理不尽と報酬
前回のあらすじ
またしても視界が暗転し、ついに『ダンジョン』の本番が始まった。まだ混乱する晴嵐に対し、慣れた様子で地図を開く。マッピング機能に気がついたのはいいが、歩きスマホよろしく足元不注意。仕込まれた罠を踏んでしまい、大岩から逃げる事に。何とか避け切った所に、隠された財宝がルノミを誘う。またしても起動する罠で呼び出されるのは……
罠を避け、運良く見つけた宝部屋。喜び勇んで飛びつく愚者は、性懲りもなく罠に引っかかる。これをもし案内役が見ていたら、ゲラゲラと笑っているのだろう。文字通り手のひらで踊らされたと、晴嵐は歯噛みしていた。
一方のルノミは顔色がよろしくない。金属の肉体であるが、顔に表示される顔文字は(;'∀')――反省と焦りの混じった表情に、怒鳴る余裕は勿論なかった。
「応戦するぞ!」
「は、はい!!」
出現した敵の数は7体。種類は泥状の人型――何故ゲル状生物のままではなく、無理に人の形に変成するのは分からないが……ルノミは一瞬でその正体を口にした。
「沼男!?」
知っているらしいが、晴嵐は既に動いていた。うぞうぞと蠢きながら顕現する泥の人型に、ヒートナイフを起動させつつ迫る。間違いなく『エネミー』で、敵の弱点も判明していない。
が、晴嵐は心当たりがある。チュートリアル中に対峙したゲル状の『エネミー』……恐らくスライムに近い敵と判断する。泥の身体であれば、性質は液体に近いはず。熱を食らわせれば蒸発し、有効打となるのでは?
赤熱した刃先から、ドブのようなにおいが立ち込める。顔を歪める晴嵐だが、相手は声にならない悲鳴を上げて、泥の身体をプルプルと震わせ……最終的に形を保てなくなり、崩れていった。
悪臭こそするが、効果有り。べっちょりと泥で汚れた刃物を抜き、手早く袖口で拭う。不快な表情で敵を睨むが、ルノミも動揺しつつ殴りかかっていた。
「!? おい何している!?」
「\('ω')/ウオアアアアァアアアッ!!」
馬鹿かルノミ。スライム相手に物理攻撃は効かないと、以前自分で言っていたではないか。猛然と腕を振りかぶり、人型を作る泥を殴りつける。質量のある金属の腕が直撃すると、半端に崩れて泥が飛び散った。
そのまま元の形に戻ろうとして、プルプル震えた泥はそのまま消えていく……『エネミー』を撃破した際の反応に違いなく、思わず晴嵐は抗議した。
「おい、スライムに物理は効果が無いと……」
「沼男はゲルじゃなくて泥です! 人間に化けようとするモンスターですから、普通に倒せます!」
「何がどう違うのか分からん」
どっちにしても、液体と固体の中間にしか思えないが……固いジジイの頭で考えても無駄だ。ここでは『そういうルール』と納得するしかない。理不尽と感じなくもないが、ルノミが戦力になるなら悪くない。
手持ちのヒートナイフは一本。出現した敵の数は七匹。一つずつ潰していくのは手間だが、ルノミが殴って潰せるなら処理は早い。おまけに動作も緩慢で、正直なところ『雑魚』としか思えなかった。
「罠から出てきたにしては……歯ごたえが無い」
晴嵐は強い違和感を覚える。悪意を元に仕掛けたにしては、どうにも殺意が足りない。大岩が本命にしても、連動して仕掛けたなら殺しに来てそうなものだが。
余計な思考を挟めるぐらいに、この『沼男』とやらは弱っちい。打撃が効くと知った晴嵐は、適当に腹辺りを蹴りつける。ゲルへ打撃を加える感触と共に、泥は四散して消滅していった。
「ふーっ……危なかったぁ……」
「……ったく、今度から気を付けろ」
「で、ですよねー……宝箱に罠を仕掛けるなんて、ベタベタのベタです……」
「何故よくある事と素直に言えんのだ」
意味は通じているので問題ないが、硬い頭の晴嵐では『ワンテンポ』理解が遅れる。今後のためにも晴嵐は注意を促した。
「頼む、標準的な言葉で伝えてくれ」
「え? でもちゃんと通じてますよね?」
「今はな。じゃが戦闘中に通じんと、致命的な事になるかもしれん」
「あー……コールを統一していないと、確かにマズいですよね」
「そういう単語じゃよ……頼む、変にもじらんでくれ」
早速飛び出す若者言葉。ルノミは心当たりがありそうだが、晴嵐には分からない。すいませんと謝ってから、ゴーレムの彼が語った。
「FPSの……えぇと、チームを組んでドンパチやるゲームがあってですね。その時に仲間と『ここに敵がいる』とか『自分の位置はここ』とか……声をかけあうんです。短い単語で自分や相手の状態を伝え合う。そうすることで、咄嗟に最適な連携を取る。……プロゲーマーの人は報告量が凄くて、精確で、反応も早い。だから適切に対処できる」
「……人間、考える事は同じか」
ゲーム基準の話だが、ここの環境はゲームめいている。ルノミの話は馬鹿馬鹿しくも思えるが、短い単語で瞬時にコミュニケーションをとる方式は、確か宇谷の鍛えた部隊も実行していると聞いた気がする。
が、残念ながら晴嵐は詳しく知らない。単独行動を常としてきたツケだ。今更軍のやり方を調べるより、ルノミに任せた方が速そうだ。
「新しく考えるのも面倒だ。お前さんが知っとる単語を使おう。余裕のある時に、雑魚相手に練習させとくれ」
「そうですね……ん? あれ?」
泥男を蹴散らしたルノミが、再び視点を宝箱へ歩いていく。今度は慎重に罠が無いか調べ、安全を確かめたゴーレムの彼が宝箱を開く。中身を開くと、いくつかの妙な石ころと大量のポーション、そして一枚の手紙が添えられている。真っ先にルノミが手紙を読むと……彼は乾いた笑い声をあげた。
「どうした急に笑い出して」
「あぁ、いや……案内役さんから」
「あん?」
なんでソイツの名前が出てくる? 疑問に思いつつ手に取ると、妙にポップなイラストの死神が、片目でウインクしながらメッセージを添えていた。
『チュートリアルで理不尽に殺して悪かった。ああいうのはオレの主義じゃないんで、これは詫びな!』
「……面倒見がいいな」
最初の体験エリアで、スライムを撃破した後……晴嵐とルノミは降りて来た天井に潰されて死んだ。ダンジョン内の死亡について説明するに、必須な行為だとも思うが……律儀なものだ。
晴嵐が安全を確かめ、ありがたくブツをいただく。ルノミにも同じ配分で分けると、手に取った際彼はぼやいた。
「でも、どうせならタダでくれても良かったのに」
「……それこそ主義ではないんじゃろ。ある程度試練や障害用意した上で、それを乗り越えてくれ……って所か」
「クイズ番組の司会者みたいですね」
「にしては、規模が大きすぎるがな」
案内役か、ダンジョンマスターの性格か不明だが……こういうやり方をするなら、順序を立てれば話は通じそうか? 最深部までまだまだ遠いが、出会った所で意味がない……とは、ならないだろう。
「どうにかして、直接対面して話したいもんじゃな。ダンジョンマスターとやらに」
「そうですね。まずは10階層を目指して進みましょう。僕の予想通りなら……すごく便利なモノがあるはずですから」
作者からのお知らせ。
長らくお待たせして申し訳ありません! ぼちぼち投稿を再開していこうと思います! 今回はサボっていた訳じゃないから許して下さい!




