皮肉な中立
前回のあらすじ
新情報の数々に、立ち止まりそうになるルノミ。気の毒に思う晴嵐だが、ルノミは折れていなかった。ダンジョンへの探索を続けると言う彼は、ダンジョンの主であれば、立場が中立ではないかと予想を立てる。
晴嵐は無言のまま、しばらく思案に耽る。ルノミの発言は完全に晴嵐の盲点だった。
彼としては……タカ派の連中と『ダンジョンの作った人間』にさほど差を感じていなかった。自分の欲望のまま、衝動のまま、能力を用いて好き勝手やったと認識していた。
それは間違いではない。ないのだが……ほんのわずかなズレが結果的に大きな差となり、分岐点になったとルノミは主張する。
「こういう言い方はアレですけど……『ダンジョンを作る』能力持ちの人は『地球を救う』お題目を最初からぶっちぎって、清々しいほど自分の欲望に忠実だったんじゃないでしょうか。でなきゃしないでしょ? 最初の降り立った地点で、いきなり自分の領域を作って閉じこもるなんて」
欲望に忠実だったのは同じ。違いは救済計画を、最初はポーズだけでも実行していたかどうか……か。
タカ派とて最初から、好き勝手やった訳では無いのだろう。誰だって丸く収まるなら、穏やかな共存を果たせるなら、それが一番理想的に決まっている。故郷救済を謳うにしても、いきなり開幕から露骨に輪を乱す馬鹿はいなかった。この『ダンジョンを作る』反則持ちを除いて。
「救済計画のつもりでやって来たのに、自分の作った空間に引きこもってたら……協調性のかけらも見当たらんな。露骨に自分だけ救われて知らんぷりか」
「そうです。タカ派は後々の『異世界侵略』の正当性として移民計画を使いました。でもこのダンジョンマスターは、いきなりそれさえブン投げている。ユニゾティアも地球も我関せずで」
「なるほど。タカ派もハト派もクソも無い」
決して尊敬は出来ない。己の欲望を隠すことなく、仲間だ希望だ計画だと言い合った連中全員を無視して、始まりの地に閉じこもった人物。
しかし何故だろうか? 大平晴嵐としては……過去に味わったような、強い嫌悪感は湧いてこない。いっそ清々しいほど我欲に走ったからか? 奇妙な心象に晴嵐は釈然としないが……本筋とは関係ないので、無視してルノミの仮定を聞いた。
「だから、千年前の戦争に干渉していない。ユニゾティアを巡る戦いに、関心が薄かったと思うんです。外で何が起きていようが、自分のダンジョンさえ無事なら知ったこっちゃない」
「初期はそうかもしれん。じゃが戦争に発展して、両陣営から協力を求められた可能性は? どちらかの陣営と、裏で取引を行った線もありそうじゃが……」
「あー……ダンジョンの性質を考えると、無いとは言えないですね。挑む人間がいなくなったら、ダンジョンそのものが枯れてしまう。けど、だとしても協力は一時的じゃないですかね」
「何故?」
「融和を主導する側と取引するにしても、初手で欲望に身を任せた相手を深く信用できない。侵略側でしたら……今生きている人たちが、ダンジョンがユニゾティアに現存するのを許せない……って流れになった気がするんですよ」
一理ある。と晴嵐は認めた。
現に……奴らが用いたとされる『悪魔の遺産』たる『銃』は、その発砲音を連想させる火薬や雷に対して、強烈な忌避感と恐怖をこの世界に植え付けていた。もしもダンジョンが完全にタカ派側だったなら、千年後の今に至る前に破壊されているか、今も深部にいる悪人を裁かんと、大々的な軍隊の派遣が考えられる。迷宮そのものを信仰する『迷宮教徒』への目線も、より厳しくなっただろう。ダンジョンがタカ派側、侵略側に協力した可能性は切っていい。
ハト派側、融和側に協力した可能性は……あり得るが、接触してルノミが危険な展開になるとは考えにくい。何せ開幕からダンジョンの主は、自分の欲望に忠実だったのだ。部分的に同意や協力を取り付けたとしても、ハト派は絶対に信用しない。
総合すると……ダンジョンの主は『現在のダンジョン周りの情勢を見るに、侵略者側には確実に加担しておらず』――けれど同時に『共存・融和側はダンジョン主を信用していない』と推察できる。
つまり……千年前の政治的なしがらみの外に、ダンジョンは存在しているのだ。千年前の事情を確実に知りながら、同時に派閥の外にいる人間である事が、ここに確定的な事実として浮かび上がった。
まだ出来る事がある。希望は残っている。喜ばしい事のはずだが、晴嵐は唇を曲げずにはいられない。
「皮肉なモンじゃな。最初から全部ブン投げた奴の方が信用できるとは」
「ですね。だから……だから僕は、これからもダンジョン奥を目指してみます」
「……うむ」
ルノミは気づかなかったようだが、晴嵐の返しは若干の歯切れの悪さを含んでいた。この行動に対して、一つの懸念点を発見していたから。
ダンジョンの主が中立、第三者なのは間違いない。接触しても安全に思えるが……裏を返せば両者から、距離を取られていた事になる。つまり無事に接触できたとして、真実に迫る情報を得られるのだろうか?
けれど否定はしない。せっかくルノミが地力で、歯を食いしばって決起したのだ。代案も無いのに挫いてどうする。怠惰や不安に流されるのではなく、彼なりに必死に立ち上がろうとしている。
「今日はもう遅い。逸る気持ちも分かるが、明日は一日使ってしっかり休め。明後日からまた……攻略を再開しよう」
「……はい!」
とうに失った情熱。希望と未来とか、前を向いて歩き出そうとする姿……あぁ、これが若さかと、しみじみ胸の内に本心をしまう晴嵐。
そんな彼らの奮起を祝福するかのような出会い……否、彼にとって再会が待っているとは、まだ予想もしていなかった。




