再覚醒
前回のあらすじ
長い長い過去を巡る旅路。滅亡する『文明復興組』に対して、救うべきだった地球人に対して、深い嘆きを漏らし、次に亡霊に掴みかかる。こんなものを見せて、何がしたいのかと。こんなものの何が楽しいのだと。
サラトガの怨霊。船体の亡霊は呟く。お前は『裁くべき者』では無かったと。ルノミを裁くのは保留してやると。追及しようとするが、彼の意識は――
「う……」
ゆっくりと、ルノミは目を覚ました。
見知らぬ天井……ではない。あまり馴染みのない景色だが、ルノミの記憶や意識に合致する。異世界に来て目覚めた、あの時と同じ光景だ。
「まぶ……しい」
「ルノミ君! 良かった! ようやく目を覚ましたか!」
傍らにいる人物が、大きな声と共に息をついた。金髪の若い男性。しかしルノミは一目見て、こんな感想を漏らした。
「…………あれ? 耳が……長い……」
「何を当たり前な事を! エルフは耳が長いのが普通だよ!」
「エル……フ? そっか。そう……ですよね」
――ルノミの魂は、長らくユニゾティアを離れていた。
この世界――『ユニゾティア』の基本種族たる『エルフ』と言われて、その身体的特徴を見て、すぐにピンとは来ない。ゆっくりと思い出しつつ……彼は相手の名前を口にした。
「心配かけちゃいましたかね……グリジアさん」
「全くその通り……いや、もしかしたら原因は僕ら側か? 君とホラ、眠くなるゴーレムなんて変だとか、睡眠前に話をして……翌日起きてくるのが遅いから、タチバナが起こしに向かった。ところが君は、部屋で転がったまま動かない。一週間の間、僕らも手を尽くしたが、全く原因が判別できない。念のため変な回路のつなぎ方をしたとか、改めて隅々まで点検したし、思いつく限りの方法を試したけど……ダメだった」
「そう……ですか。今は?」
意外にも、ルノミの身体の挙動は軽い。生身の肉体と異なり、作り物の身体なおかげか、筋肉が落ちて鈍ったりしないようだ。すっ、と上体を起こすルノミに対して、皮肉と申し訳なさを交えて、ゴーレム技師は肩を竦めた。
「一旦小休止して、次はどうするか……とタチバナと考えていた所。そしたら君、何の突拍子も無く目を覚ますじゃないか! なんなんだ一体……あぁいや、多分ルノミ君の落ち度じゃない。君に怒るのは筋違いだ」
「……どう、なんでしょうね。もしかしたら、僕が原因かもしれませんよ?」
「馬鹿な。あり得ない。君の身体は異常なしだ」
「なら、心とか幽霊とか、そういうモノかも」
「幽霊を観測したり、信じるゴーレムも聞いた事が無いが……まぁいい。君の心身はかなり特殊だ。未知の現象も起こり得る。個人的には興味をそそられるけど……今考えるべきは別の案件だ」
「何でしたっけ?」
「昏睡も長いし無理もない。セイラン君。ルノミ君が目を覚ましたよ」
その名前を聞いて、ゆっくりと歩いてくる人影にぞっとした。
――外見は『交換屋』が壊れる前、もしかしたらもう少し前の……極めて若いころの『大平晴嵐』の姿だ。世界が核で焼かれる前か、本格的な崩壊前の、まだ気の良さを残していた頃の、若き日の彼。
けれど、違う。中身が違いすぎる。あの灰色の世界を、滅びていく世界の中で、片目を失い、片手を失い、周りが何もかも滅び果てても生き延びた男の、凄惨な気配が滲みだしている。思わず生唾を――機能が無いにも関わらず、そうせざるを得なかった――生唾を飲んで、ルノミはどこか厳かに名を呼んだ。
「大平……晴嵐」
「? なんじゃ?」
「……ごめん、なさい」
謝って許される事ではない。そして彼だけに向けた言葉ではない。つい、溢れてしまった言葉は……計画の失敗を改めて自覚し、自分が置き去りにしてしまった、地球人への懺悔だった。
が、残念ながら、晴嵐に伝わる事は無かった。妙な言葉使いを気にしたものの、本質は届かなかった。全く別の事を、彼は嫌味ったらしく返す。
「あぁ、構わん構わん。ダンジョンに行くのは遅れたが、情報収集や準備やらの時間に使えた。何も無駄にしておらんよ」
「…………そうじゃないです」
「あん?」
眉を上げる晴嵐。彼も彼で、ルノミを案じていたが……同時に、何が起きたかも理解していない。ユニゾティアの住人へ、最低限の義理を通しつつ……地球人にだけ伝わるような言葉を使った。
「僕が……僕が目を覚まさなかったのは……亡霊のせいなんです」
「面白い冗談だ」
「冗談じゃなくて……本当です。取り付かれていたんです。そう……『ある写真に取り付いた亡霊』に……そのせいで、グリジアさんやタチバナさんにも、迷惑かけました」
「君は……ううむ、正気なのかまだ調子が悪いのか、イマイチ判断に困るね……」
「いや……恐らく正気じゃろう。間違いない」
「セイラン君?」
一見して意味不明。けれど晴嵐はすかさず意図をくみ取った。困惑気味の技師と異なり、晴嵐の眼光は痛いほど鋭い。
「グリジア……これは恐らく、わしと話すべき案件じゃ。原因もわしかもしれん」
「んー……何のことかさっぱりだが、妙に二人とも納得しているね?」
「……すいません。多分、信じて貰えない事だと思います。あぁでも、きっとあなた達のミスじゃない。断言できます」
「そうか。いや、原因が明確なら何よりだ。またいきなり昏倒しても困るからね……特に、ダンジョンの探索中に起きたら致命的だ」
「心配かけてすいません。それじゃ……晴嵐。ライブラリで話したいです」
「わしも同じ意見じゃが……なぁルノミ、お前、なんか雰囲気違うぞ」
過去の記憶に引きずられているのだろう。憂鬱を示すデジタル表記の顔――(=_=)の表情だけじゃない。気配を感じ取っているのだろうか? 分かるように、ルノミは言った。
「僕……晴嵐とどう向き合えばいいのか、分からないです」
「……まぁいい。色々と話そうじゃないか」
そう、話すべきことはいくつもある。過去にも後ろ髪を引かれるが、これからは未来に向かわねば。目を覚ましたルノミは、晴嵐と共に、再びライブラリへ向かった。




