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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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怨恨の狂犬

前回のあらすじ


何とか『文明復興組』から離れた晴嵐。すぐに報復手段を考える中、旧商店街拠点は危険と考える。ところが、原因たる横田は死んでいた。安全確認をしていると、突如として背後から誰かが忍び寄る……

 何たる不覚。ぎょっとした晴嵐はすぐに反撃に出た。絞め落としを狙う敵に噛みつこうと、大きく口を開ける。牙を突き立てる直前、背後から突き飛ばされてしまった。受け身を取ろうとして、左肘がくうを切り失敗。肩を強く打ちつつも、腰と足、残った右手で何とか立ち上がる。

 横田の死体は撒き餌代わりか。引き寄せられた人間を、奇襲する狙いがあった……のだろう。隻眼で睨む相手の気配は、先ほどまで全く感じられなかった。

 噛みつかれてもいない。恐らく相手は人間だ。『吸血鬼』なら、初手で血を吸いに来る。

 しかしならば、何故初手で晴嵐の急所を狙わなかった? もし腕ではなく、首筋を刃物で攻撃されていたら……対応できたか怪しい。気配が極度に薄く、今更ながら晴嵐は慄然する。今日は頭が回りっぱなしで、考えが上手くまとまらない。全身の毛が逆立つ中で、そいつが疲れ果てた声を寄こした。


「……晴嵐、俺だ」

「……誰だよ。わしに忍者みたいな知り合いはおらんぞ」


 本気で告げる晴嵐の言葉の、何が可笑しかったのだろう……? 暗がりのソイツは、急にクックック……と声を上げて、徐々に音量を上げ笑い始めた。

 忍者ではなくイかれ野郎か? 笑い声の中には、あからさまな狂気を孕んでいる。いよいよコイツと殺し合う事になる……じわりと滲む汗。無意識に後ずさり、右手でサバイバルナイフを抜く。銃もあるが……下手に構えると相手が危険な行動に出るかもしれない。出来ればこの手の輩はやり過ごしたいが、狂人に話が通じるのだろうか……?

 迷いはあるが、回避不可ならやるしかない。廃棄された商店街の天井から、僅かに漏れた光で……やっと晴嵐は『ソイツが何者なのか』を理解した。


「宇谷……? お前、宇谷なのか!?」

「はははっ……そうか。今の俺はそんなザマか」


 絶句。ただただ絶句するしかない。『文明復興組』のナンバー2……宇谷遊坂がここにいる。辛うじて彼にも理解できたが、人相も気配も別人に過ぎた。

 全身は傷だらけで、各所に包帯で処置している。四肢や目、鼻や耳は無事なようだが、もう顔つきは『人のソレではない』――

 人を見かけで判断してはいけない……そんな道徳的な言葉は、今の宇谷遊坂を見れば吹き飛ぶだろう。晴嵐以上の虚空を抱え、身体の芯に絶望と報復心を通す羅刹。眼光は暗黒に通じているかのようで……人を凍り付かせる魔眼のよう。指先が震える中で、慎重に晴嵐は問いかけた。


「なんで、お前がここに?」

「そこの死体から聞いたよ。轢いてくれてありがとう」

「…………そうかい。で、わしにも復讐しに来たか?」

「何……?」


 暗黒がこちらを見つめた。晴嵐をも飲み込もうとする意志が、僅かにだが溢れる。恐怖に飲まれる前に、正直に心象を宇谷に告げる。


「お前さんがここにいる理由が無いだろ。ちょうど入れ違いか? さっきまで文明復興組のマンションに行って、帰って来た所じゃ」

「……で?」

「主犯は『覇権主義者』の奴隷共。原因は横田が吹聴したからと理解している」

「その通りだ。違いない」

「……どっちもわしが関わった相手だ。責任の一端は、わしにもある。違うか?」

「あのゴミ共を保護すると、決めたのは俺達の組織だ。嫌ならこっちで弾けば良かっただけ。だろう?」


 そう言うと、宇谷は殺気を引っ込めた。虚ろな眼差しはそのままだが、晴嵐を害す気迫が消える。彼が眉を上げると、暗黒を宿した眼光はそのままに、告げた。


「お前は部外者だ。居場所を知っている奴は、ほとんどいない。が、そこの人間は一か所だけ知っている。他の『文明復興組』の所領だとバレるから……安全な場所はお前の所しかない。悪いが、勝手に上がらせて貰った」

「……横田に吐かせたのか」

「あぁ。その後にケジメをつけた」


 だから横田は死んでいたのか。宇谷に脅され、晴嵐の旧商店街仮拠点の位置をゲロったのだろう。そして役目を果たした後、復讐の対象としてブチ転がした。

 あれだけ悪運の強く、生き延び続けた横田を殺し切るのも流石なら、一連の言動を見るに、宇谷は経緯を把握している。そして動乱の最中、致命傷を負わずにここまで逃げ延びるなど、尋常ではない。

 復讐心がそうさせたのか? 息を呑む晴嵐に対し、宇谷は感情無く言う。


「悪いと思うなら……この一連の非礼を、大目に見てくれ」

「構わんが……今後は?」

「さっきも言っただろ……ケジメをつける」


 晴嵐でさえ、強い絶望感と喪失感に焼かれたのだ。副官の宇谷遊坂が抱く感情は、それ以上に違いない。

『復讐』の二文字に取り付かれた存在に……晴嵐は、やめろなどと言えなかった。むしろ進んで申し出る。


「……手伝える事は?」

「……お前は部外者だ」

「友人の三島は? アイツが裏切ったとは思えん」

「………………死んだよ」

「なら、わしにも仇討ちの権利がある。ケジメをつける義務もある。違うか?」

「……ダメだ。これは……アイツらは、オレの獲物だ。手を出すな」

「そっちが本音か」


 主を失った番犬は、死してなお忠義を示す。亡き主の仇を討つのは、自分一人の役目だと言う。

 ――晴嵐は、部外者だ。最後まで……最後まで、部外者として見届けろと言うのが、宇谷なりの『晴嵐の責任』と捉えているのかもしれない。闇を宿した瞳に、迂闊な事は言えず……けれど、黙ったまま従う事も拒んだ。


「宇谷、武器や弾薬は少ないが……いくつか融通してもいい。何ならわしの軽トラックも使え。わしだと誤認させれば、向こうも少しは対応が遅れるだろう」

「……確実に使い潰すぞ?」

「構わん。だから代わりに、対価を求める」

「大したモノは支払えないが……」

「ただの情報だ。今じゃ大した価値もない。

『文明復興組』のマンション……アレは何だったんだ? 発電機やらの設備が充実し過ぎているし、何なら核シェルターまで配備している。どう考えたって普通の作りじゃない。

 おまけに、いつの間にか有名な学者様やら、子飼いの部隊だって普通じゃない。お前……一体何者だ?」


 ずっと疑問に思っていたが、今日この日まで尋ねる機会が無かった。

 もう、復讐に走るのなら――最後ぐらい、取引と称して聞いておくのも悪くない。

 宇谷は宇谷で、真実を話しておきたい気持ちも、あったのだろう。彼は……自分の出自と秘密を、晴嵐にだけ語り始めた。

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