エネミー
前回のあらすじ
ダンジョンへ続く魔法陣へ入ると、ルノミと晴嵐は真っ白な空間にいた。周りには「ダンジョン参加初回」の人間が周囲を伺う。そんな中で初回探索を担当する死神が現れ、地面を引き裂いた……
白い空間が足元からひび割れ、いきなり踏ん張りが利かなくなる。突然の出来事に全員が戸惑い、高所から落下する感覚を味わった。
チュートリアルコース……と思いきや、とんでもない初見殺しか? ほぼ全員がパニックになる中、晴嵐に金属の手が伸びて、真剣に訴えた。
「大丈夫! 転移するだけです! 危険な事にはなりませんよ!」
ルノミ目線では、これでも安全と判断できるらしい。必死に説得を試みているが、それで落下死の恐怖は取り除けない。全員が全員、パニックに近い状態で、どんどん『ダンジョン』らしき地面が迫って来る――
もはやこれまで。晴嵐さえ目を閉じ、覚悟を決める他ない。約五十名が地面に叩きつけられると思いきや――信じられない事が起きた。
『チュートリアル』を受けると決めた者達が、ダンジョンの地面に直撃したのに……誰も死ななかったのだ。
高さは十メートル以上。建物としては五階から六階ぐらいだろうか? 運が良ければ助かる高度から落下したのに、誰も痛みも衝撃も感じない。五体満足だ。
「な、なんじゃ……? 死んでいない? いや、それどころか……」
「へ? へ? 骨も折れてない!?」
「げ、幻覚……?」
誰であれ死を想起したのに、実際一人も死んでいない。どころか怪我一つない。別の意味でパニックと混乱が広がりそうになる刹那、死神は全員を見て笑った。
「言っただろ? 全員の安全を保障するって」
「に、にしたってこれは肝が冷えるわい!!」
「体験した方が早いだろ? 何せここは……『ダンジョン』だ。お前らの常識は、全く通じない。目に見える壁は、実は透明な映像かもしれない。逆に透明でも、通過不能の壁があるかもしれない」
全員は土の床に、それぞれの格好で転がっている。無事な身体を確かめつつ、案内役の滅茶苦茶な言葉を聞いていた。落ち着き、注目が集まった所で、案内役は骸骨の口をカタカタと震わせた。
「ま、試しにこの空間を探してみな! ここはそういうエリアだ」
死神は軽く鎌を振り、挑戦者たちに行動を促す。先ほどの落下は、チュートリアル用の空間に人々を落とすためのモノか? まだ戸惑う者の多い中で、真っ先に動き出すのはゴーレムの彼――
ルノミは四つん這いに近い姿勢で、地面をペタペタと触り確かめる。何をしたいのか分からない晴嵐は、何か知っているであろう彼の観察に徹した。
――ゴーレムの彼の行動は正しいが、同時にこの場に置いて無意味でもあった。
他のメンバーもどうしようかと、ふらふらとうろつく。そのうちの一人が……よく見れば気が付いたであろう。色合いが僅かに異なる地面を踏んだ瞬間、四角くタイル状にへこみ沈んだ。
まるで下り階段を踏み外したようにつんのめり、バランスを崩す参加者の一人。ぎょっとする小柄な……ドワーフに対して、意地悪な死神は楽しそうな声を上げた。
「おっと! モンスター召喚のトラップだ! 冒険者たちの所に、モンスターが襲い掛かるっ!!」
「あぁもぅ! 何やってるんだか!」
そう言われても、初体験で分かる訳もない。声を荒げて構えるルノミを見て、晴嵐も一応サバイバルナイフを抜く。まだ反応の遅いドワーフの周辺が、泥が噴水のように隆起し地面が歪む。
出現したのは奇妙な存在だった。サイズはドワーフよりさらに小さい。ゴブリンのサイズに近いが、奴らと異なるのは右腕。体格に不釣り合いなほどの巨大な腕は、鍛え上げられたオークの戦士を思わせた。その歪な造形で握りしめるのは大ナタ。敵意むき出しのソイツらが、罠を踏んだ獲物に襲い掛かる……!
「危ないっ!!」
たまたま居合わせただけの相手に、ルノミはすぐに飛び出して庇った。俊敏な反応は見事の一言。包囲を強引に破るものの、一体の敵のナタが掠り、派手に擦れる音がする。表面が削られたが、金属の身体が役に立った。生身で食らっていたら、重傷は避けられまい。
泡を喰う者、恐怖に震える者、様々な反応の中で、晴嵐も行動をすでに終えていた。「お人よしめ!」と叫びつつも、既に一体へ距離を詰めている。
体躯は小さい。右腕こそ異常な発達を遂げているが、装備は腰巻が一つだけ。首や心臓を狙えば殺れる。背後から迫った晴嵐が怪物の首を切り裂き、鮮血が――『噴き出さなかった』
「!?」
返り血を予測していた晴嵐は、瞠目しながらその光景を見る。一撃を加えた怪物は、そのまま倒れていく。地面に倒れ込んだと思いきや、砂で出来た城が崩れるように……体を構成していたモノが、粒子状になって消えていく……
「なんだこれは……?」
死体が消えてなくなる光景に、絶句する晴嵐。この世の法則が通じない……今までも『ユニゾティア』で、地球の常識が通じたり通じなかったりで、混乱した事もあったが……これは度を越している。物理法則を無視した現象に立ち止まる中で、他の参加者は逆に動き始めていた。
「う、うおおおっ!」
「何でもいい! 潰せ!」
発達した右腕と、大ぶりのナタは恐怖の対象。が、奴らはそれ以外に目立った特徴も無い。血こそ出ないが、ダメージは入る。無敵でも不死身でもない怪物は、ある程度の痛手や打撃を与えると倒れ、砂となって消えていった。
四体の敵を全滅させると、そのうちの一体から木箱……否、木製の宝箱のような物が残留する。呼吸が整った所で、地球出身の金属が目を丸くしていた。先回りするように、死神はまたしても笑う。
「ふーん……脱落ゼロか。やるじゃん?」
「なんだ今のは……」
「『エネミー』だよ。このダンジョンは今みたいに、罠やら敵やらが存在している。それをかいくぐり、避けて、戦って、奥を目指す。そして進めば進むほど――『それ』の中身は旨くなる。よし! 次は仮に構築した階層だ。チュートリアル階層を抜けて見せな!」
またしても鎌を振るう死神。再び落ちていく探索者たち。今度は何が待ち受けるのか。非常識のド真ん中に降り立った晴嵐は、隣に落ちたルノミの指示を待った。
用語解説
エネミー
ダンジョン内部で出現する敵性存在。攻撃しても出血しない、体幹のバランスがおかしいのに自然体で挙動するなど、露骨に物理的法則を無視している。倒すと砂状になって消滅し、時折宝箱を残して消えるようだ。




