襲撃の夜
前回のあらすじ
昼まで索敵と化け物の狩り出しを行い、前線拠点に戻る晴嵐。夕暮れ時、襲撃の夜に備えて罠を仕込む。かつて助けた子供が、青年となって罠の再設置を手伝う。軽口もそこそこに、怖ろしい時間が迫っていた……
日が落ちる直前――前線基地で地響きのような音が生じ始める。直後に周辺の街灯と明かりが、一斉に点灯し周辺を照らし出した。
応急で配置した電灯は、ほとんどが通常の電球を用いている。『吸血鬼』が嫌う『紫外線ライト』もあるが……生産、加工が少々特殊な事、電球にも寿命は存在する為に、ごく少数だけが前線基地に配備されている。長い年月を経て、使える紫外線ライトも貴重品となり、少ない代用品でやりくりするしか無い。
「今夜は超えられるだろうか……」
メンバーの一人が不安げな声を漏らす。ここにいるのは30人前後。前日から犠牲になった人間もいれば、別方面で作戦をこなしていたメンバーが、壊滅的打撃を受けたとも聞いている。仕方ないと割り切ろうにも割り切れず、夜が近づくにつれ化け物の気配が闇の中から迫って来る……
東側の銃座に着席し、銃弾を込める。
北と南にも人を配置し、怖ろしい夜に備える。
硬くなる表情。緊張の面持ちの中で、ある少年がほにゃりと笑った。
「まぁまぁ……出来る事をやるしかないって。僕らがみんな死んだとしても、敵を減らせば後が楽になるし? 僕ら三十ちょっとだから……それ以上の吸血鬼を殺しておけば、数的にはプラスじゃない?」
暢気なのか大物なのか、良く分からない発言である。自分が死んでも次に繋がる……今回の活動の主な目的は、確かに少年の言う通り。だからと言って、誰だって命は惜しいものだが……既に割り切りが出来ているらしい。肩の力を抜いたのもつかの間、闇の奥の気配が膨れ上がり、ケダモノの唸り声を上げた。
「――来るぞ! 迎撃始め!」
固定機銃に、ベルト状に伸びる弾帯。弾薬庫と直結した鉄の長身が、瞬く閃光と炸裂音を響かせる。大口径の重火器が、化け物に負けじと雄たけびを上げた。
ドドドドドドドドッ!! と、凄まじい轟音が『吸血鬼』の群れに殺到する。一発肩に命中しただけでも、そのまま腕を引きちぎる程の破壊力……! いくら人外の化け物であっても、この圧倒的暴力の前では雑魚と変わらない。
しかし、奴らが真に恐ろしいのは――その獰猛性だけではない。完全に理性を失い、恐怖さえ失った『吸血鬼』は、仲間たちが鉄の弾丸に撃ち抜かれ、肉塊と化しても止まらない。逃げると言う判断も、生きたいと思う事もなく、ひたすら人間を食い殺すべく無謀な突撃をかける。理性のある人間なら……否、生き物であるなら不可能な行為を『吸血鬼』はひたすら繰り返す。
「うおおおああぁあああぁぁあああっ!!」
それは人間であるからこそ、異常な狂気となって迫る。どんな生き物だって死にたくない。機関銃の掃射を前にして、逃げ出さない生物などいないのだ。
なのに怪物は迫って来る。人類を滅ぼす為なら、個の生命はどうでも良い。神の駒と化した異形は……進軍そのものが凄まじい恐怖と圧を射手に与えた。
――距離は十分、状況は的当て、されど蠢く怪物の気迫は、圧倒的優位な立場の心理を揺るがす。迫りくる怪物への恐怖に負けぬよう、轟く銃声に混じり、ガンナーが咆哮を上げて吸血鬼を貫いていった。
が、これは地獄の一側面に過ぎない。一方的な人間優勢なだけ、この地獄はマシな方面と言えよう。真に修羅場を迎えているのは北と南。固定機銃も無く、高台はあるがほとんど見張り。狭い通路を潜り抜け、側面からの突破を狙う怪物へ……老いた晴嵐は睨みを利かせていた。
「お客さんだ! 来るぞ!」
「ライト点灯急げ! 防衛ラインは!?」
「罠とバリケードも間に合った! 準備を!」
「矢を構えて!」
小型の火器なら装備しているが、全員分のアサルトライフル、サブマシンガンは用意できない。弾薬も無駄使い出来ないので、危険を承知である程度接近するしかない。
バリケードは廃車を並べた部分と、銀を塗布した有刺鉄線で、封鎖された通路に分かれている。一見、心もとないようにも見えるが……上等な防衛線は、数回前の襲撃で破壊されてしまった。それに……これならこれで、やりようはある。
即席で設営したやぐらからライトを照射し、数人が狙撃銃を用いて敵を探す。発見と同時に発砲し、それを皮切りに化け物の群れが迫った。
「全く……仕方あるまい!」
物資の出し惜しみは無い。本拠を守り、複数の戦闘行為を同時に行った弊害だ。人員と物資を分散した結果、どこかでやりくりせねばならなくなる。見通しの甘さはあるが、ここで攻勢に出ねば、いずれ人類はじり貧だ。
満足な重火器も無いまま、対応する晴嵐たち。悲しいがな、用いるのは人類史に古くからある武器――『弓と火矢』だ。
上からの射撃と、化け物の気配で狙いをつけ、防衛部隊は一斉に矢を放った。
暗闇を引き裂く赤い炎が、無数の流れ星のように降り注ぐ。油はまともに散布されていないが、ボロボロの衣服と乾いた返り血は、引火材料として悪くない。
「ギャアァアアアッ!!」
銃は一瞬、炎は継続する痛みの違いだろうか? 燃え盛る炎に、火だるまになる怪物は悲鳴を上げる。しかし、仲間の死に関心はない。炎を避けて突撃をかける奴らの前に、張られたピアノ線がその先にある缶を地面に落とした。
粉塵を用いた煙幕。余裕がある頃は銀のクズを混ぜていたが、今は自衛用の装備に回している。タダの煙に過ぎないが、ここでさらに前進する化け物が、別のピアノ線を引っかけた。
瞬間――空き缶のピンが抜け、内部の雷管が閃く。爆薬を詰めた缶が炸裂し――さらに煙幕へ誘爆。粉塵を巻き込んだ炸裂が、破壊力を底上げした……
初動は上々、しかしまだ夜は始まったばかり。戦争めいた地獄絵図は、夜が明けるまで続くのだ……




