馴れ馴れしい客
前回のあらすじ
宿屋で夢を見る晴嵐。かつて平穏に暮らしていた頃の夢は、晴嵐が親元から離れ、一人寮暮らしを始める場面であった。異世界の宿で目覚め、終末を生き抜いた老人は、三つの環境を並べて考える。どれもこれも幻想めいていると嗤い、ならば……それでも自分は歩き続けると、宿屋の一階に降りていった。
一階の酒場に降りると、この店の主人がカウンターを拭いていた。
彼の足音で顔を上げ、手を止めずにひと声かけた。
「おーう、おはようさん。えーと……セイランだっけか? よく眠れたかい?」
「おかげさまでの。ただ……寝起きはよろしくなかったが」
「そういやちょっと騒がしかったな。なんかあったのか?」
「……ただの悪夢じゃよ」
朝のドタバタを、ありきたりな言い訳でやり過ごす。亭主は慣れているのか、神妙な顔で奥に引っ込んだ。脛に傷を持つ人間の機敏を、距離の取り方を心得ている。テーブル拭きをロボめいた何かに任せ、マスターは厨房に入った。
「おはようございます。昨晩は夜分、目を覚ましましたか?」
「いや……部屋ですぐ寝て、起きるまでノンストップじゃったが」
「……よほどお疲れでしたか。仕事もほどほどに」
「昨晩何かあったのか?」
軽い気持ちで尋ねると、二回首を振って金属は音を発する。
「村の兵士の方が遅くまで騒いでいましてね……他の宿泊客の方から苦情が少々……」
「酒が入ればそうもなろうて。わしは気にならんかったぞ」
「眺める分には興味深いですがね。あ、おはようございます」
階段側からの足音に反応し、自我を持つ金属が頭部を持ちあげた。別の宿泊客も挨拶を返し、晴嵐の隣の席に座る。金色の瞳が、彼と躊躇なく顔を合わせた。
「おはようございます。初めまして、ですよね」
「あぁ……そうじゃな」
「やっぱり! ボクはハーモニー・ニールって言います! ニーニーって呼んでください! 初めての人!」
晴嵐の右手をひったくり、両の手で握ってブンブンと激しく振る。馴れ馴れしい行動を拒絶する間もなく、されるがまま晴嵐はぽかんとした。
無礼だと怒鳴るのも忘れ、ニコニコ笑顔のソイツと顔を向けあう。晴嵐の反応の鈍さに正気に戻り、これまた慌てて手を離した。
「あ! ご、ごめんなさい! つい嬉しくて!」
「…………」
大きな声が寝起きの頭に、ぐわんぐわんと不快に響く。露骨に嫌がる晴嵐の様子を察して、しゅんと縮こまった。
何なのだコイツは。一呼吸を終えて、改めて人物を見つめる。
短い頭髪は黒に見えたが、光が当たると僅かに緑かかっている。限りなく黒に近いダークグリーン……違和感は少ないが、始めて目にする髪色だ。目の色は金、鼻と口は普通。耳の横側が尖って長い。人間……ではなさそうだ。
色味の薄い肌と対照的に、引き締まったスレンダーな体系は、そこそこ鍛えている人間の物に見える。全体の背格好や身体つきは、テティより大人びているが……中身については幼く思えてしまった。それとも情緒不安定なのか? 落ち込む隣人に話しかけず、ちらと目線で金属に訴える。
本当のロボットと異なり、情感をくみ取る能力はあるらしい。従業員として、客二人の間を取り持つ。
「心中お察します。が、30代は子供です。大目に見てやってください」
「いや、30代は大人じゃろ……」
「エルフ基準では、まだまだ子供です」
「そ、そうか……」
地球の基準が通じないことに戸惑う。こっちの基準はよくわからない。ここは無難に合わせておく方が、厄介ごとを避けれるはず。なのだが……このまま黙っているのも気まずい。無難な話題を振ることにした。
「わしはセイランと言う。昨日から一か月、この宿で世話になることになった」
「え? あ! そうなんですね!! よろしくです!!」
さっき落ち込んだのはなんだったのか。一瞬でテンションを高めてくる。この馴れ馴れしさは、孤独に生き続けた男には頭痛がする。シエラ以上にやりずらい。
言葉にできない淀みを隠し、無難に無難に話を繋ぐ。
「お主はどれぐらいじゃ? ハーモニー、と言ったか」
「ニーニーって呼んで下さい!」
「すまん、初対面をいきなりあだ名は……抵抗が」
「気にしないでいいですよ!」
「そういうことではない……」
額に手を当て深く溜息。第一、まずは質問に答えてほしい。感情と好奇心を優先する様は、まさに子供だ。朝から怒鳴り散らす気力もなく、応対に困る。
昨日の内に、テティに詳しく聞いておけばよかった。自分の感覚で、どこまで物を語っていいのやら……困り果てた晴嵐と、勝手に笑みを作るハーモニーへ、亭主がオムレツの皿を差し出した。
「ニーニー! セイランさん困ってるぞ。とりあえずメシ食って落ち着け」
「だってー新しい人ですよ! 今日はいい日ですよ! あははー!」
「あはは、じゃねーよ! お前それで二年前、亜竜の客にボコられたの忘れたか!?」
「最後は仲良くなれましたよ?」
「ダルくなって適当に扱われただけだ。声をかける相手は選べ……」
亭主も亭主で苦労しているのか、両目を閉じて肩を落とす。ちらと晴嵐と合った瞳が、暗に「諦めろ」と語りかけていた。ハーモニーに聞こえないよう、ぼそりと囁く。
「……難儀しておるな」
「……最初より良くなってる。辛抱してやってくれ。悪い奴じゃないんだが……」
「そうか……」
周りの視線も何のそのと、話題のハーモニーはオムレツを頬張る。
自由奔放に過ぎる隣人に、もう一度深々溜息一つ。朝一番から気落ちした己に、無理やり前向き思考で持ち直した。
(いけ好かんヤツじゃが……この辺りの話は聞けるか)
感情的な子供と割り切り、上手い事くすぐってやればよい。テティのみに依存せず、自分の判断で世界と向き合わないでどうする。この村にずっといるかもしれないが、移動するかもしれない。未来なんて、結局誰にも読めないのだから……
ほどほどに食事を進めつつ、表情を作り隣の人物に絡みに行く。この世界の足場を、一つでも固めていくために。
「なぁ、ニーニー?」
「はい!」
「この村の事教えてくれるか? 何せ入ったのは数日前でな」
「いいですよ!」
無警戒な笑みがうるさい。指先が何かに震えている。
平穏で、無警戒で、打算のないハーモニー。見つめるほどに湧き上がるのは、シエラ以上に燃え狂う嫉妬だ。
(落ち着け。情報収集じゃ。必要なことじゃ……)
彼は必死に押し殺し続けた。胸に燻る、己の衝動を。
用語解説
ハーモニー・ニール
黒に近い、濃い緑色の髪に、尖った耳と金の目が特徴的なエルフ。三十代のようだが、この種族では『子供』らしい。




