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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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逃げ出した二人

前回のあらすじ


 草むらから飛び出したのは、立派な牙を持つ猪だった。興奮状態のそれに襲われる二人。ハーモニーの弓と、晴嵐の煙幕を駆使し、何とか仕留めることに成功する。安堵するのもつかの間、晴嵐は「熊が来るかもしれない」と言い、大急ぎで撤収の準備に入った。

 危険を察した二人の行動は早かった。

 ハーモニーが丸太を見繕い、速攻で晴嵐が括り付ける。途中から彼女も固定を手伝いつつ、石ころで村の方角を確かめるのも忘れない。


「急ぎましょう!」

「あぁ!」


 二人でぶら下げても、成体の猪は相当な重量。だが危険を感じた肉体が、アドレナリンを沸騰させ、火事場の馬鹿力を呼び起こしていた。

 悪路も構わず全速力で村へと逃げる。森を抜けだし、街道に出ても二人の足は止まらない。せめて村の入口まで行かなくては。獣の恐ろしさを知る狩人が、大慌てで門番のところまで逃げて来た。


「どうした!?」


 息絶え絶えに門まで来ると、猟師達は安心し深く息を吐いた。獲物を一旦脇に置いて、地面に座り込む。


「「はぁーっ!」」


 力を使った反動と、恐怖から解放された両足が震える。十分に休息をとったとはいえ、命の危険にさらされ、仕留めた猪を抱えたまま全力疾走。息が上がらないわけがない。

 二人の切迫した空気が緩むのを待ち、もう一度門番が質問した。


「ど、どうしました? 二人とも?」

「ちぃと、熊の気配がしてな……」

「熊!?」


 恐ろしさを知っているなら、誰だって遭遇したくはないだろう。必死に逃げて来た彼らは、続けざまにこう言った。


「しかも……人食い熊ですよ! オークが森の中で喰われた後があって……そうだ、森の中で誰かの悲鳴も聞こえました!」

「その方の安否は?」

「ハーモニーが行こうとした所で、この猪がわしらの前に来てな……こっちの応対で手一杯じゃった。……悲鳴の主のその後は、あまり想像したくないな」

「……残念です」


 門番は静かに黙祷を捧げた。つられて女エルフも目を閉じる。晴嵐も小さく首を振り、運がない奴と呟いた。

 鎮魂の静寂がしばらく続く。森の中で亡くなった誰かを偲び、乾いた風が悲しかった。

 休息もそこそこにして、ハーモニーが門番に忠告を残す。


「ボクたちはこれから、猪を処理するんですけど……これから来る人に、森に近づかないよう言ってください。狩りや採取なんてもってのほかです!」

「分かりました……二人とも、お疲れ様です」


 話と休憩を終え、もう一度二人が猪を持ちあげる。去り際に門番が彼に耳打ちした。


「初対面の時、すいませんでした」


 もう一度門番を見直すと、その顔に見覚えがある。確かシエラを助けた時、色々と質問して来た人物だ。自然に浮かんだ言葉が、口から零れる。


「いや……初見の人間を疑うのも仕事じゃろう。気にしておらんよ」


 ――不思議な気分だった。声に出してから驚いた。打算を含まない気遣いが、まさか咄嗟に出てくるとは。まだ村に入って数日なのに、どうも自分が鈍っている気がする。

 

(足元を掬われんといいが……)


 まだ数日暮らしただけなのに、日に日に温くなっていく気がする。関係を築く必要性はあるが……ここまで気を抜くと、誰かに裏切られそうで怖い。

 それが普通だった。それで当然だった。不安と恐怖と、死臭が隣人の世界に慣れて過ぎた。

 もはや半分病気だ。誰かを信用することが、不安でしょうがない。


「? どうしました?」

「考え事をな。取り分はどうする?」


 常識的な己の言動に、ますます晴嵐は戸惑う。こんなに自分は甘ちゃんだったか? 悩む彼につられて、若い女エルフも「あ」と間抜けな声を出す。

 とはいえ、いつか考えねばならない事でもある。その場を凌ぐ行動に頭がいっぱいで、今の今まで気を回せなかったが、村まで逃げれば余裕も生じる。

 とりあえずで、晴嵐は要求を示してみた。


「割合は……お主が七割でどうじゃ?」

「えっ!? ダメですよ!!」


 まぁ、そうだろうな。老練な頭脳が冷徹に計算を巡らせる。

 確かに獣の誘導もした、援護や荷物運びもした。しかし猪に致命傷を与えたのは、ハーモニーの弓矢だ。彼女がいなければ、逃げる以外の選択肢は存在しなかった。彼もハナから要求が通ると思っていない。ここまま交渉に持ち込み、最後は折れる形で二割懐に入れば十分――


「ちゃんと折半じゃないと! でしょ?」

「えっ……えぇ?」


 ……いやいやいや。どうしてこう、こちらの打算を壊してくるのか。

 どう考えても半分は多い。晴嵐が逆の立場でこの要求をされたら、冷笑を浮かべ心の中でブチ切れる。本気らしいハーモニーへ、苦言を呈した。


「明らかに多いじゃろ……」

「ボクは気にしてないですよ!」

「周りが気にするわい! ……ったく、どうしてこうもやりづらい……」

「???」


 シエラも、ハーモニーも、なんでこんなに無防備なのか。自分の基準が通じないと理解しても、感性がまだ合わせられない。文明社会とは、こんなに生きづらい物だったか?

 頭をわしゃわしゃとかき乱す彼は、ぶっきらぼうな表情を作る。すっかり相方扱いする彼女は、無邪気な子供のような……いや事実「子供」として、朗らかに笑っている。


「じゃあじゃあ! 取り分はセイランさんの言う通りでいいですから……晩御飯は黄昏亭に来て下さい! マスターに言っておきますから!」

「? 言われんでもそうする気じゃったが……」

「決まりですね! ふふふ……楽しみにしておいてください!」


 他意がないのに、最後の言葉で身構えてしまう。「楽しみにしておけ」というフレーズは、終末世界では脅し文句の常套句だ。


(やっぱり……やりづらいのぅ……)


 こちらは他人を頼りにしやすい。なのに生き辛いったらありゃしない。

 孤独に慣れ過ぎた己を、異物である己を、彼は静かに、冷たく嗤った。

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