作戦完了後⋯⋯
前回のあらすじ
処置により切断された左手は、文明復興組の中で標本として保管された。理由を問うと、人類の痕跡を少しでも残す為……だと言う。遺伝子情報も含めて、地下に保管し、次世代の知性に人類の記録を残すと。
今後の活動において、晴嵐への注文は『歴史や学問の本』腕を無くし、老いた晴嵐は『限界はある』と伝えつつも、断りはしなかった。
多くの人の血と涙、無数の屍を積み上げ……文明復興組はついに、本拠点三十キロメートル圏内の安全を確保した。
最初の一週間を超えれば、徐々に化け物の数が減ると……文明復興組の作戦立案者は予測していたが、予想に反して二、三週間は激しい連戦が続いた。夜間の攻勢は凄まじく……人員、武器弾薬、医療物資の消耗が続き、不穏な影や壊走の恐怖もチラついたらしい。
されど、流石に無制限に敵が湧いて出る……なんて事はない。長く苦しい戦いは、一か月の時を経て反転攻勢に転じた。潜伏する『吸血鬼』と、夜間の襲撃を完全に乗り切り、ついに撃滅に成功する。
さらに……これは嬉しい誤算だが、三十キロ圏外の吸血鬼も、個体数を大きく減らしたようだ。
最初こそ安全圏を確保した内部を、人員を割いて見回りを続けていたが……外部から侵入する化け物の数が、極端に少ない。この現象に対して『元終末カルト』教団員は、このような解釈を加えた。
「恐らく……神は我々を、本気で絶滅させにかかった。最近の『吸血鬼』の活性化は、これで説明できます。我々教団員の儀式の失敗が、この事態を引き起こしてしまった。
そこに……あなた方が滅びの、いえ、吸血鬼の殲滅戦を実行した。神にしてみれば生意気に映ったのでしょう。あるいは神も『人類よ受けて立つ』と、吸血鬼をけしかけたのかもしれません。どちらにしても神の操作により、周囲の化け物を前線基地に集結させたのでしょう。それを乗り越えれば……」
反動で、近辺から化け物が消えた事にも説明がつく。予定と異なった……敵の激しく、継続した襲撃とも整合性が取れる。当初の計画では……夜間は基地で耐え忍び、昼間に隠れた敵を積極的に駆逐する方針だった。
何はともあれ、これで近辺の安全は確保。稀に吸血鬼が迷い込んで来るが、ごく少数がうろつくだけ。そして彼ら『文明復興組』は――『人類の史跡を残す』活動を開始。それは滅亡の決定した人類の、せめてもの意地だったのかもしれない。
記録は日本語、英語の二言語によって成された。習得難易度の高い日本語の記録は、後々の文明に解読を難しくすると予想された。その点英語は、比較的言語としてシンプルな方に入る。習得や翻訳、解読も……『日本語の複雑さ』を考えれば、難易度は低い。
残すのは様々な知識。数学、科学知識全般、そして人類の最大の過ちである『核』についても……その脅威を語り、残し、次の世代に必死に語った。『同じ過ちを繰り返してくれるな』と。
そして最重要項目として……『人類の標本』及び『人類のDNA配列』の記録と保存を実施した。夢物語という意見もあったが、しかしその願望を捨てきる事も出来ない。
すなわち――遥か未来『次世代の知性』が生まれた時……この標本とDNA情報を元に、人類の復活と再生の希望を託す。
それは祈りですらない祈り。願望と呼ぶにもあまりに儚い。
『次世代の知性』の誕生が、いつになるか分からない。そもそも、今回の核兵器により、地球は多大なダメージを負った。次世代誕生の芽を、他ならぬ自分たちで摘んでしまった可能性さえ考えられる。
仮に……仮にこの崩壊した世界を乗り越えた生命が進化し、知性を獲得する希望が叶ったとして……その月日は膨大になるだろう。それまでに……保管した物品が、完全な状態で受け渡せるかは怪しいものだ。
これは『人類のDNA情報』に留まらない。文明復興組は紙媒体、電子媒体、カセットテープなど……行使できる記録方法のすべてを用いて、人類情報と知恵を保管。特に電子媒体については、容易に複製が可能な事もあり――本拠点のみならず、第二候補、第三候補の保管所を設立。内容が被った本や、磁気テープ媒体などに防護処置を施した上で保存を開始。安全の確保は非常に大きく、活動自体は順調に思えた。
しかし――かくも人とは愚かなものか。不和は着実に育っていたのだ。
「嘘だろ……それ本当なのかよ横田さん!?」
場所は文明復興組、人物は『元覇権主義者』で奴隷身分だった男――そう、晴嵐が地下で共闘し、最後にまとめ役を『やむを得ず殺した』と主張した、あの男だった。
「そうだ……もう、この世界は戻らない。文明の復活に必要な人の数を割ってしまった。人類の絶滅は決まって……オレもう疲れちまったよ……」
言葉を交わすのは『横田』――元『終末カルト』に属する男である。心底疲れ果てたその表情に嘘はない。自分の抱えた感情に耐え切れず、周囲の人間に漏らしているようだ。
一方、元覇権主義者に属していた奴隷は、話を聞いて狼狽え吠えた。
「ここは『文明復興組』だろう!? こんなの掲げた理想と違うじゃんか! 約束が違う!!」
「ゴメン、それをオレに言われても困る」
「あ、あぁ、そっか。アンタは元『終末カルト』所属だっけ……で、でも、それならどうする気なんだよ、ココは」
「未来の為に、人類の記録を残すって……」
「意味ねぇよそれ!!」
奴隷は吠えた。切羽詰まるその様は、飢えた狼のようであり……少なからず狂気を抱いていた。
「死ぬんだよ。俺達は。みんなみんな、無意味に無価値に死ぬんだ!」
「それは……」
「だったらよぉ……どうせ死ぬなら、んな上等な事言ってる場合じゃない! 死ぬ前に……好きなように生きて、好きなように死のうじゃねぇの! どうせ死ぬなら……自分が贅沢して死にたいじゃんか! 違うか!?」
遥か遠い未来より、今この世界での自分を満たす……どうせ誰も見向きもしないなら、せめて自分の欲望を満たしたいのも人であろう。
そう……『破滅』の予兆は、内部で静かに育っていたのだ。
来るものを拒まず、かつての敵対者さえ受け入れていた『文明復興組』の中で。




