地下礼拝堂
前回のあらすじ
久々に帰還したかつての寮。信じられない事に、晴嵐個人の品は残っていた。保管者の横田について嫌悪と怒りを抑えきれない。憎しみの眼差しで物資を漁り、オルゴールを聞く晴嵐。発見した『地下礼拝堂』の鍵を見て、宝と不吉な予感を握りしめた。
地下礼拝堂の鍵を手に、暮らしていた寮を出た晴嵐。使えそうな物資を、残っていた段ボールに詰めて軽トラに積み込む。横田の力を借りたようで癪だが、それはそれこれはこれ。吐き捨てるように感謝を述べつつ、元は寮だった場所から細々と物資をいただいた。
軽く休息を挟み、自前で作った竹製の水筒から水を飲む。地下礼拝堂とやらに待つモノが何か分からない以上……呼吸を整えて挑む必要があるだろう。
(良い物ばかりでは、無いだろうからな……)
容易に想像がつく。信者となって脳を腐らせた横田を見れば良く分かる。これが正しい、これが正義だと信じている人間ほど、簡単に冒涜的な事をやらかす。晴嵐の心情もあるのだろうが、他の人間も近い結論を出すだろう。
また……施錠された地下となれば、生き残りの『吸血鬼』が、潜伏している可能性も否めない。人間が籠城しており、生存者の希望もあるが……期待はしない。
緊張した面持ちで、晴嵐は大ぶりのナイフを見つめた。両手が使えない今、攻撃の手数も落ちている。サバイバルナイフはともかく、左手で咄嗟に投げナイフを用いた自衛は不可能。しばし見つめた後、ため息をついて収納し……ハンドガンを手に持った。
「……加賀さん」
遺品の一つ、コルト・ガバメントを握りしめる。もう残弾の予備は50を切った。マガジンも二つしかない。心もとないが、片手で刃物を振るうより良い。肘を使ってスライドを動かし、装填済みな事を確かめた。
「不便じゃの……」
肩から失うよりマシと言いきかせ、一度セーフティーをかけてズボンに突っ込む。本当なら絶対に手から放したくないが、鍵を回すにも指先が必要だ。左手があれば、片方ずつ持てたものを……文字通り減った手数に眉を歪めつつ、彼は静かに地下礼拝堂に向かう。
薄暗い元倉庫に向けて、歩き出す晴嵐。変わってしまった農場の中で、畑だけが健在だった。祈った所で飢えは満たされない。食料こそが、どんな状況でも変わらない価値を持つ……
ここは良くないな、と思った。どうしても感傷が多くなる。早いとこ確認して立ち去ろうと、倉庫の入り口を開くが……すぐに足が止まった。
「これは……」
広がるのは大量の檻。猛獣用だろうか? 開いた檻は空っぽだが、閉じた檻の中には干からびた人の――いや、吸血鬼の死体があった。何かの拍子に、誰かが檻を開いてしまい化け物共が解放された……のだろう。けれど全部の檻は解放されなかったらしく、食いっぱぐれた吸血鬼は餓死したのだ。
礼拝堂の中に、信仰対象を閉じ込めた檻か。こいつらの宗教観は良く分からん。鼻を鳴らしてギロリと睨み、敵の生き残りがいないか確かめる。一度倉庫の中で目を閉じて、静かに数度呼吸する。自分以外の気配は感じられない……やはり全滅か?
「結局ここでも殺し合いか……酷いもんだ」
血痕が惨状を物語る。不快感を抑えて奥の方へ。地下への入り口は西側の端、二階と地下へ行ける階段の所にある筈だ。
昔の記憶をたどり、地下への道を進む。鍵と銃を持ち換えながら、嫌に響く自分の足音を聞く。痛いほどの沈黙を、晴嵐の殺した足音が静かに乱す。血の臭いと、暗闇と、心音だけが、今感じられる老人のすべてだった。
こっ……こっ……
光源もない倉庫内、張り詰めた神経で、惨劇の跡地を進む。扉を開くたびに緊張の吐息が漏れ、何もない事を安堵する。たった数枚扉を開いただけでも、男は緊張から疲労を滲ませていた。投げ出したい気持ちもあるが、ここまで来て手ぶらで帰るのも勿体無い。細く暗い階段を降り、静かにハンドガンを構えて進む。老いて落ちた視力も辛く、何度も瞬きしながら、ついに地下への入り口を見つけた。
「あった……ここか」
地下礼拝堂――扉に手をかけると、鍵がかかったままだ。中に生きた人間はいないのだろう。生存者が立てこもっているなら、救出者が来た時点でここに手を付けている。となれば……吸血鬼が中にいるか、中に誰もいないかの二択。飢えで全滅していれば楽だが、楽観はしない。片手で鍵を開け、ポケットにしまい、銃を握り閉めてから左の肘で戸を開けた――
「うっ……!?」
広がるのは……内臓のグロテスクと、豪奢な装飾のコラボレーション。正しくはその残骸だけれど、吐き気を催す空間に違いはあるまい。今までのソレとは、数ランクおぞましさが違った。
中央は……倉庫内に存在する檻に、地面は奇妙に発光する文様……魔法陣のようにも見える。どんな原理か知らないが、明かりも無いのに黄緑色の光を放っている。電力の途絶えた室内を、妖しく彩っていた。檻の中には、絡み合った化け物の死体が……
「いや違う……何だ? 何をやらせようとしている……!?」
片方は女性で、恐らく化け物だったのだろう。口腔は布で塞がれていて、これでは獲物を噛めない。もう一方の犬歯は普通で、こちらは普通の男性だった? 絡み合う二つの死体は両者共に裸体で……
意味を理解しかけて、慌てて思考を逸らした。狂気の名残りを見つめれば、自分まで狂ってしまう。が、逸らした先も狂気しかない。古い宗教に見られたように、十字架にはりつけにされた吸血鬼が、等間隔で左右対称に骸骨となってぶら下がっている……
「……入るべきでは、無かったかもしれんな」
こっちまで正気を失いそうだ。必死に目を逸らす晴嵐。どうにか……他の事を考えようと、まともな物を探そうとした。




