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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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不幸な事故

前回のあらすじ


長きに渡る夜間戦闘で、防衛線メンバーの疲労はピークに達しつつあった。もはや手段は選んでられない。化け物の死体を薪にして、地獄の業火で進撃を阻む。煙と臭気を嫌った吸血鬼を追撃し、怖ろしい夜を今日も超えれたと思ったのだが……瞬間、一発の銃声と共に晴嵐の左手が……

 何が起こったのか、すぐには理解が追い付かない。肘付近から激しい鼓動音と、激痛が脳髄をほとばしる。灼熱がだらりと溢れて、自分の命が削られていく。ぐらりと揺れる視界の中で、何とか晴嵐は思考を巡らせた。

 射撃された? 一体どこから? 誰に? この付近で、しかも夜間に人間をわざわざ銃撃する? あり得ない。二重の意味であり得ない。状況もそうだし、狙撃可能なポイントだって……ほとんど昼間で索敵と捜索を終えている。第三者からの攻撃は……たとえ銃器であろうとも、考えにくい。

 ぐらりと揺れる身体。左腕の負傷が酷いのだけは確か。敵の位置は? 何処に逃げる? いやそもそも、このままでは吸血鬼にやられてしまうのでは? 肉体に走る激痛と、不意打ちの衝撃に頭がくらくらした。


「ぐっ……!」


 それでも、足への負傷はない。大量の出血に目眩がするが、このままこの場に留まるのは危険すぎる。くるりと反転し、防衛陣地側に危うい足取りで動いた。

 紫外線ライトが晴嵐を照らす。空はうっすらと白み、もうすぐ夜は明けるだろう。終わり際の中で、念のための援護と思っていたが、次の瞬間に聞こえた大音声に、絶望を深く味わう事になる。


「待って! その人はおじさ……晴嵐だよ! 吸血鬼サッカーじゃない!」

「え……う、嘘だろう!?」

「早く! もう吸血鬼共も引いている!」


 ――どうやら、化け物と晴嵐を誤認したらしい。差し迫る敵に向けて、狙撃銃を叩き込んだつもりが……晴嵐の肉体に弾丸を撃ち込んでしまったらしい。運が悪いとしか言いようがない事態で、周辺が焦り駆け寄ろうとする中……ギロリと睨んで男は喝を入れた。


「馬鹿者! まだ隠れた奴らがいるかもしれん! 警戒を続けろ!!」


 疲弊と恐怖、罪悪感を吹き飛ばす一喝。他らなぬ負傷者の晴嵐が、冷徹に現状を見つめている。自分一人の為に、周囲の人間を危険に晒せない。痛みに喚き膝を折るより、彼は現実に抗う事を止めなかった。

 無事な足をなんとか動かし、危険な前線から離脱を目指す。左腕の出血は止まらず、複数の棘が肉体の中で弾けて、中身をかき混ぜられたかのような……極めて重篤な痛苦が、左手が揺れる度に晴嵐を嬲った。

 ……悲しいがな、走る際に腕を振るのは、人として自然な動作。つい無意識に動かそうとするたびに、晴嵐は唇を無理に噛むしかない。恐らく悲惨な状態だろう。出来るだけ遠くを見て目を逸らし、今この場を脱出する事だけを考えた。

 前線から遠ざかる晴嵐と入れ替わりで、他のメンバーが化け物に対応する。ゆっくりと上る朝日に照らされる中、奥のバリケードを乗り越えようとして、立ち止まった。

 左手で乗り越える事は出来ない。出血で濡れた腕はもう、まともに力が入らない。右手で握った刃物を収納し、片手で乗り越えようとした所で、他のメンバーがバリケードの一部を避けた。


「うっ……!? これは……」

「……なるほど、酷い状態か」


 今まで目を背け、生き延びる事を優先し、必死に逃げてきた晴嵐。ひとまず安全を確保し、次に対処すべきは己の傷。半分恐る恐る首を動かすと、銃弾を受けた左手の惨状が、晴嵐の目にも届いた。

 ――ライフル弾一発の負傷は、急所以外であれば『銃弾の傷としては』軽度になりやすい。遠距離を空気抵抗に負けずに飛翔し、防具ごと貫通する性質を持つスナイパーライフルは……人間の肉体も容易に貫通する。

 だが……晴嵐は極めて運が悪かった。左手の肘関節に、狙撃銃の弾丸が当たってしまったらしい。骨に着弾したライフル弾は、カルシウムと鉛を体内でまき散らして、晴嵐の身体に残留しているようだ。


「ははは……『運がいい』な」


 肌の色は内出血と、外に出た真紅でまだら色。どう見てももう……左手は使い物にならない。今後の事を思い浮かべても、不思議と憂鬱にならない晴嵐は、ある種狂っていて、合理的だった。


「……すまない。俺達のせいで」

「……不幸な事故だろう」


 ――夜間の戦闘。しかも二週間以上、張り詰めた環境での戦闘。高台から見つめる狙撃銃の使い手が、吸血鬼と人間を見誤ったとしても、不思議はない下地があった。

 化け物をぶち殺し、奇妙な余韻に浸った己も愚かだったが……疲弊故に目測を誤ったのだろう。腕の良い射手なら、立ち止まった晴嵐の頭や胴を撃ち抜けた筈だ。

 疲弊故に晴嵐を化け物と誤認し、疲弊故に致命的な箇所に弾丸を食らわずに済んだ。

 出来るだけ、男は冷静に、理性的に考えようとする。今も左手の苦痛は止まらないが、泣き言は決して口にしない。もう事態は起きてしまった。悲鳴を上げて、運命を嘆いて、それで傷が癒えるならそうする。が、そんな悪意や悲鳴が何の役に立つと言うのか?


「す、すぐに手当てする! 血を止めて、それから……」

「麻酔は……残量あったか!?」

「分かんねぇよ! でも……これ、治せるのか……?」

「……無理、だろう。弾が外に抜けてない。骨に当たって、乱反射してる。酷い事になってやがるよ」

「うっ……!?」


 そんな中で、冷静に淡々と語る晴嵐にぞくりとした。パニックも起こさず、恐怖に飲まれる事も無く、ただ強い理性で……強すぎる理性で何もかもを抑え込んで見せている。

 だから彼は、麻酔について語った奴にこう言った。


「麻酔を使うのは……わしの左手を落とす時にしろ。名医様がいれば、治せるのかもしれんが……無理だろ」

「…………」


 ――医療物資もそうだが、医者も貴重な人材である。もう高等な処置は施せない。けど、このまま放置すれば壊死する事は分かる。だから……

『銃弾にやられた左手の肘から先を、切り落として止血するしかない』

 極めて大雑把な処置。けれど、死なないようにするには、他に思いつく方法が無い。

 誤射から始まったこの悲劇に、ただただ『文明復興組』の面々は、俯くしかなかった。

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