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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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失態

前回のあらすじ


 猪を解体し、換金を終えた二人の猟師。臨時収入にホクホクする二人だが、晴嵐は「昼食」と口にしてしまう。首を傾げるハーモニー、しばし晴嵐が観察を続けると、この世界には昼食なしか、軽く済ませる文化圏な事に気がついた。常識を知らないまま出歩く軽率さを呪い、晴嵐は宿にこもる

 不安と疑心暗鬼が心を占め、晴嵐すっかりやつれてしまった。

 落ち着いて物を考えた結果、全くおぼつかない足元に怯え竦み、ノイローゼ気味に部屋を歩き回る。更に最悪な事に……これからもう一度、他人と関わらなければならない。

 晩飯時、ハーモニーとの約束がある。無視すれば心情をますます悪くするだろう。だから行くしかないのだが、嫌で嫌で仕方がない。

 また何か、地雷を踏みぬくのではないか? その恐怖がぬぐえない。せっかくの関係を台無しにしかねない何かを、自分がするのではないか――

 なにより最悪なのは……その非常識じらいがどこに埋まっているのか、わからない点だ。目隠し手探りでここまでは凌げたが、その進む道に……爆弾があると知れば足は竦む。


(なーんでテティとの会話を優先しなかったんじゃ……!)


 彼女と話せば、こちらの常識やマナーを知れたのに。最低限の安全は確保できたのに。その機会を逸するなど、信じられない程の悪手だ。

 やはり自分も人間か……安心して緊張を緩めた時、人は過ちを犯しやすい。ずっと神経を張ることは出来ないが、解く瞬間にミスすることは多々ある。


(はぁーっ……気が重い)


 ハーモニーは、自然体で誘っただけだ。身構える自分が、おかしいのだと理解している。

 明日こそ、彼女にこの世界の事を聞き出そう。今日はもう逃げられないと腹をくくるしかない。辛気臭い顔で階段を下り、酒場のカウンター越しに覗く瞳がぎょっとした。


「おい、どうした? すごい顔だぞ?」

「……昼寝したら、朝と同じ悪夢を見た」

「おぅ……そりゃついてない。何かに祟られたりしてんの?」

「今晩の夢見が悪ければ、対処を考える」


 霊障れいしょうを信じてはいないが……こちらの基準がわからないので、保留気味の返答にしておく。魔法なんてものがあるのだ。幽霊が一般的な可能性も、ありえないと言いきれない。

 よほど顔色が悪いのか、待っていた女エルフも心配そうに晴嵐を見る。むすっとした顔つきのまま、彼は隣のカウンター席に座った。


「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」

「大した事がない、と思いたいが……今晩次第じゃな」

「悪夢の原因は……重いストレス、および罪悪感が引き金とされています。心当たりは?」

「……あり過ぎて困る」


 ロボットの問いかけに素で応じた晴嵐。いきなり異世界に投げ込まれて、ストレスが上がらない訳がない。罪悪感の根源は……多すぎて考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 気を落とす彼に、火の前で亭主が励ます。


「ま、せっかくハーモニーと俺の奢りなんだ。とびっきり美味いの食わせてやるから、それで元気出せ」

「どういうことじゃ?」

「なんだ。ちゃんと話してないのか?」


 ちらとハーモニに視線をやると、ニコニコ笑って彼女は言う。


「トライセンさんは、持ち込んだ食材でごちそうを作ってくれるんです! しかも安上がりで!」

「持ち込んだて……何を? 猪は売ったじゃろ?」

「お金にならない内臓です!」


 晴嵐は急に不安になった。確かに食材として使えるが……


「大丈夫なのか? クセの強い食材じゃろ……」


 においや食感も独特な物が多い。売れない食材なら、一般に流通していないのでは? とんでもないゲテモノが出て来なければいいが……顔に出た不信を察し、金属の従業員が答える。


「最初の頃は……トライセンも失敗が多いです。ですがハーモニーが懲りずに持ち込み続けた結果、マスターの動物系内蔵調理スキルは、大幅に向上しました。今では猟師に人気の食事処と、周囲からの評価を賜っています」

「懲りずに持ち込んだて……」

「だって、捨てるのもったいないじゃないですか! ボクは簡単な味付けしか出来ないから、マスターに美味しくしてほしいなって……」


 指をモジモジさせ、えへへと笑って恥ずかしがる。温度の違うハーモニーを無視して、呆れ顔でロボットに話を振る。


「……亭主、よく付き合ったな」

「最初はしぶしぶでしたが、途中からチャレンジ精神が芽生えたのか、今では楽しんでいますよ。それにハーモニーにも代償がありましたし……」

「あははー……」


 いつもの笑い方に覇気がない。よほどの失敗料理があったと見える。……今回の料理はアタリであって欲しい。祈る晴嵐の元に、今宵の品を亭主……トライセンというらしい……が差し出した。


「お待ちどぅ! 『猪レバーの蒸し焼き』だ。レモン水もつけとくぜ」


 同じ料理をハーモニーにも提供し、彼女は顔を明るくする。まじまじと皿を見つめた彼は、安心した様子で一息つく。

 中央に乗る蒸し焼きの肝臓の下に、ちぢれレタスが広がっている。肉の上に舞い散るのは香辛料か? 比較的普通の一品にほっとする。

 そそる香気に鼻の穴が広がり、口の中で涎が分泌される。コップを持ったハーモニーに合わせて、彼も掲げて音を鳴らした。


「それじゃ、乾杯!」

「……乾杯」


 軽くひと口レモン水を含み、ナイフとフォークで切り分ける。断面で火の通りを確かめてから、ゆっくりと肉を口に運んだ。

 蒸気で熱された肉は柔らかく、山椒の刺激が舌を愉しませる。臭みは若干残ったままだが、爽やかな香りが鼻に抜けて気にならない。これは――


「……柑橘類か?」


 直感のまま晴嵐がつぶやくと、亭主が目を丸くした。


「おっ、鼻が利くねぇ! その通り。蒸し器の水に、レモンの皮を仕込んだのさ。これで臭みを軽くしてみたんだが……お味はどうよ?」

「……美味い」


 今度は下のレタスと一緒に、切り分けたレバーを頬張る。シャキシャキ食感とみずみずしさが加わり、思わず目を閉じて多幸感に浸った。

 ハーモニーも同じように、出された食事を楽しんでいる。気がつけば肩の力を抜いている己に、先程まで胸に燻る恐怖は湧いてこない。


(……そこまで張りつめんでも、いいのかもしれんな)


 ずっと忘れていた、ありのままを楽しむ感覚。風化して錆びついたはずの心が、確かに揺れて安らいでいる。

 油断と紙一重と知りながらも……上等な料理を、彼は久々に楽しんだ。

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