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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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犠牲者

前回のあらすじ

森に猟に出かけるハーモニーと晴嵐。彼女の仕事や、この森の事情など、世間話を交えて歩いていたが……二人は血の臭いを察知する

 風に乗る血の臭い。猟をしてれば嫌でも嗅ぐ臭いだが……この臭いを探知したら、狩人は皆警戒を強める。

 それが何の死体であれ、死肉に獣は群がる物。人の死体なら、身元も確かめなければならない。


「セイランさん、これは……」

「弓を構えておれ。わしが先行する」

「……大丈夫ですか?」

「一応、護身用の道具はある」


 小麦粉と調味料の混じった袋を、腰から一つ手に持つ。異世界の布袋のハズだが、妙に手に馴染む。やはり自前で作った道具は安心感が違った。

 空いた片方の手で、ついてこいと指図する。緊張に震える手で、ハーモニーは弓を握った。

 凶器を持った相手に背を向けるのは、正直怖い部分もある。ただ……周りの反応や、彼女自身の性格に嘘の臭いはしない。仮に殺気を飛ばされれば、反射的に袋をぶつけてやればいい。

 血の方向と、背面の気配の両方に注意しつつ、森に隠れた臭いの元を目指す。するりと木陰を忍び寄る二人の狩人は、呼気も静かに気配を探った。


(咀嚼音は……聞こえないな)


 死肉に獣が群がってるなら、もう少し騒がしいはずだ。凶暴な唸り声や、くちゃくちゃと血肉が跳ねる音も聞こえない。まだ距離があるのか、それとも死体は放置されてるのか……

 たまに後ろの人物に目線を送るも、首を横に振るばかり。何が起きても対応できるよう、武器を手に臭いの元を目指す。長く張りつめた緊張感の中、互いの位置、周囲の気配、臭いと風の方角など、慎重に慎重を重ねる二人。

 程なくして、強まる血の臭い。森の開けた先で横たわる人影を発見する……緑の体色の肌が保護色になり、遠目で視認が難しいが……


「オークじゃ。これは……死んでおるか」


 腕に一本、羽のない矢が突き刺さり、うつむけに倒れて動かない。腹部から血の染みが広がり、大地を汚していた。

 ハーモニーもいったん弓を下ろし、死体の観察に入る。パッと見で覚えた感覚を、二人は共有していた。


「……矢の位置が致命傷じゃない」

「あぁ……死因はコレではないな」


 片手が潰されるのは痛いが、肺や頭部、心臓や内臓に比較すれば軽い。死体の肩に手をやると、体温は既にない。

 ゆっくりと腹側へひっくり返す。むわ、と血の臭いが広がる。虚ろに開いた口から腐りかけの血が溢れ、弾力を失った眼球が、二人と目が合った。

 だが、狩人二人が注目したのは……腹部。

 抉れた臓物、肉を抜き取られた空洞、血の臭いの原因はこれだ。いっそう濃くなった死臭に、思わず顔をしかめる。胸にも痛々しい爪痕が、刃物で袈裟切りにされたかのように残っている。死因はこれだ。


「うわ……これは惨い……」


 死体も見慣れた晴嵐だが、凄惨な死に様を見れば同情する。肉の一部を喰われているなら、なおのことだ。冷や汗を軽く滲ませて、亡骸全体の観察を続ける。

 巨大な爪痕が一つに、喰いちぎられたハラワタ。後ろから突き刺さった左腕の矢は、腕甲を貫通しているものの、腕は抜けていない。右手と両足は無傷なことから、獣の種類や数を絞る。


「……狼の仕業ではないな」


 奴らは群がり、思うがままに獲物を貪る。つまりハラワタだけでなく、腕や足にも噛み跡がなければおかしい。じっと観察する晴嵐を、ハーモニーが呼び出した。


「セイランさん。これ……」


 指差したのは、地面に残った足跡。巨大な肉球、伸びた爪、四足歩行の巨躯の足跡。時間が経っても消えていないのは、自重の重さが地面に刻まれているためだ。


「……熊の仕業か」

「ですよね。ただそれだと矢が分からない……いや、昨日オーク部族の討伐があったから……その時?」

「で、森全体が騒がしくなって、動物も気が立っとった。そこにばったり出くわして……って所じゃろう。コイツ、運がないな」


 口にしながら、あり得る話だと思う。詳しい戦況は知りえないが……少なくともこのオークは逃げて来た。冷静な判断を失い、同じく慌てふためいた野生の熊と遭遇した……


「それなら、死体が残ってるのもわかりますね。途中まで喰ってたけど、兵士たちの気配で逃げ出したんだ。肉を持ってくのも忘れて……」


 補足する女エルフの表情も険しい。それもそのはず……やらねばならぬ仕事が、はっきりと一つ増えてしまった。

 熊は、人の肉の味を覚える。一度でも人食いになった熊は、積極的に襲ってくるのだ。ハーモニーが難色を示したのなら、こちらでも同じ生態なのだろう。無理だと薄々感じつつも、晴嵐は質問する。


「……今の装備で熊を狩れるか?」


 勢いよく横に首を振り「無理無理無理!」と、全力で拒絶する彼女。


「それより村に戻りましょう。ここに居ちゃ危ないし、熊を狩らないと大変なことに――」

“うわあああああぁっ!?”

「「!!」」


 全て言い終える前に……ハーモニーが恐れた事態が起こった。

 グラドーの森の中で、誰かの悲鳴が木霊する。血に飢えた獣……恐らくオークの肉の味を覚えた熊が、誰かを襲ったのだ。

 慌てて飛び出そうとしたエルフを、腕を掴んて晴嵐は止める。抗議の声を上げても、彼は手を放さなかった。


「何してるんです! 助けにいかないと……!」

「愚か者! さっき自分で言った事を忘れたか?」


 今の装備で、熊は狩れない。ハーモニーは即答していた。一瞬息を詰まらせたものの、それでも森に進もうとする。


「不意を突けば、なんとか……」

「死体が一つ増えるだけじゃろ。冷静になれ」

「でもっ!」


 諦めないエルフと、冷淡な晴嵐。言い争う二人の間に、森の中から何かが駆け抜けてくる。

 ぎょっとして身構え、視線の先からやって来たのは――

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