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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第二章 ホラーソン村編

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夢はどれだ

前回のあらすじ


禁域に踏み込んだオーク達。謎の集団に襲撃されてしまう……

長い夜は明け、宿で眠る晴嵐の場面から、二章は始まる

 青い空、整然と広がるアスファルト。安心安全の施工技術で建築された家に、清潔な壁紙が内部に張られ、室内は水道にガス、電気などのライフラインがいつでも使える。

 現代社会の当たり前の中、その青年は両親と言い争っていた。

 ――大したことではない。大学への進学が決まり、最寄り駅の寮へ引っ越すだけの事。彼が進学する理工系の大学は、特に母親からの受けが悪かった。

 確かに調べてみると、有名企業への就職は少なく見える。

 少しでも未来で苦労しないようにと、母なりに配慮しているのだろうが……彼はもうある種、うんざりしていた。

 一体誰が、未来を予測できると言うのか。自分なりに考え、道を選び、人生を決めることの、どこが悪い事なのだろうか。誰も未来なんて保障していない。誰かか「思い描いた」未来しか、未来の事は語れない。だから彼なりに未来を見据え、方向を定め、進む大学を決めた。

 学力はそこそこ止まりで、努力すれば上を目指せたとも思う。でもどうしても彼には、自前で道具を製造する職に就きたかった。

 大量生産が基本の世界では、道具を作るのも機械の仕事となりつつある。人が担当するのは設計や、最初の試作品が主だ。高度な工業化が進む現代では、物を作る『職人』は、肩身を狭くしつつある。

 だから……本当は母の言い分が正しいのかもしれない。彼はそのことは何度も何度も、それこそ子供に言い聞かせるように、懇切丁寧に説明した。

 なのに一度も、子である彼に理解を示してくれなかった。

 説明を繰り返すうちに、彼は母を理解してしまう。出来れば気づきたくなかった、残念な母親の心理に。

 母はただ――『子供が心配なだけ』なのだ。そして出来るなら、いつまでも面倒を見て、可愛がり続けたいだけなのだ。

 だから――子供が理性的に、道筋を立てて……自分の思い描くビジョンを説明しても、『感情的に不安に駆られた母親』は説得できない。そのための時間はすべて、ただ不毛に終わるだけ。

 父親に説得を頼んだが、ほとんど効果は上がらなかった。

 一応は動いてくれたものの……仕事に疲れ、彼を今まで養ってきた父は「父親の役目を果たしている」と言う顔で、後は自分で何とかしろと丸投げした。

 放任主義と紙一重の無関心に、青年の彼も腹を立てる。しばらく口もきかず、ひそかに自立の計画を立て、連絡先もまともに知らせず、一人暮らしを実行した。

 親不孝者、なのだと思う。世間一般の常識では、誹りを免れない。重々承知の上で、彼は――若き日の晴嵐はその家を飛び出した。

 それで正解だったのかは、今でもよくわからない。

 喧嘩別れの言い合いが、最後の親子の会話だった。


***


 なつかしい現実ゆめだった。

 文明が壊れる前の、平和な西暦の時代。令和に変わった直後の世界……あんな些細な言い合いに、真剣に苦悩できた時代……

 何もかもがブッ壊れる経験の後では、実に微笑ましくて下らない。誰だって自分の感情が、自分の生存が、自分自身が一番だ。それがたとえ、血を分けた親であろうと変わらない。

 親だから? 子供だから? 友人だから? 常識的な世界でも、時に人間関係は鎖の様に足を取られる。火事場に至れば尚更で、子が親を、親が子を、友人同士で縁を引き合いに出し、利用して使い捨てるのも『よくある事』だ。


(やれやれ、あの二人を見たせいか?)

 

 親子関係に未練でもあるのだろうか? 腐り果てたこの自分に?

 惰弱な心に喝を入れるべく、冷徹な自己分析を己に突きつける。

 断言できる。あの時、独り立ちを選択していなければ、晴嵐は間違いなく死んでいた。独立で手にした知識や技術は、あの世界でも、今この世界でも、晴嵐の血肉になっている。

 一人になる事で得られる感覚。『自分で考える』『自分で行動する』ともかく『己を動かす』習慣はどこでも役に立つ。誰かが世界を救ってくれるのを、誰かが自分を救ってくれるのを待つようでは……そんな人間は真っ先に死ぬ。よほど運が良くない限り。

 無価値な物より有意義を優先する。物であれ人であれ、基準はさほど変わらない。待機の傾向のある人間は、余裕があれば養われるが、緊急時には真っ先に足切りの対象だ。

 

(客観的に見ても……わしの親は切り捨てられる側じゃろうな)

 

 今の晴嵐の基準でも、助ける価値はさほど見いだせない。どこにでもいる凡夫止まり。長く付き合えば特徴も見えてくるが……言い換えれば『身内以外には、すぐには特徴がわからない』

 どこにでも替えの利く、ただの石ころ。完全に無くなると不便だが、一つや二つならさほど気にならない。両親という贔屓目を失えば、客観的に見てつまらない人間だった。

 仮に合流できたとしても、養う価値は低い。ようやく納得した心情に、ひやりと冷たい自分が囁く。


“ならばなぜ……そんな下らないモノに、こんなに心を乱しているのか。時間と思考を、ここまで使う価値がないじゃないか――”

「うるさいっ!」


 叫んでから、しまったと青ざめた。

 誰もいない世界に慣れ過ぎた弊害だ。いくら叫ぼうと、何をしようと、それを咎められる恐れがない。人目のない世界では、自制心は衰えてしまう……


「……クソッ」

 

 己自身に、痛烈な悪態を吐いた。

 もうここは、あの世界じゃない。灰色に朽ちていくだけの、希望のない砂漠ではないのだ。

 ふともう一度、余計な思考が囁く。


“一体どこが現実で、どこが夢なのか”


 科学技術が発展し、無能も余裕で養えた崩壊前か

 感染する異形が人々を襲い、人の世界が壊れた終末か

 それとも……異種族が多数存在し、共存し、未知の技術で発展したこの世界か……

 つい、笑ってしまった。こうして羅列してみれば、どれもこれも幻想じみている。遥か高みで眺める『神』なんてものがいるのなら、きっと大して、違いなんてないのだろう。

 

「ならばわしは……自分で出来ることするだけじゃ。自分で考え、行動し、生きるために歩き続ける。それの何が悪い」


 低い呟きを最後に、迷いを囁く何かは霧散する。

 鼻息一つ漏らしてから、その男は部屋の扉に手をかけた。

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