感知
前回のあらすじ
ボスとして立ちふさがる鎧蜘蛛との戦闘が始まる。単独では厳しいと判断し、ルノミと二人がかりで挑むが、容易には倒せない。挟み込むような陣形を取るが、何故か全く見ずに、背後のルノミの事をいなす敵に違和感を持つ。見えているのかと思いきや、晴嵐の飛び道具は視認してから落としている。仕切り直しに煙幕を撒くと、足元の不審なきらめきが目についた。
うっすらと見えた光の反射は、自然な地面ならあり得ない。特殊な環境のダンジョン内でも『ボス部屋』に、意味の無い仕掛けは考えにくい。粉塵で暴かれたソレを見て、即座に晴嵐は連想が浮かんだ。
(蜘蛛の糸か?)
鎧をまとい、槍を振るい、一対二を捌く堂々とした立ち回りで、頭からすっかり抜け落ちていたが……冷静に考えれば『蜘蛛形のエネミー』なのに、一切蜘蛛の糸を使わなかったのは不自然だ。罠を張るなり、糸を吹き付けて攻撃など、使い道はいくらでも思いつく。地面に張り巡らされたソレは、部屋全体に広がっている……
「よそ見は良くないぞ!」
「ち!」
煙幕を突っ切って、鎧蜘蛛が痛烈な刺突を放つ。危うい所で側面に転がり、外套を掠めて空を切る。追撃の前足を上から振り下ろすが、咄嗟にヒートナイフで受け止めた。
「熱っつ!?」
「!」
蜘蛛の前足と刃物が触れた瞬間、悲鳴を上げて弾かれたように後退する。例えるならそれは――『高熱を発する物と接触してしまい、反射的に手を引っ込めた』動作と酷似。やっと見えた違和感の正体を、すぐにルノミにも伝えた。
「ルノミ! 足だ! 足を狙え!」
「へ?」
「こいつ、足にも感覚がある!」
黙れと言わんばかりに、怒涛の攻撃が晴嵐を襲う。槍と前足をちらつかせたラッシュに対し、晴嵐はナイフの二刀流で応じた。槍の攻撃はサバイバルナイフで受け流し、前足での攻めはヒートナイフを発熱させて牽制する。感覚の通った脚部は、高熱を発する刃物を嫌い攻撃を控えていた。
僅かに生じた隙を、晴嵐は逃さない。相手の手数が減ったのを見て、大胆な攻勢に転じる。右手のナイフで凌ぎつつ、魔法のナイフで『足に』切りかかった。
「っ!」
無数の脚部でたたらを踏み、牽制合戦でも徐々に晴嵐が押し込みつつある。不敵な笑みを見せる老獪な攻めに、蜘蛛は怒り狂ったように猛攻を繰り出した。
「調子に乗るな!」
敵対者へ吠え、怖気づいた自分を鼓舞するようにも見えたが……鎧蜘蛛の技量も確かで、連撃が五月雨の如く降り注ぐ。小ぶりな刃物だけで防ぐのは困難だが、男は足さばきと身体の動作でやり過ごす。一撃でも貰えば致命傷になり得る攻撃を、直撃スレスレで避け続ける。死がすぐそこを通ろうと、晴嵐は一切動じず向き合っていた。
「えぇい猪口才な!」
「誉め言葉だよ」
攻勢に出ているはずなのに……逆に責められている様な圧力に襲われる鎧蜘蛛。感情を殺したまま、迫る死神と踊るように晴嵐の外套が舞う。そうして、完全に注意を惹き切った所で……鋼鉄の質量が真っすぐ突撃してきた。
ゴーレムのルノミだ。煙幕を突っ切った蜘蛛に、戦場からおいていかれた彼が肩を突き出し……鋼鉄の肉体を生かした強烈なタックルを繰り出す。
「うおあぁあぁああっ\( `ω´)/‼」
まだ若干煙幕が残っており、十分に晴嵐は気を引いていた筈なのに……またしても見ないまま、鎧蜘蛛が後ろ脚で防御姿勢を取る。しかし直撃こそ防がれたものの、迷いを振り切った突進は痛烈な一撃となったようだ。ぐらりと姿勢が崩れた所で、今度は晴嵐の脚が閃く。
狙いは槍の中心、やっと体幹が崩れたタイミングを逃さず、武器への対処を試みる。手の力が緩んでいたのだろう。回し蹴りを食らわせれば、鎧蜘蛛の手から音を立てて、転がり落ちる奴の得物。これで手数を一つ奪った。
「おのれ……!」
怒りに任せて前足が迫るが、ヒートナイフを盾に攻撃を躊躇わせる。痛みに対する恐怖もそうだが、肉体の反射・反応は制御できない。咄嗟に、頭で考える前に、身体が勝手に弾いてしまう。無言の駆け引きを、晴嵐は制しつつあった。
――お前の性質を前提に、策を弄しているぞ――
飛び道具駆使し、時に気配を薄くして、時に殺意を隠さず戦闘を繰り広げる晴嵐。脚に痛覚がある事を見抜き、老獪な立ち回りで優位に進めていく。攻撃も最小の動作で避け続ける手慣れ事――様々な面からプレッシャーをかけて、相手から強気の選択肢を奪う。
「く……!」
肉体同士のぶつかり合いだけで、物事の勝負は決まらない。相手の選択肢や行動の読み合いに、精神的な駆け引きや圧力も大きな要因。メンタル面で押していけば、現実の行動にも綻びは生じるのだ。
「どうした。腰が引けてるぞ」
「……! 抜かせ!」
「あぁ、スマン。お前の腰はよく分からんな」
「戯けた事を!」
軽く言葉で挑発を仕掛け、晴嵐は敵の注意を引く。ちらりと背後のルノミに視線を向けて、彼の足元にある弾いた槍へ視線を送った。
それと同時に、脚の乱舞を受け流しつつ……晴嵐は自分の立ち位置を調整する。何か狙いがあると読み、止まって彼の戦いを見守るルノミ。射線を確保した晴嵐は、不自然にならないように……『蜘蛛に命中する軌道と、ルノミの足元に着弾する軌道』へ投げナイフを投擲した。
「ぬおっ……!」
やはりか。これには気づいていない。後はルノミが察してくれるかどうか……! 彼の期待に答えるように、ルノミはその場から動かず――晴嵐が『投げ渡した』ダガーを投擲する。
「ぐあっ!?」
素人の投擲術だったが……的が大きい事が幸いした。
奴の脚の一本に、鋭く深く、突き刺さった。




