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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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小動物への慈悲

前回のあらすじ


ダンジョンの十階層から、探索再会する晴嵐とルノミ。転送直後に奇襲を受け対処におわれた。ルノミが装備していたパーツにより窮地を潜り抜ける。仕留めそこなった最後の一体に、憐みの目線を向けるゴーレムの彼。きっちり晴嵐がトドメを刺した。

 イタチ型エネミーを撃滅した二人は、やっと一息ついていた。飛行した指先を戻し、二回り大きい腕部でゆっくり歩くゴーレム。晴嵐もやっと肩の力を抜いて、戦利品をいただく事にした。落ちた宝箱は一つ、中身は毛皮と鋭い爪か一つずつだ。


「価値は……まぁ、多分低いんじゃろうな」

「イタチさんからはぎ取った素材でしょうか? うぅ、ちょっとかわいそうな気が……って、すいません。甘いですよね」


 発言の途中で晴嵐が顔を動かす。基本厳しい言動の彼に叱られると、後半の語尾は歯切れが悪い。ところが晴嵐の反応は、ルノミの予想と異なった。唇を尖らせて、拗ねたように顔を逸らしつつ言う。


「弱った動物につい同情しちまうのは……仕方あるまい」

「えっ……えっ? 晴嵐さん?」

「なんじゃその反応は」


 表情を示す液晶が、困惑の表情を作りながら明滅する。大袈裟な咳で、強引に入り口から離れる晴嵐。大急ぎで後を追うルノミから遠ざかるように、晴嵐の歩きは速足だった。


「なんですか、そのらしくない反応⁉ 軽蔑されるのも覚悟していたんですけど⁉」

「……お主がわしの事をどう思っておるか、よーくわかったわい」

「いやだって……敵へは全く同情とか、容赦とかしないタイプに見えましたし……」

「否定はせんよ。必要ならやるし、特に人間相手は躊躇せん。が、目についた奴を無差別に殺して楽しむ人間でもない」


 絶妙に答えになってないのは、晴嵐も動揺しているのか? らしくない言動に初めて、ルノミは晴嵐の人間味を見た気がした。ここぞとばかりに深堀りする。


「動物、好きだったんですか?」

「そうか……お前さんが見たのは『わしが一人になるまで』じゃったな」

「あ! そっか。その後に何か飼ってたんですね! 犬とか、猫とか?」

「……カラス」

「カラスぅ⁉」


 意外過ぎる動物に、またしても大きなリアクションと取るルノミ。もういいと言わんばかりに、晴嵐はスタスタと前に歩き出す。置いていかれないようにと、慌ててルノミは後に続いた。


「えぇと、えぇと……! 何か、カラス特有のカワイイ所はありましたか⁉」

「……無理に取り繕わんでもいいぞ」

「た、確かにちょっと……いやかなり驚きましたけど……! 別に悪い事じゃないですし!」


 周囲を警戒しつつ、晴嵐は過去を想起する。可愛いと問われると、確かにいくつか思い当たる節があった。


「特有の何かと言われると怪しいが……甘えた声を出したり、擦り寄ったりはしてきたな。あとは……そうじゃな。カラスの行水が嘘だった事が意外かのぅ」

「ことわざでしたっけ?『風呂に入ってすぐ上がる』って意味で……って事は長風呂なんです?」

「サッと水にくぐって上がる……って事はしない。多少性格もあるが、個体によっては十分以上、念入りに池の中で体を洗う奴もいる」

「へぇ……綺麗好きなんですね。ゴミを漁っているイメージがあるもので」


 文明崩壊前の人なら、ルノミと同じ意見を持つ人も多いだろう。ゴミ袋の色を変えたり、管理が厳重になったのは、カラスがゴミ袋をつついて破いてしまうから……らしい。社会的システムが壊れてしまった後は、ただのオブジェクトと化していたが。


「あぁ。おかげで室内を行き来させるのも苦労せんかった。程よく賢いから、良い悪いをしつけるのも楽じゃったよ。おまけに社会性、と言えば良いのか……わしの言った事を一匹一匹に教えなくていいのも楽じゃった」

「え……飼っていたの、一匹じゃ無いんですか?」

「あー……ほら、公園の鳩とかスズメとか思い出してくれ。エサをやる人間がいると、次々寄って来るじゃろ? カラスも似たような所があってな……一匹気まぐれで助けて、関係を持ったら……他のカラスも近寄るようになって……後はズルズルと腐れ縁で。半分放し飼いみたいなもんじゃな」


 そう語る晴嵐の言葉は、普段の棘が一切ない。普段の彼は邪気や悪意、敵意や不信感が言葉や態度の節々に漏れ出る瞬間がある。しかしこの話題の際は、声色が穏やかだ。存外、身内と認定した相手には、晴嵐は甘いのかもしれない。彼にしては珍しく饒舌だ。


「あの終わっちまった世界では、空から色々と探し物をしてくれるあいつらは、わしとしても助けられた部分もある」

「探し物?」

光物ひかりものを好むらしくてな。ガラクタ集めが捗ったよ。どこから電子部品なんて拾ってくるのやら……しかも、集めて欲しいモノを見せれば、優先して探してくる。あいつらがいなかったら、もう数年わしの寿命は縮んでいたじゃろう」

「……気に入っていたんですね」


 不意打ちだったのか、晴嵐はしばし固まった。そして観念したかのように、彼は感情を吐き出す。


「あぁ、そうだな。向こうでの唯一の心残りじゃよ。一応、わし抜きでも生活できるよう色々教えたが……今も元気でやっているといいが」


 感傷に浸る晴嵐の表情は、遠くにいる誰かを案じる横顔。なんだ、ちゃんとそういう顔もできるじゃないか……とルノミは思ったが、すぐにかき消して警戒に入る。ここはダンジョンだ。長話が過ぎたと頭を振り、晴嵐は獣型が息絶えた地点を見て言う。


「だから、可愛らしい動物が弱々しく鳴いておったら……つい緩んじまうのは理解できる。じゃが、思うだけにしておけ。殺意は緩めるな」


 敵に対して、容赦をしない晴嵐。生き残るためにそうして来た晴嵐。そんな彼の持つ意外な一面。小動物に対しての僅かな慈悲は、だからこそ余計に悲しい。多くの摩耗をしてきた彼の背中が、より濃く影を落としているように見えた。

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