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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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死地へ

前回のあらすじ


合流した『終末カルト』のメンバーが、神との対話内容を『文明復興組』に伝える。絶滅が決定的になった人類に、それでも絶望することなく……次の世代に知性を託すべく、文明復興組は危険な攻勢に出る事を決定した。

 その作戦に晴嵐が参加……いや、巻き込まれたのは成り行きだ。

 現在『吸血鬼サッカー』が活性化しており、最も近い晴嵐の拠点に帰るのも、危険な状況だ。生き残るのを最優先とする信条を持つ彼としては、下手に移動するより『文明復興組』の中に紛れる方が良い。しかし『積極的に前線に出るか』どうかは別の話。大規模作戦となれば、裏方や雑用係も必要になる。協力と言っても、戦闘に出るかは晴嵐個人の判断に委ねられた。

 もちろん、全く何もしない訳にはいかない。拠点を間借りする以上、対価は必要だ。が、晴嵐の判断は非常に早く、すぐに『文明復興組』の上層部へ意思を告げる。


「わしを地獄に連れていけ」


 実に簡潔な解答だった。特別な待遇や対価も求めず、晴嵐は進んで『吸血鬼撃滅戦』へ参加する事を表明。番犬役、副官たる宇谷うたに 遊坂ゆさかが問うと、晴嵐は目を逸らして、不機嫌そうに答えた。


「……この事態が起きたのは、わしの責任だろう。わしが成り行きで助けた元『終末カルト』をここに連れて来たから……奴らの証言を元にお前らは『文明の復興』から『文明の保存』に舵を切った」

「確かにそうだが……それを決めたのはボスや俺達だ。お前には関係がない」

「まぁ、それが道理なのじゃろうが……だがな? わしはきっかけを作った。少しは責任を感じる。裏方で細々と手伝うって手もあるが……わしはどちらかと言えば、荒事向きの人材じゃろう?」

「そうだが……晴嵐。分かっているのか?」


 今回は逃げるわけにはいかない。この近辺から『吸血鬼』を掃討し、安全を確保する作戦だ。相手が人間ではなく、化け物とはいえ……極めて危険な作戦になる。宇谷は冷徹な眼差しを揺らして、改めて告げた。


「正直に言うぞ。今回は……恐らく、犠牲無しは無理だ。特に、最前線は」

「……そうか」

「そうか、じゃない。それこそ部外者のお前を、俺は死地に送る事になる。おまけにただ死ぬんじゃない……最悪の場合、化け物になるんだぞ。分かっているのか? それとも何だ? 自分だけは絶対に死なないとでも思っているのか?」

「ハッ……馬鹿言え。驕った奴から死んでいくだろう。何度も見て来たよ」

「だったらなんで、部外者のお前がそこまでする? 俺達を信用しているのは分かる。だが命までは賭けないし、信念もない。それがお前のスタイルじゃ無かったのか?」


 問いかける宇谷の表情は、極めて複雑な顔つきだった。不信感はある。警戒心も。が、その奥底には、晴嵐の本音を……感情を知りたいと訴えていた。ただ取引を続けるだけの相手だが、長い付き合いで……もしかしたら宇谷も老いて、少し情に脆くなったのかもしれない。

 ――この時の晴嵐。彼はまだ、自分自身でさえ、自分の本音を理解していなかった。だから意思を言語にして、宇谷に伝える事は出来なかった。けれど、分かる範囲で、素直に答える。


「そうだな……確かに、わしらしくない。参加すれば、わしのいる地域も多少静かになるだろうが……自分一人生きていくなら、暗い所で閉じこもっていればいい。手助けするにしても、わしだけは安全圏にいればいい。妙な事をすると思うよ」

「……はぐらかしているのか?」

「すまん。わし自身よくわからんのだ。年で頭がバカになったのかもしれん」

「ボケには程遠いぞ。お前は」

「だが老いたのは感じるよ。体力も落ちた、夜中起きるのも増えた。腰だってよく痛めるし……あぁ、四十肩やら五十肩とは無縁だったな。ありがたい事に」

「晴嵐。答えになってない」

「……すまない。わしはちゃんとした答えを、用意できておらん。だが……このまま無責任でいたくない、とは思う。それじゃダメか?」

「………………そうか」


 疲れたような、緊張を解いたような顔で、宇谷が苦笑する。晴嵐も酷い顔で笑って見せた。多分これは……感情的な動機なのだろう。

 少し前まで、感情的に動いた横田の事を……散々に言っておきながらこの体たらくだ。全く酷い話である。誰だって他人には厳しくて、自分にはなぁなぁで済ませてしまう。

 そうした人の醜さを、あるいは『神』は嫌ったのかもしれない。一つ一つは小さな醜さだが……人類全体で積み重なれば、世界を滅ぼすほどの、そびえたつクソの山となった可能性も、否定は出来まい。

 倫理も権利も所詮は幻想。人類はただ、地球を覆う動物の一種類に過ぎなかった。知恵をつけても、それを凶器と狂気にしか還元できない愚かな存在だった。それが自滅して、勝手に滅びただけの話なのかもしれない。その醜さに付き合い切れなくなって、神とやらは人類を滅亡に導こうとしている……


 仮にそれが、すべて真実だとしても。

 仮にそれが、すべて事実だとしても。

 すべての生き物は、死ぬまで生きねばならない。死んでいった者達のために。生きたくても、生きる事の出来なかったモノたちの為に。人類の絶滅が決定したから……今すぐ首を括るようでは、あまりに機械的な生き方だ。それはただ、神の意思を聞くだけの人形だ。生き物である必要が無い。

 最後まで、生きる。最後まで、抵抗する。死ぬまで何も語らなかった、ある老人の後ろ姿が晴嵐の脳裏に映る。困難と絶望に身を焼かれながら、このクソッタレな世界を前にしても、精力的に生きようとした『加賀老人』の姿――

 生きあがくのは、醜いのかもしれない。

 けれどあのクソジジイの背中を、大平晴嵐は『醜い』とは思えないのだ。


「最後まで、生きようとする事。わしは……わしも、そうありたい」


 目を閉じていた晴嵐は、脳内で繰り広げていた、宇谷との回想を終える。

 眼前に広がるのは、まさしく決戦の舞台であった。

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