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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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穏やかな森の中で

前回のあらすじ


 同じ宿に泊まるエルフの客、ハーモニーと会話する晴嵐。彼女の近況や周辺情報を探りを入れる。職業の話に入ったところで、ハーモニーは猟師だと彼に明かした。そのまま流される形で、晴嵐は彼女の猟に同行することに。

 ハーモニー・ニールの狩場は、ホラーソン村周辺全域である。

 南側の、亜竜自治区に通じる平原域も

 東側の、聖歌公国中枢部までの高低差のある地形も

 そして西側……緑の国との境に広がる、グラドーの森も……すべてがハーモニーにとって庭先と変わらない。

 今日出向いたのは、グラドーの森方面だ。

 昨日、村の兵士たちがオークを討伐し、各所の宿屋で軽く飲んでいた。本格的には、今日の夜に打ち上げ回があるそうだが、早く飲みたい人もいるのだろう。『黄昏亭』でも何人か来て、ちょっとばかり騒がしかった。

 彼らが意気揚々と戦果を自慢するのを聞き、そこでニールは思った。“森の様子が、いつもと違うかもしれない”と。

 オークの部族は一つだけじゃない。何グループかグラドーの森に潜み、禁域周辺や内部に、拠点を持っているという。全員を討伐は出来ないと小耳に挟んでいるし、油断はしていない。

 でも同時に、こうも考えられる。確実に人数を減らし、勢力を衰えさせて後退した。ばったり森の中で出くわす危険は、今なら低い。


「……うん、やっぱり鳥がいつもより鳴いてるや」


 オークの気配が減少し、代わりに森の動物たちが羽を伸ばす。ハーモニーもつい顔を綻ばせた。やはり今日は良い日だと思う。

 良い日の証、初めて出会った彼の方をちらと見る。森と調和して足を運び、木の根を跨いで後に続く。しなやかな身のこなしで悪路も構わず、気配を消して脚を動かす。見つめられるのが恥ずかしいのか、彼は目を合わさずに聞いた。


「ずいぶんゆっくり歩くんじゃな?」

「木の管理も、ボクの仕事なので」


 彼が若干表情を変える。そういえば、話していなかったか。ハーモニーは朱塗りを取り出し、彼に見せる。セイランは目を丸くして指差した。


「それは?」

「伐っていい木、伐るべき木にコレを塗るんです。病気でもう枯れるしかない木や、密集し過ぎた所を、木こりの人へ教える仕事ですね」

「ほほぅ……つまり、森の医者のような事をしておるのか?」

「あはは、大げさですよ。人と森のバランスをとってるだけです」


 人には人の都合があり、森には森の都合がある。

 どちらにも望みや理想形があるが、両者の願望は必ずしも一致しない。彼の表現は面白いが、少しだけズレている事を、ハーモニーは指摘した。


「ボクは森と人との仲介役ですよ。いつも森と仲良くできるわけじゃないけど……でも、お互いの利害が一致するのが一番です。人の欲求と森のことわり、そこを上手くかみ合わせて、より長く、より良い関係を続けたい」


 最後の方には熱がこもり、ぐっと拳を握って熱弁をふるう。言い切ってから恥ずかしくなり、握った手を解いて頬を掻いた。

 しかし不思議と、彼の目は笑っていなかった。神妙な顔つきの奥には、奇妙な陰りが見える。何かを後悔しているような、誰かを責めているような……強く悔いと悲しみが、彼の顔に滲んでいた。


「毎回丸くは収まらんにしても、欲望のまま動くと碌なことにならんからな。自然からのしっぺ返しは、人の世には痛手過ぎる」

「……?」


 暗い顔。辛酸をなめた人の顔が、彼の表情に浮かぶ。

 大げさにも聞こえるのに、茶化すことを躊躇わせる何かがある。普段あまり気にしないハーモニーにも、感じられる濃度でソレは漂った。

 急にどうしたのだろう? エルフの猟師は対応に困る。傷つけるような事は何も言ってない。戸惑いを悟り、セイランは何もなかったように取り繕った。


「もしや、猟も森を保つ一環か?」

「え? あ、はい。そうです。でもここの森だと、あまり意味がなくて」

「どうして?」

「奥の方が全く分からないんですよ。禁域って呼ばれる空間があって、そこには知性体はオーク以外入れない。だから、そこの生態が全然わかんなくて……」

「厄介な空間じゃな……どうにかならんのか?」

「試みたそうですけど、結果は……」


 禁域と呼ばれる空間は、多くの人にとって悩みの種だ。

 オークの部族が居着くわ、動物にとっても安全地帯になるわで、狩人にとってこの森の評判はすこぶる悪い。中には……力尽きる直前で禁域に逃げられ、目と鼻の先で倒れた獲物を、泣く泣く置いて帰ったなんて話もある。


「だから、獣を狩る人が少なくて、どうしても肉食獣が多いんです。本当は人手が欲しいのですが……なかなか来なくて」

「誰かがやらんといかんが、他で仕事をした方が面倒が少ない……か。そのせいか知らんが、わしも狼の餌になりかけた」

「す、すいません」

「お主一人の責任ではなかろう」


 軽い受け答えは、ハーモニーの気を和らげてくれる。棘のない口調でつらつらと考えを述べた。


「罠猟のつもりで来たが……小動物用は控えるべきか?」

「いえ……この森は豊か過ぎるんです。肉食獣もそうですけど、それを支える草食獣も多すぎる。乱獲したら危ないですけど……」

「ここに来るのは面倒に首を突っ込む輩ばかり。金欲しさに乱獲する馬鹿はいない訳か。心配せんで良いんじゃな」

「率直過ぎですよ」

「お主が言えた義理ではあるまい」


 つい苦笑いが零れてしまう。他人から見ると、自分はこう映っているのだろうか。ひとしきり笑い合った二人の間に、不意に木々が風を受けて揺れる。

 風向きが変わったようだ。別の方向から吹き付ける風が、二人の猟師に木の葉をぶつける。つい手でかばい、乾いた枯れ葉の乱舞から身を守る。腕の裏に隠れる顔が、みるみる険しくなった。

 風が運ぶ臭い。他の優れた動物よりは劣るが、狩猟者ならは鼻は利く。

 ――漂う人の血の臭いに、二人はぎょっとして、身構えた。

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