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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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帰還した男

前回のあらすじ


遠回しに『文明復興組』との合流を誘われるが、感覚が合わないから、集団への恐怖があるからと晴嵐は断る。が、彼らの活動に理解を示し、協力は続けると言う。昔話も交えていると、ふと晴嵐はかつての拠点『豊橋農場』の様子を尋ねる。侵入しても問題ないと確かめ、友人の三島と別れた。

 住宅街の中を、オンボロ軽トラックが徐行していた。

 荷台は空で、助手席も人はいない。ガタガタと揺れる車両を運転するのは、片腕と片目のない老人だ。


「ふーっ……」


 本当なら、免許など取り上げられて然るべき身体状況だが、日本国憲法はとっくに機能不全。昔なら人の飛び出しを警戒するシチュエーションだが、子供も大人も数が減っている。住宅街も壁面にひびが入り……いや、それを通り越して、一部のブロック塀は完全に崩れてしまい、荒れ果てた住居を野ざらしにしていた。速度を出してもお咎め無しの環境だが、彼が速力を出せない理由はいくつかある。

 敵の警戒はするが、主な要因ではない。それ以上に車の操作ミスが怖い。片腕を失った分、ハンドルを回す手は重く感じる。基本的に逆手で握り、力を入れて慎重に車両を操作していた。


「おっと!」


 ガコン! と激しく車両が揺れた。何かのガレキか、ひび割れて隆起した道路の突起を踏んだらしい。すべての道路はもう『道路だった』と過去形で述べるしかない。

 新しくコンクリートを継ぎ足す事も、ロードローラーで補修する事も無ければ、たとえ道路であっても劣化する。植物はたくましくも厄介なもので、舗装の下から突き破り、いくつも芽を出していた。

 おかげで道路は山ぼこ状態。下手に速度を出そうものなら、上下振動で悲惨な事になる。今の身体では操作も怪しいから、追突事故の危険性が高い。よく使う通路ならともかく、この朽ちた住宅街は……あらかた資源と取り尽くしたのだろう。放置されて久しい『元』住宅街は、もはや人が暮らしていたとは思えまい……


「その内、人類が生きていた痕跡も……」


 雨に打たれ、風に吹かれ、すべての物質は風化し摩耗していく。いずれこれらの建物や構造物も、錆びて崩れて何も残らないだろう。

 徐行を続ける晴嵐の胸に、冷たく寂しい風が吹いた。それは自然の摂理と納得するしかないのだが、されどやりきれない思いを抱くのは何故だろう?

 きっと晴嵐の目に見えぬ所で、人々の社会は、知識は、文明は……地球がもたらす摩耗と戦っていた。住宅も、道路も、各種生活インフラも……誰かが役割を持って、職務を遂行したからこそ、機能していた。

 それがどうだ? 誰も手を入れなくなった途端、あっという間に朽ちていく。人類が滅亡する創作物も記憶があるが、実際に目にすると中々精神的にクる話だ。


「確かに……何も残らないのは、悲しいな」


 誰にも聞かれないからか、晴嵐の本音が口を出た。

 今だからこそ分かる。人類は確かに間違えた。が、こうして発展した文明を維持し、鉄もコンクリートも、電子機器も使いこなしていた地球文明。そのすべてが風化して消えてしまうのは、確かに惜しい。これから向かう先に、何か残っていれば良いのだが……走らせる車の窓に、ちらりと映った住宅に鼻息を鳴らした。

『三島家』――友人の暮らしていた廃墟を通り過ぎた。若いころ安否を確かめに、必死に命がけで飛び込んだ記憶が蘇る。あの時よりさらに風化の進んだ家を通り過ぎ、ついに晴嵐はその入り口に辿りついた。


「…………荒れ果てているな」


 予想内であるものの、荒れ方は晴嵐の予想外だった。

 周囲の建物はバラバラに『破壊』された痕跡がある。まるで爆撃か、砲弾でも直撃したかのような有様だ。

 ここでも『文明復興組』が、激しく戦闘を繰り広げたのだろう。ここから先にある物を考えれば、本当は救出部隊として派遣された者達が、前線基地を築いていたのだ。

 助けようと出撃した彼らを出迎えたのは、怪物と化した人々――やむを得ず銃撃を浴びせ、爆弾を使い、火炎瓶を投げつけた。もし『三島家』を見落としていたら、ここが『農場』の入り口と分からなかったかもしれない。


「酷い有様だ……」


 悲惨な光景は、何度も目にしてきたつもりだが……すべてが沈静化した戦地もまた、虚しさを感じさせる。それがかつて通っていた、拠点の入り口となれば……悲しみはより深くなる。揺れる軽トラックは、時速10キロ以下の超低速。爆発物の影響で、ブッ飛んだ舗装が酷い。

 周囲の住宅も余波で崩れ、木造建築はいくつも倒壊していた。トタン屋根の家も見事に崩れてしまい、他の家も今にも倒壊しそうに見える。

 おかしい。この辺りで晴嵐は合流を図って……片目を失った付近の筈だ。距離的に間違いないのに、全く自信が持てない。銃弾と爆発、そして業火の名残りが漂い、戦闘の激しさを物語っていた。


「でも……奥の方は無事か」


 遠巻きに見える『豊橋農場』の看板も倒壊はしていない。農場の倉庫や寮もダメージを受けた様子が無い。きっと『文明復興組』のお人よしが、良い方向に働いたのだろう。生存者が立てこもる可能性を考え、施設への攻撃は控えたのだ。


「三島の話通りなら……生存者も探したし、使えそうなブツも回収したと言っていたが……」


 晴嵐は想像する。

『文明復興組』の理念を考えれば、物より者を優先したはずだ。物資については、深く調査したとは思えない。目についた物だけ拾って、細かな所まで調査していない可能性が高い。


「……ただいま」


『豊橋農場』の入り口を通り過ぎた時、ほとんど無意識に発言する晴嵐。

 答える者は、誰もいなかった。

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