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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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滅んだ世界の物語

前回のあらすじ


 まだまだ続く常識講座。今回のテーマは『ライフストーン』と『ポート』について。遠隔で『メール』を送りあう機能は、余りにも崩壊前の技術と重なって見えた。混乱する晴嵐は、他人に聞かれない場所で、自分の事を話したいとテティに提案した。

 一階建ての赤レンガで佇む家は、やはり中世ヨーロッパを想起する外見をしている。ただ違いがあるとすれば、同じ外見、同じ構造の集合住宅街に見える点だろう。その一角を金髪の少女は指差した。


「この曲がり角の奥が、私たちの家よ」


 歩きなれた様子で、晴嵐を先導するテティ。量産された住居は、現代の団地や集合住宅を想起させた。


(……かなりギチギチじゃの)


 いっそ窮屈と呼べる間合いに、全く同じ外見が家がずらりと立ち並ぶ光景。集合住宅めいた光景は、やはりどうにも変に似ている。

 腕を組み、渋い顔で考え込む晴嵐を置いて、紫の目の少女は、自宅に鍵を差し込んで回した。


「どうぞセイラン。ようこそわが家へ」

「……靴は脱いで上がるべきか?」

「それは寝室だけでしょ……あぁ、あなたの世界だとそれが常識?」

「いや……わしの国の常識じゃった」

「ふぅん……」


 招かれた室内は、二部屋しか存在していない。

 片方はテーブルや家具、道具を入れる物置に、台所に窯が丸ごとセットされた部屋だ。大体の『生活』は、こちらで過ごすのだろう。

 もう片方の部屋の脇には、小さな箱とスリッパらしきものが備え付けられている。なるほど寝室だけは、上靴で入る文化のようだ。


「あんまりジロジロみないでよ」

「悪いの。初めて人の家に上がったものでな」

「色々と誤解されそうなセリフ」


 彼女はテーブルを指差し、晴嵐に着席を薦めた。水差しと木製のコップを二つもって、テティは彼の対面座る。

 コポポ……と水を入れつつ、少女は晴嵐と確かめ合う。


「一応確認するわ晴嵐。あなたは私の……その、『前世』を疑ってないのよね?」

「何を今更……そうでなければ、こんな風にわしの世話を焼いたり、反応を見て楽しむことはすまい? お主もわしの中身については、大よそ納得しとるんじゃろ?」

「そうね。楽しむのもそうだし……嘘なら不自然だったり、ボロを出すんじゃないかってね。年齢はともかく……別の世界の人間な事は確信してる」


 十分だ。その前提が無ければ、これからの事は話せない。認証を終えた二人は目を合わせ、『与太話』を始める心構えが出来た。

 若干前のめりになって、テティは彼に続けざまに問う。


「さっき……あなたの国の常識って言ったわね? 他の国の文化は知ってる?」

「……崩壊前なら」

「適当でいいから、ちょっと話してみて」


 少し晴嵐は考えてしまう。外の国の状況は不明になった上、途中から興味を失った事柄である。古ぼけたアルバムをめくるように、埋もれた記憶を掘り起こした。


「そうじゃな……七日に一日、完全に「仕事」をしない地域があった。確か宗教上の理由だった気もするが……」

「え、ちょっと待って。お店とか全然空いてないわけ?」

「あぁ。じゃからその日の前日に、食材を買い足し忘れると悲惨な事になる……らしい。一部の特殊な職を除いて、確実に休みじゃから……プライベートは合わせやすい形よな」

「へぇ」

「後は確か……未婚の女性が、フードで口元を隠す地域、クソ寒い地域に住んどるからか、度数の強い酒や、煮込み料理を発展させた国……あぁあと、辛いモンや香辛料、スパイス研究して、食事から身体を整える……確か薬膳だったか。を、発展させた地域。大量の移民が移り、一人ひとりが強烈な武器を携行している国……色々あったな」


 思い出し始めると、懐かしさが込み上げてくる。その全てに対し『退廃的な』あるいは『荒涼とした』感情が付随することが、酷く悲しかった。


「顔色よくないわね。さっき出てた……崩壊のせい?」

「そうじゃ……連絡や確認は取れとらんが……多分、全滅しておる」

「……聞いても大丈夫?」


 話す覚悟は出来ていたが……彼の指は震えた。

 足が軽く痙攣し、貧乏ゆすりを始めてしまう。目を閉じ、数度呼吸を終えてから……世界が壊れていく様を、彼は語りだす。


「わしのおった世界には――遠隔への移動手段や、通信……連絡を取る技術が、かなり発展しておった。そしてそれに付随する……兵器類も」

「兵器?」

「信じられんだろうが……超遠距離から、敵を攻撃する手段があった。しかも効果的にな」

「どれぐらい? ちょっと示してみて」


『ライフストーン』ので展開した地図は、二つか三つ先の都市ぐらいの縮尺に収まっている。晴嵐は鼻で笑った。こんな距離は、ミサイルがあれば――


「余裕で端から端まで射程距離じゃよ。わしには詳しい知識がないが……それでも、四倍、いや五倍以上は届く。確か一番長い射程だと。星を半周できる飛行距離があるな」

「待ってよ……そんな距離、精確に攻撃できるわけがない」

「飛んでいくソレは、自動でターゲット……狙った地点に軌道修正して攻撃する。使う側は攻撃したい場所を指定して、ボタン押せば勝手に敵を倒してくれる」

「嘘でしょ……」


 テティは想像できないと、両手で顔を覆う。崩壊を経験した晴嵐にも、あまり最新の軍事技術には実感が持てない。崩壊前の自分も、彼女程度か……下手をしたら、それ以下の認識だった。


「そんなスゴイ技術持ってて、なんで崩壊した訳?」

「このトンデモ射程の兵器に、トンデモ威力の破壊兵器が積まれている世界じゃった。わしは実際目にしとらんから、断言しかねるが……さっき表示した範囲の真ん中に落とせば、全域まとめて、跡形もなく消し飛ばせる破壊力のある兵器が、世界中でいくつも配備されていたらしい」

「待って……待ってよ、なにそれ? とんだディストピアじゃない!」

「だが表面上平和は保ってた」

「意味不明過ぎ……」


 そうだろうな。と晴嵐は思う。

 この予兆を誰も止めなかったのも、仮初の平和を暗に黙認していた人類も、そして、災禍を招いてしまった、壊れる寸前まで無関心だった自分たちも……客観的に見ればどこもかしくも、狂っていたのだろう。

 不快感が、一斉に心臓から噴き出してくる気がする。

 腐り切ったハラワタから蛆蟲が湧き、全身をはいずり回る感触がする。悔いても意味がないと、目を背けて来た羞恥が晴嵐を塗りつぶし――


「晴嵐っ!?」


 呼び声を聞いても、悪夢は褪めない。

 死体、死体、死体、死体。

 何人も死んだ。何人も殺した。何人も見捨てた。何人も屠った。

 あまねく犠牲者たちの怨念が、言葉にならない何かを囁く。彼にはそれで十分な呪詛だ。別の世界に移動した程度で、逃げ切れるものではない――

 脂汗を流す彼の肩をゆすり、テティが何度も声をかけた。


「ちょっと。私の声聞こえてる!? ……しっかりなさい!」

「……大丈夫。大丈夫じゃ」

「全然そうは見えない」


 瞳を真っすぐ合わせ、老女の意志で彼を引き留めようとする。

 もうやめろと訴える女性に、確固たる意志で首を振った。


「こんな物に意味はない。過去は償えないし、変わらない。呪い殺されるなら……それも一興」

「…………あなたは」


 彼女の心に浮かんだ言葉を、老人は鋭い眼光で縫い止める。

 何にも慰められる事などない。

 何も取り戻せる物もない。

 もうとっくに……自分は腐り果てているのだから。


「話を続けよう。愚かな地球人の話を」


 だから出来るのは……焼き付いた絶望に蝕まれながら、起きたことを語るだけ。

 静止の無駄を悟った老女は、老人が負った世界の話を、じっと真摯に受け止め続けた。

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