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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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能力のある人形

前回のあらすじ


宇谷遊坂、その正体は某国のスパイだった。国家の部品として潜入したはいいが、肝心の命令主が核の炎で焼き尽くされてしまった。人の形をした、意思の欠落したと語る宇谷は……何故今、強い憎悪を宿しているのだろうか?

「宇谷……お前さんは国の部品と言ったな?」

「あぁ」

「なら『文明復興組』の設立は……上からの命令か?」

「いいや」


 その質問の時だけ、宇谷の発する空虚は消え去った。恨みの炎さえ消え、間違いなく意思を宿した『人の眼』をしている。生気を取り戻した刹那、途方もない喪失感と悲しみに消えて……元スパイの男は語った。


「オレは……国の部品なのに、肝心の国が先に壊れた。そうだな……糸の切れた操り人形みたいな物、と思ってくれ」

「スパイ達は……皆同じ気分か?」

「間違いなく、な」


 少しばかり、晴嵐は己を恥じた。ここにいる男は、晴嵐以上の奈落を知っている。ずっと深い暗闇にいる。その虚無の中から、彼は感傷と共に過去を口にした。


「一応、連絡は取りあった。が、互いに深い交流を持つ事は禁じられている。任務に支障が出るからな。それに、仮面を被って話す事に慣れ過ぎていた。気の抜けた会話さえ、相手を懐柔する道具として使って来た。互いにその認知だ。協力して事態の打開なんて、自分の意思で出来はしない。上に命じられれば、可能なのにな」

「本当に部品か人形じゃないか」

「それが当然で当たり前だった。この業界は」


 少しずつ、宇谷遊坂の言葉に熱が入るのを感じる。空の人形の中に、徐々に『何か』が宿っていくように。唇を辛うじて、笑みと分かる形に歪めて……宇谷は、運命の出会いについて、晴嵐に喋った。


「……世界に核が落ちた直後、混乱に見舞われただろ?」

「あぁ。誰も何も、まともに出来なかったが……」

「その中で――外国人がどう扱われたか、知っているか?」


 直接目にする余裕は、あまり無かった。が、想像できる事はある。地震や災害、巨大な厄災に直面した時――『余所者』がどう扱われるか?


「……特別な交流が無ければ、基本冷遇されそうじゃな」

「そうだ。自分の事、自分の民族で手一杯な時に、余所者を助ける余裕は無い。そんな中で――見ず知らずの野良犬に、手を差し伸べる大馬鹿野郎が『ボス』だった」

「――…………奥川少年、か」


 あのお人よしぶりが目に浮かぶ。元々『養鶏場』で暮らしていた少年は、設立した組織含めて、態度を一貫させていた。なるほど……命令相手を失った外国スパイだろうと、見捨てずにいたのだろう。


「随分前の話だが……三島家でバーベキューをした時、覚えているか?」

「お前が同席していたアレか? 覚えているとも。妙に辛気臭い奴だと思ったさ。操る相手のいない、中身空っぽのスパイ野郎……想像出来るか!」

「だろうな」

「……妙に『ボス』と拘っていたのは、恩義か?」

「それもある。同時に……新しい命令を下す相手を、求めていたのかもしれない」

「おいおい……あの時の奥川は少年じゃぞ? スパイなら色々と技能やら能力やら、持っていただろ?」

「晴嵐、オレ達は犬なんだよ。誰かの命令がないと、動けない。能力があるかないかの話ではない」


 あぁ、と晴嵐はため息をついた。やっとこの副官が、宇谷遊坂が『ボス』に執着した理由が分かった。

 悲しいがな……『スパイとして完成した』宇谷遊坂は、自発的な行動を『習慣として』禁じられている。だが同時に、自分の操作者たる国から、命令が二度と来ない現状も理解している。だから……自らに手を差し伸べた奥川少年を、新しく『自分に命令を下す相手』と定めたのだろう。けれど過去を語る、宇谷遊坂の表情は……明らかに人形のソレでは無かった。


「オレは……ボスに尽くすと誓った。だから『吸血鬼サッカー』が出没したその日も、全力であの一家を守った。安全な場所を欲していたから……あのマンションに案内した」

「……あのマンションは?」

「想像できるだろう? ――オレ達の基地だよ」

「…………信じられん」


 発電機、核シェルター、妙に余裕のある防衛線や食料……通常のマンションとしては『妙』と感じていたが、正体がスパイの秘密基地? 目玉を回す晴嵐に対して「そうでなければ困る」と宇谷は答えた。


「誰かに悟られるようじゃ、スパイの基地失格だろう」

「なんでそんなモノが、国内に堂々と建築されている?」

「……どんな国にも、必ず売国奴はいるもんさ」

「ふぅん……ま、売り飛ばす相手は灰になったがな」

「そういう意味じゃ、ソイツは上手く売り抜けたよ」

「いまさら金に価値があるもんか」

「違いない」


 皮肉の笑みは、やはり虚無ではない。確かな人の血の通う表情に見えた。緩んだのもつかの間、数度呼吸すると、たちまち宇谷の拳が固く握られ、目を閉じて唸る。


「オレは……マンションに案内した後、ボスに尋ねた。これからどうしたいのかと。ここなら多分、長い間安全に過ごせると伝えた。オレは保護する気でいた。でもボスは……この設備を知って、オレの正体も知って、その上で……文明を復興したいと言った」

「…………お人よし、ここに極まれり、だ」

「同感だ。だが悪い気はしなかった。オレは古い仲間たちと、仕事関係のコネを使って人を集めた。専門家もここに属していただろう? あれもスパイ活動で得た情報が元だ」


 言われてみれば……すぐに専門家や先生やらが集まり、吸血鬼サッカーへの研究が始まった気がする。決意をした所で、信用を得られるかは別だ。先生方と合流できるかどうかも、大いに非常に運に偏っている。

 が、スパイ活動の情報網があれば……困難だが不可能ではない。砂を握りしめるようなしぐさの後に……深くため息をついて、宇谷は言った。

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