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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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ドワーフ山岳連邦の光と影

前回のあらすじ


 食事に誘われ、タチバナと話す事になった晴嵐。彼女が語るは聖歌公国首都・ユウナギに来てからの生活。もっと具体的に言うなら、タチバナとグリジアの馴れ初めだった。ダンジョンに世話になった事、このころから既に『ロマン馬鹿』であった事などを聞く。振り回されながらも、今の生活が楽しいと語るタチバナ。彼女の出身地での生活は、今ほど楽しくなかったらしい……

『ドワーフ山岳連邦』――この世界、ユニゾティアの国家の一つだ。まだ晴嵐は訪れていない地域だが、それでもはっきり記憶している。


「確か、多くのドワーフが暮らす地域じゃったな。そして『輝金属』を産出する主な地域だと聞いている。タチバナもか?」

「……うん。わちきもそこの出身。ドワーフはみんな、あの地域に居座りがちだから……無理もないけど」


 タチバナの呟く言葉の中に、複雑な感情が見え隠れしている。彼女もまたドワーフであるなら、山岳連邦で暮らすのが普通では無いのか? 半端にしか知識が無いので、下手な発言は出来ない。しかし難しい顔で続きを促せば、タチバナは自然と会話を続けてくれた。


「分からない、よね」

「すまんな。山岳連邦は行った事がない。どういう地域なのか、ほとんど知らんのじゃ。輝金属の産地だ……って知識だけはある」

「十分。それが分かっているなら、後は簡単」

「簡単?」

「だって、輝金属って……すごく安定した産業でしょ?」


 いきなり脈絡なく言われると困る。困るが、少し考えれば推察可能な範疇だった。懐の『ライフストーン』を軽く触ってから、無難な言葉を紡ぐ。


「この緑の石ころ一つだけでも、便利過ぎる金属じゃからな」

「うん。ポートとライフストーンも、立体旗ホロフラグも、ゴーレム技術だって『輝金属』が土台。きっとこの世界が続く限り――輝金属は作られ続ける」

「そうか……じゃから『安定した産業』と言ったのか」


 容易に想像できた。この世界『ユニゾティア』で、魔法に関連する技術には『輝金属』が必要となる。強力な合金であると同時に、魔法を発動する触媒だ。需要が尽きる事も無いだろうし……もう一つ、考えられる事がある。


「時々交換も必要とするようじゃしな。わしの『ライフストーン』も古くなって、使えなくなる事があった。金属だからって、消耗しない訳じゃないらしい」

「魔導式のカートリッジ需要もあるから、意外と交換の機会は多いよ」

「そのすべての大本を担う金属を作ってりゃ、当然儲かるわな。試しに聞くが、タチバナは輝金属を作れるのか?」

「今すぐ現場に復帰するのは無理かも。でも、しばらく手伝っていれば、感覚は思い出せる……と思う」

「経験はあるんじゃな。ちなみに、わしには出来そうか?」

「精錬が難しいと思う。金属を混ぜる工程で、指先の感覚と温度で、精錬の時間と圧力の最適化をしてる。あればっかりは、数年単位で修得しないと無理。セイランは……ちょっと技術者気質っぽいから、可能性はゼロじゃないと思うけど……」

「はっきり無理と言ってくれて良いぞ?」

「……ごめん」

「別に謝る事では無かろう」


 晴嵐は全く気にしていないが、タチバナはかなり後ろめたい様子を見せている。事実は事実と受け入れる彼の様子を見て、ドワーフは戸惑うように尋ねた。


「ずるい、とは思わないの?」

「何が?」

「……そっか。全然気にしていないんだね」

「だから何が? 主語が抜けてて分からん」

「あ、ごめんごめん。わちきの悪い所だ」


 口下手なタチバナに、表情が固いままの晴嵐。聞く限り、特に嫉妬するような要素も無いように思えるのだが……少なからずタチバナが気にしている。今までの会話の流れからして、大雑把な推測を述べてみた。


「察するに……輝金属利権についてか?」

「……うん」

「なんでそんな暗い顔をする? 事実として、輝金属は必需品じゃろ。人魚族も生産していると聞いたが、主な産地がドワーフ山岳連邦なら、そこが潤うのも当然。むしろ変に賃金を渋って、ストライキ起こされる方が問題になる……と素人のわしは考えるがな」

「そっか。そういう考え方もあるんだね……」

「タチバナは……『ずるい』と感じておる訳じゃな」

「……うん」


 ――それは、まぁ、随分と恵まれたご意見だ事で。晴嵐にとっては理解しがたく、不愉快な内容だが……タチバナは全く晴嵐側の背景を知らない。不器用な彼女は気づかないまま、タチバナから見た連邦を喋った。


「あの地域は……ドワーフ達は、輝金属を精製していれば生活に困らない。ううん。むしろ普通に生きている人より、豊かな生活ができる……と思う」

「……まぁ、想像できる」

「でも、豊かな生活じゃなくて……爛れた生活なの。実際は」

「うん?」


 ピンと来ない。てっきり『安定した高給取りの産業』によって、どことなく申し訳なさ、後ろめたさを感じているのか……と晴嵐は考えていた。恐らくハズレではないのだろうが、タチバナの主張したい事は違うらしい。興味を戻した晴嵐の様子を見て、ドワーフの彼女は自らの故郷の環境を批難した。


「いくらでも稼げちゃうから、お金のありがたみが分からない人が多くて……みんなガボガボお酒飲むし、ギャンブルも横行していて……」

「あー……」


 安定した産業、外部からの新規参入の難しい産業……そんなものを独占していれば、金銭感覚は狂ってしまう。しかもそれが『ドワーフ山岳連邦』内部の常識であるならば、感性が歪んで当然だ。晴嵐としては『恵まれている』と表現したくなる環境だが、同時にタチバナの感情も、ほんのりと共感できた。


「……そんな大人たちを見て『これでいいのか?』と思った訳か。お主は」

「……うん」

「お主は……性根が真面目なんじゃろうな。遊んで暮らせる産業が有って、ドワーフであれば独占も簡単で……それを投げ出すってのは、中々出来る事じゃない。一瞬考えはするし、疑問や不満は持つだろうが……日々の生活が安定しているなら、抜け出すのは難しいからのぅ……」


 晴嵐は本心を隠して、同情気味に発言した。

『生活基盤が壊れた』経験のある晴嵐からすると、何故自分から安定した生き方を捨てれるのか、理解に苦しむ。食料の備蓄が減っていく冷や汗や、手元の道具が不足し、生活基準を一時的に『落とさなければならない』経験をした身からすれば、贅沢な悩みだとも思う。

 が、だからこそ――晴嵐はタチバナに一目置く。ただ安定し、繰り返すだけの日々や生活は、極端に思考力を落とす事になりかねない。技術は手癖のように扱えるかもしれないが、その実得意分野以外はからっきし。ほとんど何もできない、考えられないような……生活力の低い人間になりかねない。

 それを嫌う姿勢は、決して悪いモノではあるまい。そしてこの発想は、かつて晴嵐が訪れた、ある地域の若者の悩みに似ているように思えた。


「緑の国の若いエルフたちも……国の逼塞間を嫌って外に出ていると聞いた。グリジアとお主が息が合うのも、そうした背景があるのかもしれんな」

「べ、別にわちきは、グリジアの事は……そういう目で見てないから」

「うん?」

「あっ……い、今の無しで……」


 墓穴を掘った彼女を、あえて見なかった事にする晴嵐。

 愚痴なのか、晴嵐の素性チェックなのかは分からないが……今回は無難にやり過ごすことができたようだ。

用語解説


ドワーフ山岳連邦の内情


 この世界、ユニゾティアでの必需品たる『輝金属』を生産する地域。ドワーフの職人で無ければ精練の出来ない『輝金属』は、多大な利権を生む安定した産業だ。そのため、酒に賭博が横行しており、怠惰と停滞する空気が漂っている。タチバナはそんな故郷を嫌い、聖歌公国のユウナギに飛び出したようだ。

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