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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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戦線離脱

前回のあらすじ


銃撃されたと悟り、敵の位置を探るが……晴嵐の腕を撃ち抜いたのは、文明復興組の誤射だった。夜間の連戦で、集中力を欠いていたのだろう。不幸な事故と割り切るしかないが、間違いなく左手の損壊は致命的。切断を覚悟する。

 夜は明け、朝日が地表に降り注ぐ。雲一つない快晴は、人類にとって恵みの雨に匹敵した。いくら活性化した吸血鬼でも、太陽光を忌避する性質は変わらない。今日も生き延びる事が出来た者は、自らの生に胸を撫で下ろした。

 が、何もかも綺麗にまとまりはしない。負傷者や死亡者の確認、防衛線の損耗度合い、装備品の消費など、一夜を明ければやる事は山積みだ。確認の中で……と言うより、ほぼほぼ終わりかけの状況で晴嵐は、負傷者枠の中にいた。

 片腕をライフル弾の誤射により、完全に潰されてしまっている。気力を振り絞って後退した彼は、その後処置を受けた上で、前線から撤退する事が決まった。


「晴嵐さん……腕を落とす。他に方法は……」

「分かっている。さっさとやれ」

「……すまない」


 やたらと空気が湿っぽいのは、名誉の負傷ではなく、不幸な事故だからか。とっくに割り切っている晴嵐を目にしてか、それとも腕の悲惨さに歯がゆい思いをしているのか。

 ――どうでもいい、とは言わない。現状は軽い痛み止めも投与し……今は多少痛みが緩和している。左の肩を強く圧迫して止血し、傷口も最低限塞いで消毒も終えた。

 が、すべて『左手の肘から先を切り落とす前提』の処置で……まだら色の左手は、ますますその重篤具合を増していた。このまま放置すれば、化膿や感染症などを引き起こすだろう。摘出されない弾丸が、金属中毒症状を引き起こし、最終的に左手は、病原菌や雑菌の温床となり、晴嵐の命を奪うだろう。


「……処置後は多分、あなたが眠っている間に……移送車両が来ると思います。交代要員と、負傷者の入れ替えです」

「……わしはもう、お役御免か」

「腕を無くしただけじゃない。処置後じゃ体力や気力だって落ちています。そんな状態で戦える訳……」

「やり様はある。別に足を引っ張る事は……」

「こっちが気まずいです」

「…………」


 勝手な言い分だ……と感じるのは、晴嵐が独りに慣れ過ぎた弊害だった。他者の心理に対して、時折疎い傾向が見受けられる。すべきこと、やるべきことを優先するあまり、自分の負う痛苦や、周辺の心情を軽視する傾向があった。

 厳密には『無関心』と呼んだ方が、より正確な表現かもしれない。

 ――外部との交流こそするが、晴嵐は基本的に独り身だ。他人の心情や感情について、深くは踏み込まない。相手の主張をぼんやりと理解した上で、程よい距離感で交流を取る。そうした態度の奥底にあるのは、崩壊と裏切りのトラウマだ。


(他人が何考えているかなんて、全く分からん。考えていたって、正しく行動できない奴だっている。今回みたいに……悪意の欠片も無く、不幸な事故が起こることだって……)


 反面、全く反省されていなければ、それはそれで腹が立つが……今回晴嵐の受けた損失は『不幸な事故』で割り切れる範疇を超えている……とも、思う人間もいるだろう。

 が、ここでゴネた所で、晴嵐の腕が回復する訳じゃない。心象が悪化するばかりで、後々に良い事は何もない……じくじくと疼く左手の痛みに押されても、晴嵐の理性は……悲しいほど強靭だった。


「………………すまん。一足先に上がる」

「あなたが謝らないで下さい」


 ――ふと、不吉い想像が晴嵐の脳裏を過ぎる。

 本当は……こいつらは、晴嵐の殺害を目論見たのではないだろうか? 事故に見せかけて、暗殺を試みたのではなかろうか? 仕方ない、と思えるだけの環境を作って……本当は一撃で殺害する予定だったのではなかろうか?

 あり得ない。この環境下では晴嵐も戦力の一つ。わざわざ自前から人員を削る理由も無いし、日ごろも不愛想だけれども、距離を取って接していた分、恨みを買う事も少ない。手元に物資があるなら奪われる危険もあるが、今の晴嵐は大した量を携帯しておらず、持ち込んだ物資は既に消費済みだ。


(……わしもこんなもんか)


 人間――何か自分に悪い事が降りかかると、どこかに原因を求めたがる。どこかで『回避できたはずだ』『何かか、誰かが悪いのだ』と、考えようとする。それが例え……誰のせいにも出来ない、不幸な事故であったとしても。


「……頼むぞ」


 疑い出せばきりがない。これで麻酔と称して毒を盛られていても、晴嵐は彼らを頼るしかないのだ。このまま殺されたとしても、抵抗する方法もない。選択肢はない、信じるしかない、理性でどれだけ言い聞かせようとも、胸の中から湧く疑心暗鬼は、簡単に止められない。

 ……不安が表情に出ていたのだろう。後ろから入って来る医者役――もちろん免許なんて持ってない――が、努めて明るく『大丈夫』と声を掛けた。


「……どうしようもない負傷者より、大丈夫だ。十分生き延びられる目はある。気力を保ってくれ」

「気合だけで、どうにかなるとでも?」

「病気や怪我、本当に命に係わる場面だと……馬鹿に出来ない」

「……そうかい」


 多くは語らない『医者』だけど、その瞳に絶望の色はない。辛気臭い空気を纏っているソイツは……きっと晴嵐より、ずっと致命的な負傷者を見て来たのだろう。

 一瞬で絶命するよりマシ。助からない致命傷を負って、長く苦しむよりマシ。客観的に見れば――片腕一つの損失で済んだだけ、ありがたいと思わねばならぬ。

 意識を失う直前……晴嵐の左腕が、虚しく疼いた。


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