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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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非常識

前回のあらすじ


 仕留めた猪を丸太に吊るし、二人の狩人が森から逃げ出す。門番に熊の事を伝え、一息ついた所で取り分の話も進める。

 人と会話していく中で、この世界の温い基準に困惑する晴嵐。自分自身も徐々に甘くなっていく事に戸惑いを見せる。

 村に着いた後の行動を、二人の狩人はテキパキと済ませた。

 村内の水源はいくつかあるが、往来で解体するわけにもいかない。商人が仕切る窓口の傍にも、ちょっとした空間が設けられていた。

 縛った丸太を二人で降ろし、重量のある猪を地面に横たえる。早速解体用のナイフを取り出すと、晴嵐が外皮や牙を、ハーモニーが内臓側を担当した。こうして捌いてみると、なかなかの大物である。


「出会った時は慌てましたけど……」

「うむ……なかなか立派な猪じゃな」


 軽口をほどほどに交わし、猪の処理を進めていく。

 ハーモニーを不安に思い、ちらちらと様子を見ていたが……彼女の技量は本物だ。言動に幼さは残るものの、猟師としては一人前と認められる。晴嵐も顔負けの手際で、血と油を切り開き、内臓を捌いていった。

 彼女の評価を改めた彼は、作業を終えると後を任せる。商業拠点中に運び込むまで手伝ったが、書面の処理はハーモニーに一任した。


「はい! ありがとうございました!」


 はきはきとした声は、遠目でもはっきり彼女の物と判別できる。じゃらじゃらと重くなった袋を手に、片方を晴嵐に手渡した。

 食肉としての需要からか、狼の毛皮より圧倒的に金が多い。襲われた時は冷や汗ものだが、終わってみれば臨時収入を得られる結果に。


「いい収入になりましたね! どうぞ!」

「……結構あるな」

「夢中で気づきませんでしたけどね~! 今晩も楽しみにしていてください!」

「あぁ……まぁそうする」


 またしても反射的に身構えてしまう。ハーモニーに悪意が無くとも、彼の用心深さ……あるいは臆病さが、終末の生存者として「気をつけろ」と肉体が促す。このセリフもまた、終末だと悪い意味で使われるケースが多い。

 過敏な自分にうんざりしつつ、女エルフに予定を聞く。


「ところで昼飯は?」

「へ?」


 きょとりと、無邪気な目玉がこちらを見つめる。素っ頓狂な発声と共に、なんだか微妙な空気になってしまった。

 なんだろうこの反応は。自分はおかしなことを言ったのか? 発言の意味を理解しかね、金の瞳が宙に泳ぐ。やがてポンと手を打って、ハーモニーなりに解釈を終えた。


「あ、確かにおやつ食べたいですよね。でもお腹空かせておいてください! せっかくなので!」

「あぁ、うん……うむ……」

「それじゃあまた! ちょっとやる事があるので―!」


 明るく手を振って、彼女が元気よく飛び出していく。エルフ少女は気にしていないが、晴嵐の胸にはしこりが残る。

 一体、今の発言の何がまずかったのだろう? 一瞬だけ見せた表情は「何言ってんだコイツ」と呆れを見せていた。しかし何故?

 時刻は正午に近いはず。空を照らす太陽はちょうど真上の位置にあり、そろそろ腹が空いてくる頃だ。とりあえず晴嵐は黄色の大きな水晶のある、村の広場に向かう。

『ポート』と推測される結晶体は、まじまじと近くで見ても異様だ。どう扱えばいいのかわからず、触れることもせずベンチに腰掛ける。人通りを見ていれば、適当な昼食処の目星もつくだろう。それまでの間、オーク拠点から奪った干し肉で空腹を癒す。

 出来るだけゆっくりと咀嚼し、ベンチを占領する口実を設ける。程なくして人通りも多くなり、いよいよ昼休憩の気配が漂った。

 それなのに――誰も店内に出入りする様子がない。

 じっとその場で観察を続けたが……晴嵐と同じようにベンチに座ったり、適当に壁に寄りかかったり、ある者は歩きながら軽食を挟んでいるが、ともかく食事をとる様子が見られない……

 一応食材の香気は漂っている。だが匂いの元に視線を向ければ、軽食系の小さな店のみ。大きな食事処は、開店の兆しがない……晴嵐は愕然とした。


(まさか……昼飯の文化がないのか!?)


 軽く食す程度の事はするのだろう。けれどガッツリとは食事をしない? 一日二食が普通なのか? そもそも「昼食」という単語が存在しないのかも……?

 何たる迂闊、何たる失言か。この世界の事を、自分基準で考えてはいけないと、認識していたはずなのに……

 晴嵐は急に怖くなった。ガタッと危うい音を立てて起立し、早足で『黄昏亭』に戻っていく。すれ違う人ではない誰かと交差する度、彼の内側を占める感情は急激に勢いを増していく。

 荒々しく『黄昏亭』の扉を開け、ぎょっとする亭主たちに声もかけず、全速力で階段を上り、部屋に鍵をかけて震え上がった。


(全く! なんと恐ろしい事をしておる!? わしは!!)


 拠点を得て、協力者も獲得し、一日ぐっすり眠って、すっかり腑抜けていた。

 何故真っ先に、テティの所に行かなかった? 常識を知らないまま世界を出歩くなんて……目を隠したまま地雷原に、裸足で突っ込むようなものだ。

 今回はたまたま、大事に至らずに済んだが……これが何かタブーを踏んでいたらどうなる。せっかく手にした基盤を、捨てるしかなかったかもしれない。


(油断するな……油断するな……!)


 己の迂闊さを呪い、徹底的に戒める。

 急に外の世界が恐ろしくなり、晩飯時まで、部屋の隅で縮こまって過ごした。

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