表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

589/738

鎧蜘蛛の視点

前回のあらすじ


 奇襲で一発食らわせた物の、反撃でルノミが腕部を損傷する。カバーすると見せかけた晴嵐のフェイントによって、鎧蜘蛛のトリックを暴いた。

 地面の張った蜘蛛の糸で、振動と重量移動を検知、それによって背後を認識していた。だが飛翔体の軌道までは読めないから、晴嵐の飛び道具は目視で叩き落していたと。

 爪や指の単語を使いながら、らしくない様子でペラペラ喋る晴嵐。意図を察したルノミが、最後の手札を慎重に切る……

 新入り探索者に振りかかる最初の壁役、もっと言うなら『やられ役』として鎧蜘蛛はここにいる。本来の能力に制限を課されているものの、全身を覆う装甲も、見かけよりは強度が甘い作りだ。だから意識外からの攻撃一つで、脚の一本が機能不全に陥る結果になった。残りの七本の脚部を用いて、老獪な青年に攻撃を続ける。


「く! 相変わらずよく避ける!」


 しかし当たらない。この男、殺気や敵意に対する反応が恐ろしく早い。何度か連打を浴びせ、もう一押し……の絶妙な所でヒートナイフをちらつかせ、深く攻め入る事も躊躇わされる。駆け引きや戦闘に慣れ過ぎていた。

 この鎧蜘蛛、迷宮に慣れて来た探索者の慢心を刈り取り、初デスを送り届けるだけの戦闘能力は持っている。脚を一本失った程度で、戦闘に支障はないが……奇妙な二人組との戦闘は長引いていた。

 ――二十階層までは、基本的に探索者はソロだ。複数人で入るとしたら、知った顔以外は入れない仕様である。だからいつもと異なる、不慣れな空気感もあるが……これがゴーレム単体ならば、とっくに決着はついていただろう。

 年不相応に老獪なこの青年単体だとしても、脚を失いはしなかった。どう見てもちぐはぐな二人組なのに、妙な所で息が合っている。そういえば、あのゴーレムは今何をしている? 気になって脚から伝わる『重量』に意識を向けるが、ぴたりとも動く気配が無かった。


(事実上の戦闘不能……かの)


 二十階層の門番として配置された鎧蜘蛛は、ここに来てから相応の年月が経過している。長らく戦闘経験を積んだからか、ある種の自我や思考のようなモノも獲得していた。

 だから経験がある。今まで余裕ブッこいて、調子に乗って二十階層に挑み、初めてのボスたる鎧蜘蛛じぶん相手に心が折れてしまうパターン。その後二十階層手前までをうろつくも、採算が取れなくなった所でこの『ダンジョン』そのものから逃げ出す。ここから先が面白いのに……と思う反面、ここにいる鎧蜘蛛じぶん程度で諦めるのなら、さらなる深みに行く資格もあるまい。引導を渡してやりたいが、それを目の前にいる男は許してくれそうになかった。


「どこに意識向けとる?」

「!」


 攻勢に出ていた鎧蜘蛛、その無数の脚の隙間を縫って男が踏み込んで来る。馬鹿めそこは死地だ……と言いたかったが、突入角度を見て背筋にヒヤリと汗が流れた。

 ――失った脚の角度から迫り、鎧蜘蛛の胸部へナイフを振りかぶり……反対の手からは既に小型のダガーを投げつけている。もし無意識に失った脚を動かしていれば、飛来物を喰らっていただろう。産まれてしまった死角からの攻撃を、人型の上半身の素手で凌いだ。


「っ!」


 男を脚で払いのけて、本命と思しきダガーを素手で止める。装甲部ごと薄く裂かれたが、胴体に貰うよりダメージは軽微。けれどコイツは、僅かな気の緩み一つさえ許さず仕掛けてくる。どうせあのゴーレムは遠隔攻撃を持っていない。仮にダガーを『パス』されたとしても、立ち位置は把握している。密かに投げられる前に、この男を引きはがしてゴーレムにトドメを刺せばよいだけだ。実質戦闘不能の状態なら、さほど難しくはないだろう。

 それよりもこの男だ。この男の方が遥かに脅威。長く時間をかければかけるほど、この男のペースに持っていかれてしまう。ならば――と鎧蜘蛛は腹をくくり、前脚二つを高く掲げてじりじりと迫り寄った。


「遊興はここまでよ……! そろそろ決めさせてもらうぞ!」

「!」


 多脚を掲げて迫り来る姿は、自然界の蜘蛛が威嚇する姿。あのポーズは自分の体格を大きく見せる事で、相手を強く威圧する効果がある。人の上半身の分、鎧蜘蛛の反りは小さいが……そもそもの体格は大きく、高々と掲げた前脚の尖った先端を向ければ、脅威に感じない人間はいないだろう。この男がヒートナイフをちらつかせて、戦闘を優位に運ぼうとする動きに近い。舌打ち一つ漏らしてから、男もじりじりと後ずさった。

 今までこの姿勢を取れなかったのは、ゴーレムを警戒していたのが大きい。この姿勢は前方向に脚を上げる分、体幹に乱れが生じる姿勢だからだ。素人丸出しの攻撃や殺気でも、背後から質量攻撃されれば転倒の危険が考えられる。そんな大きな隙を見せれば、この男がトドメを刺しに来るのは容易に想像できた。


「くくく……いつまで逃げられるかの……!」


 男はヒートナイフをかざすが、前脚を一息に振り下ろせば受けきれまい。本能的に引きそうになるが、押し切れば十分に勝てる。男も理解しているのか、露骨に盾にはしない。威嚇し合ったまま、互いに押し引きを続ける。

 が、優位なのは鎧蜘蛛側。徐々に徐々に男を押し込み、逃げる空間を削り取っていく。左右から抜けようとする挙動も見せたが、その重心運びを『感知』して牽制する。時折ダガーを投げる動作も見せたが、明らかに回数は減りつつあった。


「自慢の刃物も品切れか?」

「…………」


 男は答えない。飛び道具を失い、縋れるのはか細いヒートナイフ一本。もう後退出来る距離も少ない。さぁ、そろそろ料理してやろうか……チロリと心の中で舌なめずりした瞬間、妙な殺気が背中側から這い上がった。

 殺気の大本はゴーレムの位置。いまさら動いた? いや、地面の糸が感知する立ち位置は変わっていない。ならば何を……と気を取られた瞬間、それを上回る気迫が正面から迫って来た。


「うおぉぉおおっ‼」


 追い込まれつつあった男が、鎧蜘蛛に向けて猛進する。僅かに意識が逸れた隙に、選択肢をすべて潰される前の早仕掛だ。完全に退路を断たれた状態では、破れかぶれで突撃するしかない。それより早く……他の選択肢も警戒しなければならないタイミングで、僅かな気を見て突っ込んできたのだ。


「ぬぅっ……‼」


 前脚を振り下ろすのが遅れた。これでは頭部をカチ割るのは難しい。けれど致命的な隙でも無い。人の上半身、腕部分で構えて急所を守れば大事に至る事はないだろう。正面からの攻撃に備えて身構えるが、ここで男の選択は全く異なった。

 ――晴嵐は素通りした。ナイフ一本も投げずに、高々と掲げた脚と蜘蛛の胴体……その下側を一息にスライディングでくぐる。すれ違いざまに切りつけもせずに、ただただ本当に『反対側に移動した』だけだ。

 気合を見せただけの、ただの逃げ? 情報の処理が追い付かない中、ちょうど晴嵐が胴の下を通ると同時に――鎧蜘蛛の人の背中に、鋭い刃物が突き刺さった。


「がっ……!?」


 何だ? 位置関係がおかしい。真下から刃物を投げて、蜘蛛の身体に傷をつけずに……本体の背中に刃物を直撃させたとでも言うのか? 曲芸めいた一撃は、確かに鎧蜘蛛の急所を貫いている。蜘蛛の脚が体を支えきれなくなり、地面に伏せる直前で青年が一息ついて仲間を称賛した。


「よくやったルノミ。完璧だ」


 崩れ落ちる身体で辛うじて振り向くと……『その場から一歩も動かず、残った片手の指を発射している』ゴーレムの姿がある。

 ――魔力の切れた『フィンガー』と『ネイル』が、冷たい音を立てて地面に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ