第一回・常識講座
前回のあらすじ
億劫になりながらも、宿屋の部屋から出てくる晴嵐。待ち構えるハーモニーと亭主が用意したのは、今日仕留めた猪の内臓系料理だった。最初こそ不安を感じた晴嵐だが、口にしてみればあら美味い。張りつめ過ぎなくともいいと感じ、しばし時間を楽しむ。
ハーモニーと今日の事を振り返りつつ、ゆっくりと晴嵐は食器と口を動かす。
徐々に活気づく店内の中、マスターは新たな客の応対に追われる。来店客を見ると、同じ格好の人間が多い。軽く漏らすと、ハーモニーが耳打ちした。
「今日は、村の兵士たちが打ち上げするって話ですから」
「あぁ……昨日のオークとの戦いでか。朝方耳にした気がするの」
「はい。でも今思うと複雑ですよね」
頷いて、同意を示す。
彼らの行動が、森の中でオークが熊に襲われる原因を作り……結果として人食い熊が生まれた。晴嵐とハーモニーが猪に襲われる因果も、ここから生じている。
湿った空気を払拭すべく、皮肉を抑えて揶揄した。
「わしらも冷や汗をかいたが……おかげで今日の晩飯は豪華になった。それでトントンじゃろ」
「豚の先祖だけに?」
「ハハ、面白いことを言う」
「言ったのはセイランさんですよ~!」
下らなく笑って、空になった食器を端に纏める。酒場として騒がしくなる前に、二人は階上に上って退散しようとした。
階段を数歩上ったところで、慌てて亭主が彼を呼び止めた。
「セイランさん。アンタは残ってた方が良いかもしれんぜ」
「何?」
「今日昼間に、テティが顔を見に来てたぞ。大した用じゃないらしいが……これから店に来る予定だ。ここで待って、話聞いてみたらどうだい?」
彼女側も気にしていたようだ。晴嵐としても、早めに常識を学ぶ必要がある。ありがたいことだ。
公共の場ではあるが、酒盛りの中に紛れれば、聞き耳を立てる馬鹿もいないだろう。ちらとハーモニーに目くばせすると、彼を置いて「それじゃあお先に!」と二階に上がった。
元の席に戻った晴嵐は、水のコップを片手に彼女を待つ。戸の開く音のたびに、ちらちらと横顔で窺う。やがて一人の女性と目が合ったが……彼女は待ち人ではない。兵士長のシエラだ。
慌てて目を逸らすも時すでに遅し、通る声で彼を呼んだ。
「セイラン君! 昨日ぶりだな!」
「う、うむ……」
勘弁してほしい。晴嵐は心からそう思った。苦手な人間と入れ替わり立ち代わり付き合いたくない。内心頭を抱える彼に、シエラは改めて礼を述べる。
「君の情報提供もあって、無事にオークの大半は撃退できた。今日はその祝勝会だ」
「役に立てて何よりじゃよ。ところでテティは?」
「そろそろ来ると思う。戦いの詳細が知りたいなら、彼女から聞いてくれ」
「? お主でも良かろう?」
「私は幹事として準備が……それと彼女の方が、要領よく伝えてくれると思う」
話し上手の印象を受けていたが、テティは仲間内でも同じ評価らしい。遠目で幹事を務めるシエラを眺め、水を煽っていると待ち人は来た。
「いたいた。昼間どこ行ってたのよ?」
むすっとした表情で、生まれ変わりの彼女が問う。来訪者の彼は肩を竦めて見せた。
「ちぃと強引に、ハーモニーから『共に狩りに』と誘われてな」
「随分余裕あるじゃない。問題起こしてないでしょうね?」
「……若干危うかった」
「ちょっと?」
白い目で見られることを、甘んじて受け入れる。晴嵐もさんざん自虐し、反省した事柄だ。縮こまる態度を確認し、テティも棘を引っ込める。彼は懇願した。
「頼む。この世界の事を教えてくれ」
「それはいいんだけど……どこから話すべき?」
本音を言えば……知ってる範囲の事を、何もかも教えてもらいたい。がしかし、彼女にも人付き合いや都合がある。優先順位を決めて、まず最初に彼が聞いたのは――
「この世界の、異種族についてから頼めるか? 未だに……あの従業員にギョッとすることがある」
「テレジアさんの事? 確かあなたの世界って……ヒューマン以外いないんだっけ?」
「うむ……オークだのエルフだの、全然わからん。取るべき態度や作法もな」
「……ホント、よく問題起こさなかったわね」
改めて冷や汗を流す晴嵐。テティの声を神妙に聞き入れ、彼女の説明を頭に入れる。
「じゃあまず、一次種族から話すわね。まず私たち『ヒューマン』。あなたの世界の『ヒューマン』と同じかどうか分からないけど、私から見てあなたと差がないと思う。身体的には、だけど」
「わしも同感じゃ。妙な話だがな」
文化こそ違えど、多分同じ種なのだと思う。不思議に感じるが、今はここを深堀りするより、彼女の説明を聞こう。
「他の種族と比べた時……よく言われる特徴は、良くも悪くも環境に染まりやすい事ね。他種族の支配地域にも、普通に適応して生活しているわ。結果として種としての一貫性がない、個人差のブレが多いと言われるわね」
「そんなモンじゃと思うが……」
「他の種族は違うのよ。あなたの常識は通じない。簡単には頭に入らないでしょうけど」
肉体の姿勢と同じだ。長年しみついた常識は、軽々と矯正できるものじゃない。やるしかないと分かっていても、容認し受け入れるのには、時間がかかりそうだ……
おっくうそうに天を仰ぐ彼。整理を終えたのを見計らって、テティは話を再開した。
「次に『エルフ』ハーモニーの種族ね。長寿命が特徴よ。成長も遅いけど」
「どれぐらい生きる?」
「……最長で1500才行ったか行かないかぐらいって、聞いたことある。平均はもう200年短いそうよ」
「あー……それなら30代なんざガキよな」
「身体年齢は20ぐらいまで、ヒューマンと同じペースで成長する。けど、そこから急激に鈍くなるみたい。心の方はもっと成熟に時間がかかるわ。他の種族からは青年、年頃の娘扱いされるから……いろいろ苦労や問題も多い種族よ。『レイシスト』も多いし」
「レ、レイ……?」
突然の横文字に晴嵐は戸惑う。どこかで聞いたような気もするが、少なくとも終末世界では使われない言葉……だと思う。
視線を宙にやった彼女は、謝罪を挟んでから用語を解説してくれた。
「『レイシスト』と言うのは……えぇと、硬い表現をするなら『自民族至上主義』の事ね」
「……ロクな思想ではなさそうじゃな」
「他の種族から見るとそうね。この思想は『自分の種族が一番だ』『自分たちの種が一番優秀だ』と言い張り、他の種族を軽視、蔑視する思想の事よ。どの種族でも、そういう主張をする人は一定数いるのだけど……エルフが主要な国家『緑の国』は特に酷くて。
一応言っておくと……ハーモニーは例外的にかなりしっかりしてる。あの子をエルフの基準にしない方がいい」
「覚えておこう」
あれでしっかりしているのか……と一瞬呆れたが、記憶を探ってみれば、強引な所はあるものの、最低限の礼儀は弁えていた気もする。
改めて……この世界は元と異なるのだと自覚した。最初は生活のために学ぶつもりだったが、いつしか好奇心を刺激され、前のめりで彼女の話を聞いている。
「本当に、ずいぶんと勝手が違う」
「まだまだ序の口よ? オークやゴーレムの話もしていない」
眉を上げて、晴嵐はまじまじと彼女と向き合う。
異なる世界の常識に興味を抱き、彼女の語るこの世界を、晴嵐なりに楽しみ始めた。
用語解説
『ヒューマン』
種族としての人間の事。現代の人間と大きく差は無いように思える。
(備考資料)
本作は人間を『知性体』と言う意味で用います。エルフだろうが何だろうが、知性を持って意思疎通可能な相手は『人間』と表現しますので、種族名を人間と別にしました。
『エルフ』
千年以上の寿命を誇る、極めて長寿な種族。ただ、肉体に対して精神の成長が遅れがちで、問題や苦労も多いらしい。ハーモニーは、同年代のエルフと比べてもかなりマトモ……だそうだ。
『レイシスト』
またの名を『自民族至上主義』その主義者、主張者もひっくるめてこう呼ばれる。
『自分の種族が一番だ』『自分の民族が一番優秀だ』と言い張り、他民族を極度に蔑視する思想の事。特にエルフが多いが、他の種族でもいる上、別種族のレイシスト同士が激突するとロクな事にならない。
代例
エルフ「我々エルフこそ一番だ! この世界で優秀な、選ばれた民族なのだ!!」
人間「何言ってやがる! 人間が一番に決まってるだルルォ!?」
両者「あぁん!?」
とまぁこんな具合になるので、大概取っ組み合いに発展する。はたから見ると、とても醜い。




