最後の崩壊
前回のあらすじ
自分の暮らしていた住居を、冒涜的な儀式に踏み荒らされた痕跡を見る晴嵐。精神への凌辱は辛かったが、彼の苦難は止まらない。背中に見える亡霊が指さした刹那、一つの派手な爆発音が聞こえた。
ガタガタガタっ……! と、軽トラックに微細な衝撃が走る。距離があるのだろう。減衰した波動は、荷物を壊す事はなかった。
晴嵐は慄然を味わった。謎の亡霊が見えたと思いきや、いきなり指さした方向が爆発……今までも地下礼拝堂の冒涜を見て、じっとりと嫌な汗をかいていたが、今度は別種の汗が頬を伝う。瞬時に振り返り唾を飛ばして、晴嵐は背中側に向けて吠えた。
「貴様……何をした!?」
――背面には、誰もいない。何もいない。
亡霊は跡形もなく消え、ぎょっとしてミラーを見つめても……最初から何もいなかったように、積載された荷物しか目に映らない。
けれど、コレを『亡霊と何の因果もない』『ただの幻』と断じるには、あまりにタイミングが良すぎる。止まりそうになる思考。混乱し再来する嘔吐感。が、現実をもう一度見なければと、数度の深呼吸の後にアクセルを踏み込んだ。
(文明復興組に……何があった!?)
この近辺からは、吸血鬼を一掃した。
敵対する大手組織も、それぞれの理由から自壊していった。
周辺に脅威となる存在は、絶滅している。ならば何らかの事故だ。そうである筈だ。言い聞かせる理性と裏腹に、晴嵐の内心は不吉な予感を……いや、不吉な確信を抱いている。急がなければならない。ほとんど無意識に信じ、加速する車両が派手に揺れた。
「あぁクソ! こんな時に……!!」
崩れた道路と、積載たっぷりの軽トラック……加速は重く、道は悪路、加えて今の晴嵐は、隻眼隻腕の状態だ。感情の逸りに任せようものなら、確実に事故を起こしてしまう。頭では分かっている。慎重になるべきだ。囁く理性と裏腹に、老人のトラックは荒々しく唸り、排気ガスを勢いよく吐き出していた。
「くそっ……このままじゃ行けないか……!」
回収した物資が多すぎる。過積載気味なのだろう。もし危険な情勢なら、荷台に誰かを載せる事になるかもしれない。様々な要素を加味し、歯噛みしながら行き先を変更した。
「急げ……焦らず急げよ……!」
寂れた商店街、横田が不法占拠した場所、晴嵐の仮拠点の一つに軽トラを進める。感知用のワイヤートラップや、銀粉煙幕を派手にまき散らしながら……自分の拠点入り口に車両を停車させた。
「順序を間違えるな……荷を下ろして、武器は……そのままでいい。包帯と消毒薬だけ詰め込んで……ええい! 集めた物資の整理は後だ!!」
頭で考えた事柄を垂れ流し、大声で自分に言い聞かせる。動揺はあからさま。らしくない彼の心には、やはり友人の三島や『文明復興組』への情がある。不吉な予感はますます大きくなる中、雑に拠点内へ物資を置いて、再び軽トラックに乗り込んだ。
「!? 貴様……!?」
また一瞬見えた『亡霊』――幻覚か、それとも儀式で呼び出された何かなのか、晴嵐は判別がつかない。が、あの爆発との因果を問い詰めようとした刹那、亡霊の左目から、つぅと伝う一滴を見た。
錆びの混じった塩水は、醜い亡霊の身体に茶色の跡を残す。何かを口にしようとして、口ごもってから消えていった。
「何だ? 敵……ではなさそうじゃが……」
物悲しい表情に思えた。茶色の雫は、血の涙のようにも見える。おどろおどろしい見た目と、憤怒と悲哀を抱いた『謎の亡霊』。が、今この瞬間だけは怒りの火が鎮まり、世界を悲しんでいるように思えた。
嫌な予感が、ますます強くなる。急がなければ。いや、あるいはもう手遅れなのか? 混乱する頭の中、まずは行動を起こせと己を叱責する。
「宇谷、三島……! 頼む、無事でいてくれよ……!」
加速するオンボロ軽トラック。悪路と振動も構わずに、大事故一歩手前の運転で『文明復興組』の本拠点を目指す。前は横田ともう一人を載せて、両手で運転していた道をたどり、あと少しという所で――
爆発音。場所は『文明復興組』の本拠ビルの上階。今度は衝撃だけでなく、はっきりと火球が破裂する場面を目撃した。瓦礫となって崩れる壁面に、晴嵐の顔色が青ざめる。一体何が起きている? ちょっとしたボヤ騒ぎじゃない。明らかに――誰かに攻撃されているとしか、考えられない。
「じゃが、誰に……!?」
化け物は撃滅、他の勢力も自滅、だったら一体誰が? 晴嵐のような弱小な個人が仕掛けたとでも?
いや、あり得ない。晴嵐でさえ、すべての物資を投入しても絶対に勝てない。以前の『覇権主義者内乱』の際も、彼らには私兵隊がいた。簡単にやられる事はありえない……そんな予測を、惨い現実は容易に裏切る。必死に晴嵐が『文明復興組』のマンションに到着した時、彼が目にしたのは勝鬨を上げる者の声――
内容は良く聞き取れない、相手が誰かも分からない。
けれどこの時晴嵐は、極めて激しい動転の中にいた。直前まで、過去の拠点が冒涜された後だった事も、何かしら影響を与えたのかもしれない。
オンボロトラックに乗ったまま、徐々に速度を下げて近づく。
その光景は慎重を第一とし、生き残る事を良しとする晴嵐にしては……酷く無防備な様子だった。




