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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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作戦の成否

前回のあらすじ


左腕の切断が決まり、晴嵐は前線から引き下がる事に。最後に地獄に残るメンバーと言葉を交わしつつ、晴嵐の意識は失われた。

 完全に意識が落ち、次に晴嵐が目を覚ました時は――『文明復興組』の本拠点。マンションを改造した基地の一角で寝かされていた。

 清潔にしようと努めているカーテン、少しだけ床から高いベッド、崩壊前と異なり心電図やら酸素マスク、点滴も投与されていない。

 それでも、老いた男が覚醒したのは……当人の気力と体力だろうか? ゆっくりと身体を起こすが、いつかと同じように、異常に体が重くて仕方ない。


「……あぁ、また無くしたか」


 加賀老人の処置から目覚め、右目を失った時の事を想起していた。あの時のように……体の一部を欠損する感覚。現実を拒絶しようとする心に喝を入れて、ゆっくり晴嵐は左目で、左手を眺めた。

 肘の所に、グルグル巻きにされた包帯がある。試しに左手を握ったり、開いたりしようとするが……すっぱりと感覚が失われ、筋肉が駆動する腕の中の感触が何もない。無意識に流れる信号が、虚しく左肩と肘までの筋繊維が無意識に動いた。

 試しに右手を握って開いて、正常な手の感覚を意識する。残された腕と、失われた腕の差を理解し、改めて喪失した事実を受け止め、静かに一筋涙を流した。


「――晴嵐、目を覚ましたか!」


 病室区画に来るのは、かつて同じ大学で学んだ友人、三島。若いころのチャラ付き具合は消えて、今はすっかり真っ白な頭髪だ。改めてまじまじと見つめると、老けたな……と思う所が多々ある。自分にも跳ね返る言葉を飲み込み、ただただ晴嵐を案じる男に、左腕を見せつけて返した。


「なんとかな。腕は……ハハ、見ての通りだ。フックでもつけるか?」

「晴嵐……悪い、ちょっと触りずらい」

「そうだな。もう触れない。お前も……俺からも……」


 晴嵐は失笑気味、三島は何も言えなかった。空気を変えるブラック・ジョークのつもりが、どう考えても空回り。結局晴嵐も目を逸らして、周囲の人間を見つめて告げる。


「……腕なだけマシなのかもしれない。足じゃもっと致命的な事になったし、一応は生きている」

「それは……そうだけどさ……」

「……わしの容態は、これ以上は良くならん。それより……どうなった、現状は?」


 晴嵐は腕の処置の後、文明復興組の車両に乗せられ、本拠点まで引いた。晴嵐にしてみれば、時間の経過は一瞬だが……時間について把握しておく必要がある。そして、吸血鬼殲滅戦がどうなったかも。

 三島は努めて明るく、そして無理なく笑って見せた。


「晴嵐の担当は……東側か。確か、駅周辺から掃討が完了しつつあるそうだ。ピークは晴嵐が下がる三日前ぐらいから……敵の数が減って、今は随分楽になった」

「……わしは三日寝ていたのか? 最後の日もキツかったが……」

「いや、晴嵐は一日と少しだ。メンタルの問題だと思うぞ……腹減ってないか? 粥か何か持ってくる」

「……助かる」


 手術後の栄養補給……本当は点滴がベストなのだが、部外者に贅沢をさせられないのだろう。それでも放り出されず、処置を受けれるだけマシなのだろう。

 ――必死に『一番の最悪よりマシ』と言い聞かせねば、現実への愚痴が出てきそうになる。不毛な慰めと言えばそうだが……不幸な事故に遭遇したからと言って、流れる時間は止まらない。そして残酷な世界は、晴嵐の都合で動いてもくれない。暗闇でうずくまる時間など無い。すぐに現状を把握し、立ち上がれば、すぐに死は人の下にやってくる――

 死神を跳ねのけるには、知恵と体力、そして気迫が何よりも重要となる。勿論気合だけですべてを解決できない。されど精神の力が、全く何も影響を与えない……とも、断言できない。そして英気を養うには、やはりメシが一番だ。ほどなくして三島が、お盆と器に粥を載せてやって来た。


「ホントに病人用の粥だなこりゃ。米粒一つ見えない」

「胃も弱っておるし、ありがたいよ」


 ほとんどペースト状に近い粥に、木製のスプーンを右手で握る。左手で器を持とうとして、虚しく空を切った。

 ――しばらくは、慣れそうにない。悲しみに飲まれる前に、適当な話題で気を紛らわせた。


「他の戦線はどうなっている? わしの方面は順調でも、他が押されていては……」

「それは大丈夫。北側がちょっと危なかったらしいが、最後は持ち直したって。作戦は……概ね成功だよ」

「そうか……概ね? 何かマズい所があったのか?」

「マズいってほどじゃないが……えぇと『吸血鬼掃討戦』は完遂に近い感じ。もうすぐこの一帯からは殲滅できる。でももう一つの方が……」

「もう一つ? 何だったか……」

「……『終末カルト救出作戦』の方」

「あぁ……」


 正直な所、晴嵐は全く興味が持てない。奴らが滅亡した所でどうでもいい。本音を言えば『さっさと滅びろクソ野郎』とさえ思うが、お人よし共の前では言えない。顔色の悪さからして、メンバーまで巻き込まれたか? あまり興味無さそうな晴嵐の態度に、むしろ三島は安心したのか、内容を話してくれた。


「終末カルトは……どこも酷いモンだ。今の所、救助者はどこにもいない」

「……全滅か」

「あぁ。やっている事は『吸血鬼殲滅戦』と変わらない。救助用の装備は意味が無かったよ。残った物資は回収できるけど……」


 それは、自分たちの本懐ではない。人の救助が間に合わなかったと、悔いを僅かに匂わせている。因果応報と割り切れないのは『文明復興組』特有の人の好さか。

 などと、晴嵐が勝手に解釈をする中――突然三島は、狂人めいた言葉を晴嵐に寄こす。


「まぁ……色々と残せそうな資料も見つかったし、無意味な作戦じゃ無かったと思いたいがね。あ……あと晴嵐。事後承諾になって申し訳ないんだけどさ……お前の切断した左手も、保管させてもらっている」

「あん?」


 腕は砕けた骨で、完全に使い物にならない状態だ。晴嵐の目にも理解できるが、一体そんなものを保管して何になる? ちょっとばつの悪そうなその顔が、晴嵐には不気味に感じてしまった。

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