭いと思うじゃろ? わし自身、本当に妙な行動と思う。

 あの頃はまだ混乱期じゃった。外国と連絡は取れないが、政府はまだ情報を隠しておった。『真実』を語る輩がいても、誰もまだ信じなかった。確証の取れる情報ソースがないし、流言やデマも大量に流れておったからの」

「ならどうして? いつも通り暮らせばよかったじゃない」

「あの日……終わりの始まりの日、妙な夢を見た」


 更に呆れられるのを承知で、晴嵐を変えたきっかけを話す。身構えた彼と裏腹に、むしろテティは真剣な目つきに変化している。


「……これは胡散臭くないのか?」

「お告げの夢は、こっちではそこそこ信憑性がある話よ。記憶に残るようなら尚更ね……内容は?」

「亡霊めいた何かが、じっとこちらを見下ろしている夢じゃった」


 アレの正体は、未だによくわからない。本当に亡霊だったのか、それとも別の何かだったのか……けれど強烈な印象のソレは、たった一度見た夢の存在は、網膜の裏に焼き付いて、その言動が離れなかった。


「見た目は一応人型。獣のような唸り声……歯ぎしりかもしれんが、ともかく妙な音を発する。全身が金属質で、赤茶びた錆びに覆われておる。体はフジツボ……貝がびっしりと張り付いていて、数か所剥がれてむき出しの裸体は……金属なのにケロイド状に爛れていた。長い髪に見えたのは海藻で……腹にはぽっかり穴が空いていた。そいつが……凄まじい形相で、わしらを見下ろしていた」

「…………怨霊? 亡霊? あなた怨まれる事した?」

「崩壊後ならいくらでもあるが……この時点では覚えがない。それに……あれは……」


 確かにアレの目は怨めし気で、怒りも間違いなく孕んでいた。けれど一番、あの奇妙な何かが訴えていたのは――


「アレは泣いていた。アレは嘆いていた。アレが伝えてくるのは、悲しみだった。何も変えられなかった。至るべくして至ってしまった……現実への哀しみを、訴えていたように思える。

 ぎょっとして面食らったが、不思議と……ソレの容姿を恐ろしいとは思わなかった。恐怖を感じるとすればソレが……じっと無言で、悲哀に満ちた眼で、わしらを責めている事だった。

 目覚める直前、そいつははっきりこう言った」


「『「忘レナイデッテ言ッタノニ」』」

「……!?」


 晴嵐の背後を少女が凝視する。虚空に視線をやるテティに、語る彼の片方の眉が上がった。慌てて取り繕い「続けて?」と促す声は、何故か怯えているように思える。

 亡霊でも見たのだろうか。浮かんだ馬鹿馬鹿しい妄想を追い出し、晴嵐は気を取り直した。


「妙に印象に残る夢でな……それから取り憑かれたかのように、その後にわしは備えた。

 道具を揃え、手法を情報源を元に学習し、実践して覚えた。元々物作りは得意じゃったからな。技術の会得は楽じゃったよ。

 政府崩壊の混乱が起こる前に、一人閉じこもる準備を終え……パニックの最中は静かにしておった。ああいう時は、静かに息を潜めるに限る。備蓄も十分じゃったからな。

 ある程度混乱が収まってから、わしは外に出た。政府がアテにならんくとも……人は群れを作る生き物じゃからな。マトモそうな集団を見つけて、接触した」

「で、そこに所属した訳?」

「わしがそんな柄に見えるか?」


 異世界の少女は、唇を歪めて首を振った。同じような顔で、晴嵐は鼻を鳴らす。


「いくつかの集団に接触して……わしは『トレーダー』として取引を始めた」

「なにそれ? 仕事?」

「そうとも言えるかもな。いらない廃品やボロの道具と、わしの持つ物資や資源と交換する。レートはわしが決めていたが、少しだけ儲けが出る程度に決めていた」

「……お金のやりとりで良くない?」

「言いたいことは良くわかる。わしも世界が壊れるまで勘違いしておった」


 晴嵐は、こちらの世界の通貨を取り出して、適当に指で弄び始めた。ガラクタやおもちゃのように金を扱い、彼なりに悟った「金」の哲学を語る。


「金ってのは潤滑油なんじゃよ。物々交換で物資を回すとなると、色々と不便なことが多い。お互いに提示した物質に納得できればいいが、かなり稀なことよな。かといって不均衡な取引を行おうとすれば、不和や争いは絶えなくなってしまう。

 だから金が生まれた。直接物と物を交換するのではなく、金と言うクッションを挟むことで円滑な物流を行う。だがそれは……金の価値を保証する力があってこそ、機能する。社会的制裁や保証があってこそな」


 謎かけめいた言葉に……驚くべき速さで、テティは解答を導き出した。


「価値を与え、保証する社会が無ければ、お金はただのガラクタ……?」

「……つくづく感じておったが、お主賢いの」

「それはどうも」


 思いついた証明方法を、晴嵐は彼女に示して見せる。この世界の金をしまい、私物入れから一グラムのアルミニウム硬貨を取り出した。

 初めて見た少女に、これが何かを教えてやる。


「これが……わしの世界で使われていた貨幣の一つじゃ」

「! 手に取っても?」

「いいぞ」


 日本硬貨の一円玉を、じっくりと見つめるテティ。模様が擦れた傷だらけのソレを、少女はまじまじと眺めている。指で撫でて、光に当てて、滅びた世界の硬貨を堪能した。

 ひとしきり弄んだあと、若干顔を赤らめつつ……晴嵐に一円玉を返却する。


「これが、あなたが異世界人の証拠……早めに処分したら?」

「よく出来たおもちゃと、勘違いされるのがオチじゃよ。何故なら――この世界ではコイツは無価値じゃ。これを金だと保証する文化がないからな」

「あ……」


 テティは言葉を失った。

 壊れているか、別の文化圏の違いはあれど「価値が保証されていなければ、金は金として機能しない」。異世界に日本硬貨を出した所で「おもちゃの硬貨」と勘違いされるのがオチだ。テティに話が通じるのは、お互いの背景を知っているから……それだけの事に過ぎない。

 数度その場で首を縦に振って、感心した様子で少女が瞳を輝かせた。


「ふぅん……じゃ『トレーダー』って、お金の代わりに物を回す役割をしていたのね」

「……そんな大仰なことではない。手間賃と称してピンハネしとるだけじゃよ」


 晴嵐は、目を逸らす。

 ……結局そんな努力は、無駄でしかなかったから。


「政府組織の復興を願う者。新しく覇権を狙う者、自分たちの領域を国から切り取り、独立を企てる者……わしは人間が如何に勝手か、散々思い知ったわ。

 ま、その善悪を考えず、ブツを流していたわしも他人の事は言えんが……そんな人間どもを罰するように、奴らは突如現れた」

「奴ら?」


 歯が震える。拳を握る。分断された世界の中に、突如としてばら撒かれた厄災の怪物ども。外で鳴り響く雷鳴に構わず、終末世界を修復不能にした最悪の存在。『吸血鬼サッカー』について、晴嵐は話を移した。

用語解説


謎の亡霊

 晴嵐がいち早く行動を起こした動機にして、現時点でも謎の存在。人型でありながら金属の肌を持ち、全身はフジツボ(岩に張り付く貝類)と、赤茶びた錆びに覆われた何か。腹部には空洞が空き、さらに一部露出した金属肌はケロイド状に爛れている。

 終末世界の始まりの日、大量破壊兵器を打ちあった日の夢に見たそうだが……


交換屋トレーダー

 政府崩壊後の日本、金の価値が崩壊した世界で現れた『物を回す人々』。使える物資や、時には使えない物資も引き取って、各所と物々交換を行う。

 主人公も単独で、各種勢力を渡り歩く交換屋として、単独でやりくりしていた。


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