海中養殖事業
前回のあらすじ
人魚族用の寝具から起きて、すぐに朝一の呼吸に入る晴嵐。ホームステイ相手のレイも起床し、今日のスケジュールを聞くと……養殖業の職業体験だという。景色の代わり映えが分かりずらい海中の中、レイを見失わないように追従し、目的地の養殖場に到着した。
ある海上に、大量のブイが浮かんでいた。
軽量かつ分厚く、撥水性のある素材の浮きから、長く頑丈なロープが海中に垂れ下がる。ところどころに節があり、括りつけられた貝が海流に揺れている。ロープに挟まった海藻が、濃い影を落としていた。
『すごい量じゃが……さっさと取り掛からんとな』
一つのブイ、一つのロープにつき、少なく見積もっても五十以上の貝が固定されている。それが大量に並んでいるのだから、とんでもない数が養殖されていた。
事前に指導を受けた晴嵐は、養殖棚の一つに配属された。職業体験も兼ねて、彼も養殖業に取り掛かる。下から上に向かって、貝の様子を手に取って確認。ライフストーンに書き込んだメモを見ながら、彼は貝の養殖産業に携わった。
一つ。生育が悪い貝は回収する。
二つ。奇形の生じた貝も回収する。
三つ。何らかの異常、病変と思しき貝も回収する。
四つ。食害を受けた貝も回収する。
要点をかいつまんで解釈すれば……陸での野菜作り・作物の間引きに類似している。
理由は想像つく。これだけ狭い空間に大量に育てれば、この近海の栄養や酸素を大量に消費しているのだろう。ならば出来の悪い個体を取り除いて、良い個体に栄養を回すのが合理的な判断。意味を理解した晴嵐は、渡された網状の回収用具に入れていった。
彼は素人なので、露骨に悪い個体だけを回収していく事にする。幸い、専門知識が無くても、はっきりと『悪い』物は判別がつくだろう。周囲の健康的な貝と比較して、渡されたマニュアル通りの不良物を取っていった。
(地球の養殖業では……ここまでは出来んかったろうな)
陸の民族……地球人が海中で作業するには、専用の装備をしなければ活動不可能。酸素ボンベやスヴェットスーツを用意して、どうしても仰々しくなる。加えて、いちいちこんな事をやっていては、どう考えたって採算が合わない。船を使って作業したとても、高い頻度でチェックするのも困難といえよう。人魚族だからこそ、細かな品質管理を可能としていた。
他にも……ブイの真下に、何らかの装置が配置されている。レイに聞いたところ、あれは貝のエサや酸素を、海中に放出する機材らしい。これも水中を生活圏とする種族だからこそ、より利便性の高い設備を用意できるのだろう。そもそも港から離れた位置に、養殖場を設営するのも難しいはずだ。人魚族の存在と影響は、ユニゾティアに置いて少なくないのかもしれない。
別の事に思考を割きながらの作業だからか、彼の仕事はやや遅い。幸い、ホームステイで来た体験者だし、厳しい指導はされなかった。丁寧丁寧に間引き続けていると……養殖場の中にチラリと影が見えた。
僅かに赤みのかかった鱗の魚……丸々太ったマダイが目に映る。他にも複数個体が我が物顔で養殖場をうろついていた。ライフストーンのメモ機能を使い、応対マニュアルに従った晴嵐は……そっと距離を取ってレイを呼んだ。
『レイ、お客さんがいた。しかも複数匹』
『!』
『大物も何体か見えた……わしは手を出さん方がいいか?』
『『お客さん』を引き留めてくれ。進路を塞ぐよう居座るだけでもいい』
『承知した』
レイの目が爛々と輝く。そこに若干の憎悪と、隠し切れない興奮が見られる。加えて……どこか楽しそうに、さも愉快そうに晴嵐の肩を二度叩く。
『しかし……ふふふ、大捕り物を見られるなんて運がいいな!』
『……モタつくようなら、わしがボーナスをかっさらうぞ?』
『おっと! ならば気合を入れるかな! ――みんな! 奴らがいたぞ!』
呼ばれて集まる養殖業の人魚たちも……レイと似たような目つきで、次々と集って睨んでいた。
魚の『鯛』と聞けば……多くの人間は食材だと思うだろう。それも事実だが、マダイは貝類もよく食べる。意外にも歯は頑丈で、殻ごろバリバリ噛み砕いて食べてしまうのだ。
そのため――貝の養殖においては食害してくる相手だ。農業で例えるなら害虫・害獣の類である。そりゃあ、発見次第殺気立つだろう。加えてもう一つ、彼らには目を光らせる理由があった。
『かなりデカいぞ。大物だ』
『クソが! どれだけやられた?』
『代償は……その身体で支払ってもらうとするかぁ!』
『私達の臨時収入になれ!』
天然物のマダイは、市場で悪くない値段がつく。奴らは害獣だが、同時に赤く光る黄金でもある。養殖場を隔離しないのは……コストをかけて防護するより、貝に釣られた魚も漁獲する狙いか。事実現場の士気は上がっている。
『『『『『うおおおぉぉおぉおおっ!』』』』』
ギンギンに目を輝かせて、養殖場の人員がマダイたちに泳ぎ進む。獰猛なシャチの如く水を突っ切り、貝をついばむコソ泥共を襲撃した。
食事中の個体は反応が遅れ、何匹かが人魚族に捕獲される。しかし、丸々太った大型個体は……今まで生き延びてきたからだろう。すんでの所で回避されてしまった。
危険を感じた野生動物は早い。猛スピードで養殖場を抜けようとする。まだ両手の空いている人魚たちが、ギラつく眼差しで追いかけていた。
『逃がすか馬鹿!』
『ありゃ高値がつくぞ!』
『喰われた貝の恨み……ッ‼』
害虫・害獣に対する殺意と、泳ぐ札束への欲望が入り混じった人魚たちがマダイを追う。……やや部外者の晴嵐としては、人魚族がサメの群れに見えてならない。ほんのちょびっとだけ魚に同情しつつも、実利があるなら晴嵐も逃がさない。逃げ惑う赤い魚の進路で圧をかけると、マダイがギョッ! とたじろいだ。
『もらったァ‼』
その減速が命取り。追いついたレイが両手で魚を抱え込む。暴れて逃げようとするところを、エラに指を入れて意識を刈り取った。
『獲ったどォ‼』
『『『おぉぉおお!』』』
海中に響く歓声。他の人魚族たちも、養殖場を荒らす魚を捕獲していた。捕まらなかった魚たちも、慌てて逃げ出していた。
(愉快な職場だな……)
遊んでいるようにも見えるが、害獣駆除も立派な仕事だろう。久々に属した集団の空気を、晴嵐は嫌っていなかった。




